第23話 転生勇者は不安になる
「それで、何の用だ? まさか、俺を冷やかしに来たわけじゃないだろうな?」
俺が顔の部分だけ溶かしてやったクリスを睨むと、奴は「ヒッ!」と声を上げた。
「ま、待て。誤解だって。俺はお前が無事にやれてるかどうか不安で……」
「そうか、つまり冷やかしに来たんだな」
「だから誤解……」
奴が言い切る前に、再び顔を凍らせる。
良い雰囲気だったのに、こいつのせいで台無しだ。
だが、クリスは邪魔をしに来たのだろうが、メイ達は何の用事だったのだろうか。
「全く、ふざけるのも大概にしてくれ。メイ、実際には何の用だったんだ?」
「夕食のご用意ができましたので、そのご報告をしに来ました」
「そうか。早いな」
「調理室の者達が張り切りすぎたようでして……品数もそれなりに」
「そんなに多いのか?」
「少なくとも、お二人だけで食べ切れる量では無いかと」
「……もしかして、それを理由に同席しようとしたな?」
俺はまたクリスを睨んだ。
すると、奴は氷の中で「グッ!」と親指を上げた。
……恐らく魔法に抵抗して動かしているのだろう。
だが、そんなことができるなら自分で氷を割って出てくればいいと思うのだが。
「全く……しょうがないやつだ」
ため息をつきつつ、俺は氷を溶かしてやった。
中から出てきたクリスがニヘッと笑う。
「おっ! 許してくれるのか?」
「仕方なくだ。ハナが見てる前ではやりたくないのでな」
流石にハナの前でこいつを燃やしたり、地中に埋めたり、豚にしたりするのはやりたくない。
そう思っていると、クリスが彼女の方を振り返った。
「おっと、僕の自己紹介を忘れていたね!」
突然話しかけられて驚くハナを後目に、クリスはドヤ顔を決めた。
「僕はクリス・ヴァイゼ・トレラント。この国の王様やってます!」
「へー、王様……王様っ!?」
おい。いきなりそれを言うのか。
ハナは驚きのあまり、口を大きく開いて間抜けな顔になっている。
そりゃそうだ。こんなアホみたいな奴が王様だなんて誰が思う?
こんな奴が王様だって知ったら、彼女がこの国にいることに不安を抱いてしまうかもしれない。
とりあえず、あまり誤解されたくないところを伝えておくか。
「……最初に言っておくが、こいつとは一緒に旅をした仲だから多少親しいのであって、他の国の王族とは仕事上の付き合いくらいしかしたことないからな」
「仕事上でも付き合いがあるのが凄いよ」
ハナがそう言った横で、クリスが頬を膨らませていた。
だから、いくら顔が良くても成人男性のそれは気持ち悪いぞ。
「『多少親しい』は酷くないか? 一緒に世界を救った仲じゃないか!」
クリスがそう言った直後、ハナが更に目を丸くした。
「あの王様も、魔王を倒すパーティに入ってたってこと?」
ハナが少し戸惑った様子で聞いてくる。
まあ、当然の反応だよな。
「ああ、そうだ。とんでもない国王陛下だろう?」
「……確かにそうかも」
普通、王族が自ら進んで危険な旅に同行しようとは思わないだろう。
ハナもそう思ったらしく、俺の言葉に頷いた。
「民が不安がってるのに行動しない王族がいると思うか? 否、いるわけないよな!」
「お前の場合は単純に王宮を抜け出したかっただけだろう」
「ギクッ」
図星かよ。
今も分身体で抜け出してるような奴だから、そんな気はしていたが。
「そ、そんな昔のことは置いておいて。食事前に幾つかイチカちゃんに聞いておきたいことがあるんだ」
「……内容によってはキレるぞ」
「マジトーンで言うのは止めて? というか、そんな変な質問はしないさ。多分」
そんな言い方をしたものの、クリスは真剣な表情でハナを見つめた。
「まず一つ目。君がこの世界に持ち込んだ物を教えて欲しい」
質問の意図が掴めないらしく、ハナが首を傾げていた。
「……この世界に存在しない物を持ち込んでいないかの確認だ」
ハナはそれで納得してくれた。
ハナの言葉はクリスには伝わらないので、彼女が持ってきた物は着ていた制服と髪飾りだけだと、俺がクリスに伝えた。
「では、二つ目。君は今、元の世界では持っていなかった能力を持ってはいないか?」
これも彼女には質問の意図がわからなかったようだ。
「いわゆる『スキル』の確認だ。異世界転移なんかじゃ付き物だろ?」
「ああ、チートスキルをもらって異世界を無双するみたいな?」
「例えが極端だが、まあそうだな。そういう『スキル』の発現が感じられたりはしないか?」
彼女は自分の体を見回した後、「スキル」を持ってはいなさそうだと言った。
それをクリスに伝えれば、奴は真面目くさった顔で頷いた。
「わかった。それじゃあ、最後の質問。君は元の世界に帰りたいかい?」
「え」
は!? こいつ、突然何言い出すんだ!
