第19話 森の奥地の戦場②


「チュンチュン、チュンチュン♪」


「わぅっ」


 暖かく包まれている感触と共に、小鳥の鳴き声や、時折りコボルトの声も聞こえてくる。


 ひっそりと敵にばれないように野営をする為、森の中に巨大な落とし穴のような物を作っているのだ。落とし穴の中は、簡単な居住地となっており、その周囲を囲むように……地面を掘って土堀を作り、植物を被せて偽装をしながら、周囲の警戒をしつつ、ひっそりと一夜を明かしたのだ。


 目を開けて差し込んでくる光を頼りに周りを見回してみると、真横にはいつも一緒に寝ているマシロが居て、さらにウルフとコボルト達、フォックスやマジカルキャット達も、マスターを囲むように……寄り添いながら、集まって寝ている。


 マシロだけでも、毎日抱き枕にしちゃう程の、もふもふとした気持ちいい感触なのに、今日はいつにも増して、もふもふの天国だ。


「あったかくて、気持ちいいなぁ~」


「わぅ。おはようございます、マスター」


 マシロの毛並みを優しくなでて、充分に堪能してから、そっと起き上がる。


「今日も大変な日になるから、がんばらないとな」


「わんっ」「ガウッ」「コンッ」「ニャー」


 マスターが起き上がると、気配を察して……周囲のもふもふ達も、同じように起き上がってくる。





 昨日の夜に行われた作戦会議の内容は、意外だけどシンプルだ。


 ティナが提案した、その意外な作戦……。


 それはズバリ『アリシアのお色気大作戦』


 作戦の名前だけ聞くとわかりづらいが、その中身とは……アリシアが敵を引き付けて誘い出し、待ち伏せした陣地で、地の利を活かして敵をたおしていく、シンプルな作戦だ。


 ゴブリンやオークは知能が低く、本能に忠実という性質がある。


 以前に討伐されたオークの集落には、無数にたくさんの人骨があり、白骨化した頭部が飾られていたみたいだ。生き残っていた人族の者は……女性は性行為の対象として、男性は食料として悲惨な扱いをされていたらしい。


 敵の習性を利用し、生存能力や戦闘能力の高い人型女性として、アリシアがおとりとしては最適というわけだ。さらに、護衛として一緒に行動するククルは足が速く、隠密能力が非常に高い。サポートとして重要な役目だ。


 何度も同じように誘い出しては、そのうち警戒されるだろう。


 相手が警戒する前に、最初にどれだけゴブリンやオーク達を、上手く誘い出せるかが肝心だ。


 誘い出すポイントは……オーク達の集落から少し離れた森の中。そこに防御陣地のような拠点を、ひそかに作っている。





「足の遅いゴブリンやオークなら、ぜ~んぜん平気よ!レン君にお姉ちゃんのすごい所を、見せてあげるからね!」


「護衛にククルに付いて行ってもらうけど、ぜったいに無理はしないようにね」


 ゴブリンやオークは近接攻撃が主体で、極稀にゴブリンマジシャンがいる時はあるが、遠距離攻撃としては遅く、アリシアなら簡単にかわせる速度だ。


 いざとなれば、ウルフ種のククルにまたがって逃げ出せば、追いつける敵はいないだろう。それでも、アリシアが無茶をしないか、心配になってくる。


 防衛陣地の準備が整い、いよいよ作戦が実行される。


「さぁいけ、お色気アリシアー!この大妖精ティナちゃんが、心の中で応援してるわよ!」


「まかせて!私の色気で……いっぱい敵を連れてきてあげる!」


 両手を握りしめながら、やる気充分のアリシア。


 相手の注意を引くためなのか、普段よりも薄着になって、肌を露出させている。


 その様子とは反対に、マスターであるレンディは……不安を隠すように、マシロの手をぎゅっと握りしめている。


「レン君、心配しないで待っていてね。ちゃんと無事に戻ってくるわ」


「うん、無茶しないでね」


 クルルと一緒に、颯爽と走り出していくアリシア。


 向かう場所はオークの集落。


 素早く入り口付近にいるゴブリンを倒して、勢いよく集落に踏み込むと、大きな声で敵を挑発し、あやしげなポーズをしながら、敵を呼び集める。


 すぐに大量のゴブリンやオークが群がってきて、そこからは怖がって逃げるフリをしながら、どんどんと敵を引き連れ……待ち伏せ場所である、防御陣地の方向へと逃げてきている。


