第24話 転生勇者は心配する

 その後、俺達は中庭を出て夕食を取った。

 その席で、俺とクリスはハナにこの世界のことや「転移者」について話した。

 その時、今までの「転移者」は現れた国の政府が庇護下に置いていた、ということを話すと、彼女は首を傾げた。


「あの、私は政府の庇護下ではなくて良いのでしょうか?」


 今までの話の流れなら、彼女からそんな質問が出て当然だった。


「ぶっちゃけ、この国で一番強いのはフォルだから。それなら、王宮なんかよりフォルの屋敷にいた方が安全でしょ?」


 クリスは俺に言ったことと同じようなことを言った。


「僕も定期的に様子を見に来るから、『庇護下に置く』って面では問題ないと思ってるよ」


 ……ん?

 クリスが定期的にハナの様子を見に来る、ということは。


「クリス。お前まさか今まで以上の頻度でここに来る気か?」

「ちゃんと『転移者』の様子を見に来るって理由があるから何も問題ないでしょ?」

「そういう問題じゃない。そもそも、国王がこんな頻繁に一般人のところに来るのがおかしいだろう。ハナの様子を見に来るのも遣いに任せれば良いはずだ」

「『転移者』は国の要人なんだから、僕が出向かなきゃダメだろ」

「そんなこと言ったらお前もこの国の要人だからな? 分身体とはいえ、いい加減臣下に何も言わず出歩くのはやめろ。後でこっちに苦情が来るんだぞ」


 本体が真面目に仕事しているから良いとでも思っているのか。

 分身体でも王は王。出かけた先で危険な目に遭う可能性もある。

 臣下達がそれを心配しているというのに、こいつは俺の屋敷に来たり、町に出歩いたりもしているらしい。

 そのせいで、うちに大量の苦情が来てるんだよ。


「……ふふっ。フォルはクリス様と仲が良いんだね」


 俺達のやり取りを見ていたハナが可笑しそうに笑う。

 その顔は可愛いが、言っていることは納得できない。


「は? そんなわけないだろ!」


 どこをどう見たら、こいつと仲が良さそうに見えるんだ?