「おい!」
「まあまあ、いずれは聞かなきゃいけないことなんだから、今聞いたって構わないだろう?」
「だからって、今聞く必要は無いだろう!」
いくら彼女が俺に会いたかったとはいえ、帰りたくないとは限らない。
今そうやって聞くことで、彼女が帰りたくなったらどうするんだ!
「一応、国側としては聞いておくべきことだから。フォルのことも大切だけど、今はイチカちゃんを優先させてもらうよ」
「……なるほど。確かにそうかもしれない。しかし、やはりもう少し後に聞いても問題は無いと思うが」
「でもさぁ、さっきめちゃくちゃ良い雰囲気だったから、問題ないかなーって」
「その良い雰囲気をぶち壊してくれたのはどこのどいつだったかもう忘れたのか?」
「ご、ごめんって。わざとじゃないんだよ」
そんなふうに言い争っていると、ハナが「あの」と声をかけてきた。
「その、帰りたくない、わけではないです」
「っ!」
や、やっぱり……。
でも、そうだよな。
突然別の世界に連れてこられて、帰りたくないわけがないよな。
ハナがそう望むなら、帰してやらないわけには――。
「でも、今はまだ、この世界にいたいです」
その言葉に、俺はハナを見つめた。
彼女は何か考え事をしているのか、俺に見つめられているのには気づいていない。
一体、何を考えているのか。
彼女は「今はまだ」と言ったが、それはつまり、いずれは帰りたいということだ。
何か、彼女にはここに残ってやりたいことがあるのかもしれない。
もし、その目的が達成されてしまったら、彼女は帰ってしまうのだろうか……。
「……そのまま、帰らないでいてくれると嬉しいんだけどな」
「え、何か言った?」
「いや。『今はまだこの世界にいたい』と伝えれば良いんだよな?」
「あ、うん。お願いします」
少し不思議そうな顔をするハナから、視線をクリスに移す。
「ハナは今はまだこの世界にいたいらしい」
「……ふーん、『今はまだ』ね」
クリスが意味深な笑みを浮かべる。
そして、奴は俺を引き寄せて、耳元で囁いた。
「彼女の言い方だと、帰ることを随分と迷っているみたいだね」
「そうか?」
「うん。だって、何かするためにここに残っていたいのなら、『いずれは帰りたい』って言うはずじゃない?」
「……確かに」
「つまり、彼女自身、目的達成の後、この世界に残るかどうかを迷っているんじゃないかな?」
「……俺は、この後どうすればいい?」
「簡単だよ。彼女ともっと親密になればいいのさ。そうしたら彼女も帰りたくなくなるだろう?」
「……そうかもしれない」
クリスの発言はなんとも安直な考えだ、とは思う。
だが、俺にはそれ以外に、ハナを引き留められる方法が思いつかなかった。
「ま、彼女としばらく一緒に暮らしていれば、自然と親しくなれるとは思うけどね」
「そうなれるよう努力する」
俺がそう言って頷いたことに満足したらしいクリスは、今度は俺から離れてハナに近づいた。
「質問に答えてくれてありがとう。君は大切な異世界からの客人だから、何か不都合があれば言ってほしい。フォルに頼めば何でもしてくれるだろうけど」
「こっちの不都合にならない限りは、だけどな」
「ありがとうございます」
「それと、君は今後このフォルの屋敷で生活してもらうことになる」
「あ、そうなんですか――って、ええ!?」
ハナの目が飛び出そうなほど大きく見開かれる。
こうなることを予想していなかったのだろうか?
驚いた彼女を見て、クリスが首を傾げた。
「何か不都合が?」
「い、いいえ。そういうわけじゃないんですけど……」
ハナの顔がみるみる赤く染まっていく。
しばらく考え込んでいる彼女を見て、何か不都合でもあるのかと不安になる。
もしかして、俺と一緒に暮らすのが嫌だとか?
だが、そんな俺の不安は杞憂だったようだ。
「……わかりました。これからよろしくお願いします」
ハナが俺にそう言って頭を下げる。
改まって言われたせいか、自然と笑いが込み上げてきて、思わず笑ってしまった。
「そう畏まらなくていいって。自分の家だと思って、ゆっくりしてくれ」
「じ、自分の家だと思うにはちょっと広すぎるかな……」
そうして、俺の屋敷でハナが生活することが正式に決まったのだった。
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