第20話 森の奥地の戦場③
戦いの気配を感じ、静まり返った森の中。
防御陣地の前に設置された罠を避けながら、移動を開始する。
オーク達の集落の手前に到着し、目視でぎりぎり敵が見える所に身を伏せる。斥候であるウルフ達の帰り待ちだ。
「ガウッ。周囲に散らばっていた、少数のゴブリンは倒しておきましたぞ」
「何か異常はなかったか?何もなければ、このまま攻め入るぞ」
斥候のライガーに、最終の確認をするマスター。
「周囲には、他に敵がいる気配はないようですぞ。後は……あの集落の敵だけですな。群れのボスと思われる個体には、充分に気を付けてくだされ。他のやつらに比べれば、手強そうですぞ!」
「わかった。群れのボスは、主力メンバーで倒す事にしよう」
ライガーの報告を聞き、集落へと攻め入る覚悟を決める。
作戦としては……。
陽動チームとして、足の速いウルフ達とコボルト達の、2チームを敵の左右に配置して、敵をかく乱する。左右のチームが敵の注意を引くのを合図に、主力メンバーと残りの者達で、正面から突破していく。
こちらの戦力は、遠征開始と変わらず50程。相手の戦力は、オークを主体に30程。
シーンと静まる森の中……ついに、陽動チームの攻撃が始まった。
上空からはホークが怪しげな匂いを発する粉を振りまく。さらに集落の左右からは、ウルフの咆哮やコボルトの声が鳴り響きながら……スリングで投石が発射され、土魔法で作られたアースジャベリンが投げ込まれる。
「よし。作戦通り、敵の注意は左右に向いている。こちらも乗り込むぞ!」
「わんっ。私が先頭で、敵を倒しながら進みます!」
「ガウッ。我に周囲の警戒と、マスターの守護はまかせてくだされ」
「私は、味方のサポートをいたします」
マシロが先頭を進み……その後ろを、セバスチャンが影のように寄り添ってサポートする。
守護者達がいる主力メンバーと共に、混乱するオーク達の集落を、まるで敵をなぎ倒していくかのように、勢いよく突き進んでゆく。
「炎の鳥よ、敵を燃やせ。……ファイヤバード!!」
防御力の高そうなオークには、森の中では封印していた、火魔法を使って援護をする。避けようとしても、追尾してくる火の鳥に燃やされ、咆哮を上げながら、必死に暴れるオーク達。
「暴れるオークには近づきすぎず、長槍や薙刀と魔法を使って、確実にしとめていけ!」
コボルト達の中には、長槍や薙刀タイプの日本刀を持たせた者が複数いる。小さなコボルト達にとっては、リーチの長さを活かす事が出来て、安全にも繋がる武器だ。
あっという間に……次々と、オーク達が倒されていく。
そしてついに、この集落のボスと思われる個体が、咆哮を上げながら……マスターの元へと向かってきた。
「ガルァァアーー!」
「わんっ、ここは私にまかせてください!」
「わかった。マシロ……存分にやれ!」
群れのボスがこちらに向かってくる……正面に立ちはだかり、刀を鞘に納め、手の前に仁王立ちするマシロ。ボスの身長は、マシロの2倍近く……その体格差は、圧倒的だ。
「いきますよ、雪月花」
刀に向けて一声かけ、体に魔力を巡らせながら……まるで散歩をするかのような足取りで、無造作に距離を詰めていく。ダンジョン内でも、剣術では圧倒的な強さを誇る。自信が漲る雰囲気だ。
お互いの間合いに入る直前、マシロの爆発的な魔力を纏った踏み込みを受けて、地面の土がはじけ飛ぶ。敵の横合いを抜けながら……ボスオークの足を狙った、抜刀術をマシロが繰り出す。
その姿は……まるで一瞬で消えたかのような動きに、慌てて気配を探すボスオーク。
通り抜けた先で土煙を上げながらも、瞬時に体の向きを反転。いつの間にか鞘に納められた刀で、またもや横合いを抜けながら……高速で抜刀術を放つ。
いつの間にか両足を失い、地面に倒れこみながら……何が起こったのか、理解できないといった表情で、両手を地面につき、マシロを見上げるボスオーク。
「わんっ、これで止めです」
高速の動きで一瞬で近寄り、戦意喪失したボスオークの眉間へと、トドメに雪月花の突きが放たれる。
マシロはほとんどの魔力を足元に集め、瞬間移動にも見えるほどの、爆発的な高速移動を編み出している。今回はその高速移動を活かした、速さで敵を圧倒したのだ。
刀を鞘に納め、マシロがこちらへと戻ってくる。
「よくやった。さすがマシロだな!」
「わんっ、日頃の鍛錬の成果ですね」
産まれたばかりの頃は、森の中でも弱小でしかなかったコボルトやウルフ達。
それが今では……オークやゴブリン達を、圧倒する力を手に入れている。毎日かかさず行われている訓練、それが実った証だ。
「よし、このまま油断せずに、敵を殲滅するぞ!」
「わんっ!」
「ガウッ!」
「はい!」
マスター達は、ボスオークを倒した勢いのまま、オークやゴブリン達を殲滅し、残った集落の中を確認していく。
「うわっ、なんだここ……」
一番大きな建物、そこには……入り口に白骨化した人型の生き物が多数飾られており、中には両足を失い……虚ろな生気のない表情をした人が、檻に閉じ込められていた。
初めて見た人族。
でもそれは……生きる気力を完全に失った、生きた屍だった。
「両足も失ってこの様子だと、どうしようもないな……」