 そう思われていると考えるだけでゾッとするんだが。

 一方、ハナの言葉がわからないクリスは首を傾げていた。


「え、イチカちゃんは何て?」

「何でもない」

「はあ? 絶対僕達のことに対して言ってたでしょ。何て言ってたのさ」

「お前に言うとウザイことになるから嫌だ」

「ちょっと聞きました、イチカちゃん? 君の幼馴染くんが僕のことウザイって言うんですぅ!」

「気持ち悪いぞ。金輪際、一切ハナに話しかけるな」

「ドイヒー!」


 こいつが変な言葉を使うのはいつものことだが、「ドイヒー」ってなんだよ。

 俺が睨みつけると、クリスは大袈裟にため息をついた。


「全く。いくらイチカちゃんが大切だからって、過保護なのは良くないぞ!」

「別に過保護なつもりは無い」

「じゃあ、話させろよ!」

「ハナはまだそんなにこの世界の人と会話をしていない。他の人達もお前みたいだと思われたら困るだろ」

「じゃあ、他の人と交流する場面を作ればいいんだな!」

「は? いや、そういう意味じゃ……」

「よーし、それならイチカちゃんの歓迎会を開こうじゃないか!」

「え?」


 クリスの発言に、今まで黙って俺達のやり取りを見ていたハナが驚きの声を上げる。


「フォルが世話になった人達呼んで、盛大なパーティー開いちゃおう!」

「勝手に進めるな。第一、まだハナはここに来たばかりだぞ」

「もちろんある程度期間は空けるさ! そうだな……一ヶ月後くらい?」

「やるのはお前の中でもう確定してるのか?」

「なに、会場の準備とかは全部こっちでやるから心配するな!」

「おい待て、もしや国庫から費用を出そうとしてないよな?」

「まあ、出そうと思えば出せるけど、お前が許さないだろ? だから、ちゃんと僕のポケットマネーから出すよ!」

「そうか、それならまあ……いや、そうじゃない。ハナの意思も確認しないで勝手に決めるな」


 このままだとこいつが勝手に決めていってしまう。

 俺はハナの意志を確認するために、彼女にこう言った。


「こいつが王様だからって遠慮する必要は無いぞ。嫌なら嫌だと言った方がいい。じゃないと、後で絶対後悔するからな」


 クリスが仲間に加わった当初は、次期国王だからとこいつの意見をなるべく尊重しようと思っていた。

 が、こいつの口から飛び出すトンデモ発言の連続に、俺は遠慮するのを止めた。

 悪くない提案をする時もあったが、大体の場合で周囲の意見を聞かずに自ら突っ走ってしまうため、何度人の話を聞くように注意したことか……。

 今回も、ハナの意志を無視して進めようとしていたし、本当にこいつが大臣や周囲の意見を聞いて政治を治めているのかどうか不安になってきた。

 ハナは未だに考えているみたいだが、その様子を見る限り、そこまで乗り気では無さそうだ。

 しかし、そんなことはお構い無しに、クリスは彼女に向かって言った。


「パーティーにはフォルと一緒に旅をした人達も呼ぶつもりだよ。イチカちゃんが知らないフォルについても教えてもらえるんじゃないかなぁ?」


 良い笑顔を浮かべるクリスからは嫌な予感しかしない。


「おい、クリス。ハナに一体何を吹き込むつもりだ?」

「だーいじょうぶ、大丈夫! お前の不利益になるようなことは伝えないさ」


 クリスのうざいウインクに、俺は深いため息をついた。


「お前の大丈夫は不安でしかないんだよ。ハナ、歓迎会は中止してもらえ。ハナが嫌だと言えば流石のクリスも……って、ハナ?」


 ハナは、再び考え込んでいた。

 一体何を悩んでいるのだろうか?

 しばらくすると、彼女は何か決心したように顔を上げた。


「……お気持ち、ありがとうございます。歓迎会、是非とも参加したいです」

「なっ! ハナ、無理する必要は無いんだぞ」


 やはり、クリスが王様だから、彼女は気を使ってしまったのだろうか?

 そう思って尋ねると、彼女は首を横に振った。


「無理じゃないよ。クリス様のお気持ちが嬉しいのも本当だし。何より、フォルがお世話になったなら、ちゃんとご挨拶しないと」

「……ハナは俺の保護者か?」


 ハナのオカンみたいな発言に、俺はため息をついた。

 どうやら、彼女は自分の意思でパーティーを開いてもいいと言っているらしい。


「もう一度聞くが、本当に良いんだな?」

「うん」

「……わかった。クリスにそう伝える」


 不本意だが、ハナがそう決めたならしょうがない。

 ハナの言葉をクリスに伝えると、奴はパアッと顔を輝かせた。


「イチカちゃんから了承得られたんなら、早く準備しないとね!」


 そう言うや否や、クリスは席を立った。


「またね、イチカちゃんとフォル。バイバーイ!」


 そして、風のようにして去って行った。

 全く、そういうことにだけは異常なまでの行動力があるよな……。

 まあ、クリスのことはどうでもいい。


「ハナ、何で歓迎会なんて了承したんだ?」


 最初は明らかに乗り気じゃないと思ったんだが。


「……えっと、この世界の人達ともっとお話してみたいなって思ったからかな」


 妙な間があったのが気になるが、ハナはそんなことを考えていたらしい。


「それにしたって、何もパーティーで会話する必要は無いだろうに。パーティーに参加するとなれば、マナーとか色々と学ばないといけなくなるんだぞ」

「うっ。やっぱりそういうの必要?」

「最低限はな」

「が、ガンバリマス」


 学ばなければならないことが多いと知り、ハナが顔をしかめる。

 だが、「やりたくない」とは言わないあたり、彼女らしいな。


「無茶はするなよ? パーティーではハナが『転移者』だと皆が知っているから、そこまでマナーについてとやかく言う奴はいないだろうからな」

「心配ありがとう、フォル。でも、頑張れる所までやってみるよ」


 暗に「頑張らなくてもいい」と言ったらこれだ。

 なんだったら、マナーも何も覚えていなくても、俺がその都度フォローしてやれば済む話なのに。

 頑張り屋の彼女のことだから、何でもかんでも覚えようとして無茶をしかねない。


「……そうか。じゃあ、俺も教えられることは教えるよ。せっかく取った休暇をハナと一緒に過ごせないのは嫌だからな」

「あ、そういえばそうだったね。私のために休暇取ってくれたのに、ごめん」

「謝る必要ないだろ。なんだったら、俺が付きっきりで教えてやる」


 俺はからかうようにそう言った。

 実際は冗談ではなく本気なのだが、本気のトーンで話すと軽く受け流されてしまった時が怖い。

 というか、十中八九、俺の発言をハナが変に意識することなんてないだろう。

 そう思っていたのだが……予想に反して、彼女からはすぐに返事が来なかった。


「おい、ハナ? 突然ボーッとしてどうした?」

「へっ!? なな、なんでもないよ!」


 ハナに声をかけると、妙に慌てていた。

 何か考えているように見えたが、実は本当にぼうっとしていたのか?

 会話の途中で意識が朦朧とするなんて、彼女は相当疲れているのかもしれない。


「もしかして、もう眠いのか? しょうがないよな、色々あったし。今日はもう休んだ方が良い」

「う、うん。そうするね」


 俺は彼女を部屋まで送り届け、メイ達に彼女のことを任せた。

 そして、今日は久しぶりにベッドで就寝したのだった。

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