 驚く事に……半数近くの敵を、誘い出す事に成功している。





 今か今かと息を潜めながら、みんなでアリシアの帰りを待つ。


 そしてついに、アリシアが興奮した様子で、ククルに跨がったまま……防御陣地の中へと、飛び込んでくる。


「やってやったわよ!!レン君、お姉ちゃんのすごい所、ちゃんと見てくれた?」


「うん、アリシアお姉ちゃんさすがだね!!」


「ガウッ」


「このティナちゃんが見込んだ相手だけあるわね!」


 敵を誘い出してきたアリシアを褒めると、思わずといった感じで抱き着いてくる。


 傍に居たマシロ達などの主力メンバーも、作戦の第一歩成功にほっと一息だ。


「ガウッ!マスター、もう少しで攻撃の合図ですぞ」


「わんっ。上手くいきましたね。敵が罠にかかりそうです」


 わらわらと追いかけてきた、ゴブリンやオーク達が……ついに、待ち伏せ場所へと迫る。


 そして、アリシアが通ってきた、細い安全な道とは違い……防御陣地の手前にある、偽装された落とし穴の罠へと、次々に落ちていく。突然の事に混乱し、動揺して奇声を上げながら……さらに罠へとかかっていく。落とし穴の中には、木の杭で作った尖った罠があり、落ちた者から串刺しにされたりと、非常に殺傷力もある危険地帯だ。


『 ピーッ、ピーッ! 』


「よし、今だ!……左右から、罠に気を付けてたおしていけ!」


 攻撃の合図に『ホイッスル』を鳴らし、左右から徐々に敵を殲滅していく。


 逃げ出した相手には、足の速いウルフ達がすぐさま追いつき、背後から襲い掛かってたおしている。防御陣地の正面に立つマスターも、遠距離から魔法を使って、確実に敵をたおしていく。


「……ストーンショット!……ストーンジャベリン!オーク相手には魔法や長槍、薙刀も使え!複数で囲い込んで、協力してたおせ!!」


 戦力が多く……地の利を充分に利用した味方、罠にハマってあわてている敵。


 その差は圧倒的だ。

 戦闘開始から、わずか10分程で決着がつく。


「周囲の警戒をしながら、すぐさま敵を処理するぞ!」


 素早く魔石だけを取り出し、倒した敵を集めておく。


 まだ戦いは終わりじゃない。数が減ったとはいえ……集落には、いまだに多くの敵が残っている。


 今回おびき出して倒した敵は、ゴブリンが多く30程。残りは……オークを主体に、30近くがまだ残っている。


「準備が整い次第、すぐに敵の集落へ向かうぞ!!」


 慌ただしく戦いの後の処理をする。傷を負った者は、マスターが居る場所へと運ばれてくる。


「神聖なる光の祝福よ、傷を癒したまえ。ヒーリング!」


 マスターが回復魔法を唱えて、傷ついた者を癒していく。光魔法のスキルが上がり、軽い傷ならば治せるようになった。大怪我や欠損などは治せないが、簡単な治療が出来るだけでも、その役割は大きく貴重だ。





 すぐさま準備が整い、いよいよ相手の集落へと乗り込む事になる。


「さぁ、次はオークが主体の集落だ。油断しないように、慎重に行こう!」


「ガウッ。ウルフ達にもう一度、周囲の様子を探らせますぞ」


 戦場では……いつ何が起こるかわからない。改めて気を引き締めてから、また動き出す。


「よし。ライガー達に、警戒と斥候はまかせるぞ」


 信頼する斥候達に、冷静に指示を出すマスター。みんなで足並みをそろえながら、オークの集落へ向かって、移動を開始する。


「ようやく、私の雪月下の出番ですね!」


「マシロも無茶だけはしないようにな」


「わんっ、もちろんです」


 激しい戦いを予想して、やる気充分といった感じで、意気込むマシロ。対してマスターは、心を落ち着かせようと、冷静に振る舞おうとしている。


 いよいよ次は……今回の遠征の最終目標となる『オーク達の大集落』


 最後の戦いへと向かって、仲間と肩を併せながら、慎重に歩いていく……。

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