マスターが声を掛けてみても、檻の中の人は無反応。その様子を見る限り……長期間、絶望の日々を過ごしていたようだ。オークが人族を食料にするとは聞いていたけど、実際に目の当たりにすると、心が沈んでしまう。
「マスター。この者の対処は、私めにおまかせください」
「うん……。辛い日々を終わらせてあげてくれ。後の事は、セバスチャンにまかせたよ」
ここまで絶望してしまった人の、心と体を治す方法がない。本当なら、なんとかしてあげたいという気持ちは強いが、今の自分には……そっと辛い日々を終わりにしてあげるしかない。……覚悟を決めて、セバスチャンに、冷酷とも言える指示を下す。
モンスターと人間、お互いの価値観は大きく違う。
それでも、コボルトやウルフといった仲間がいるように、共存して助け合う事が出来る者達もいる。
これからも、色んな種族と出会う事も多いだろう。共存できる存在か……それとも、敵対する事になるのか、見極めるのが大事になりそうだ。
自分の気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸をする。
落ち着いて考えをまとめていると……なにやら気になる音が、遠くから徐々に近づいて来る。
「おぎゃぁ~おぎゃぁ~~」
まるで赤ん坊の泣き声のような音がする。幻聴かと思いながらも振り向き、泣き声がした方向に視線を向けてみる……。
なんとそこには、ライガーが籠を咥えたまま、困ったような顔をしながら……泣き声と共に、こちらへと近寄ってくる。
「ライガー。……それって、もしかして」
「ガウッ。人族の赤子のようで、周囲を警戒していた、ウルフが見つけて来ましたぞ」
発見された場所は、方角的には人族の集落がある方向。
オークの集落からは少し離れた場所に、まるで敵から隠されるように、木の上に居たみたいだ。
「マスター、この籠の中にある短刀からは、魔物を遠ざけるような、妙な気配を感じますぞ……」
「この短刀か。魔法陣のような形が彫られていて、不思議な紋章だなぁ」
ライガーから詳しく聞いてみると……本能的に近づきたくない。みたいな感覚があり、魔物を避ける効果がありそうだ。ただ……その効果は、弱い魔物にしか効き目がないだろう。というのが、ライガーの見立てだ。
まさかの赤ん坊。そうとなれば……周囲に、他の人間などが居る可能性もある。
「他には人間は居なかったの……?」
「オークと争った形跡があり、そこには大量の血の跡がありましたぞ……あれでは、残念ながら生きてはいないでしょうな」
ライガーから、赤ん坊を籠ごとそっと渡される。
さっきまで大声で泣いていたのが、マスターが籠を持つと……嘘のように泣き止んだ。不思議そうな顔をしながら……赤ん坊が、無邪気な表情で、小さな手を差し出してくる。
「あぅう~」
「えっと……もう安心していいからね~」
突然の出来事に動揺しながらも、赤ん坊をあやしているマスター。
う~~~ん、この赤ん坊どうしよう……。指を差し出すと、握りしめながら……嬉しそうに笑う赤ん坊。この子にとっては、頼れるのは自分達だけ。さすがにこのまま見捨てるなんて、そんな事はしたくない。
オークの集落から使えそうな物などを集めて、持ち帰る準備をしながら、守護者達と話してみると……全員一致で、赤ん坊を保護する事に決まった。
そして、赤ん坊の外見をよく見てみると……普通の人族の赤ん坊じゃない。
驚く事に、小さな耳と尻尾が生えていたのだ。アリシアによると、人族でも亜人と交わった過去があり、極まれに……人族同士から、亜人の子供が産まれて来る事があるらしい。でも、その扱いは……人族と違う特徴を持っている事もあり、親ごと追放されたり、離れた場所で暮らす事になるという、そんな事もあるみたいだ。
もしかしたら……親自体が、亜人の可能性もある。
この小さな赤ん坊も、そう考えると……居場所を失った親と共に、こんな森の中まで来たのかもしれない。今となっては何故なのかはわからないが、運よく助けられた命を、大切に育てていこうという思いが強くなった。
戦いの後処理をし、静かにお祈りをする。
「あなた達の仇はとりました。安らかに、お休みください」
残されていた白骨死体と、セバスチャンにまかせた人の死体は、お墓を作って丁重に埋葬した。
埋葬する人達のやり方がわからないので、土の中に埋葬し、上には大きめの石を置き、その周りを花で飾ったシンプルな墓標だ。
集落でやる事を終えて、赤ん坊を籠ごと抱きかかえながら、ウォーホースに騎乗する。
「あ~うぅ~」
「ふふっ、この子が育ったら……私の事をお姉ちゃんと呼ばせて見せるわ!」
「甘いわね!この大妖精であるティナちゃんは、大先生と呼ばせるんだから!」
アリシアとティナの怪しげなやりとりが聞こえてくる……。
実戦経験を積むための遠征。
色々な事もあったけど、訓練だけでは決して得られない、様々な経験をする事が出来た。この先に待ち構えているワイバーン戦の為にも、貴重な体験をしてまた一歩成長する事ができたなぁ~。
「さぁ、出発だ。ダンジョンに戻るまで、気を引き締めていこう」
威風堂々といった感じのウォーホースに跨り、仲間が待つダンジョンへと、赤子を抱えながら、ゆっくりと進んでいく……。
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