第22話 転生勇者は関係を変えたい

 中庭の扉の前ではサオリとアンズが待機していた。


「お待ちしておりました。準備は整っております」

「そうか。ありがとう」


 流石、仕事が早い。

 他と比べたことはないが、クリスが言うにはうちの使用人達はかなり優秀らしい。

 日頃から頑張ってくれている彼女達に感謝しないとな。


「扉を開けてくれ」

「かしこまりました」


 サオリ達がゆっくりと扉を開ける。

 その瞬間、心地よい風が俺達のすぐ側を吹き抜けていった。


「わぁ、すごい……!」


 ハナはパァッと顔を輝かせた。

 よし、出だしは上々だ。


「気に入ったか?」

「うん! ありがとう、フォル!」


 興奮していたのか、彼女は駆け出しそうになる。

 だが、その直前で自分がヒールを履いていることに気づいて立ち止まった。


「危ないから走るなよ?」

「わ、わかってるよ!」


 思わず笑ってしまうと、ハナは恥ずかしさからか、プイッと顔を逸らした。

 そんな動作さえ愛おしいと思ってしまうのは、彼女が可愛すぎるせいだろう。

 転んで怪我をしたら大変だと思った俺は、彼女の手を取った。


「焦らなくても時間はたっぷりある。ゆっくり見て回ろう」


 今度はしっかりとハナの手を握る。

 そうすると、彼女の手は俺の手の中にすっぽりと収まってしまった。


「……何だか、私が迷子になった時のことを思い出すなぁ」


 ハナが遠い目をしてそう言った。

 俺はしょっちゅう迷子なっていたが、ハナが迷子になった時なんてあっただろうか?

 一瞬そう思ったものの、すぐに思い当たった。


「ああ、家族同士でキャンプに行った時のか?」


 確か、小学校に上がる前だったか。

 キャンプ中にハナが一人で近くにあった森に入っていったまま中々戻って来なくて、心配になって皆で探し回った覚えがある。


「うん。私が森に入って迷子になった時、勇輝が真っ先に見つけてくれたでしょ? 皆のところに帰る時、泣きじゃくる私の手をずっと握っててくれたよね」

「握ってたというか、ハナがその場から動こうとしないから引っ張ったというか」

「それでも、その時の私には勇輝がかっこよく見えたよ」


 そう言ったハナの頬は赤く染まっていた。

 ……『かっこよく見えた』って、そんなことをハナから言われた記憶はない。

 かと言って、彼女がふざけて言っているようにも見えない。

 俺の自惚れが過ぎる勘違いかもしれないが、もしかして彼女は、俺のことを少しでも「男」として意識してくれているのだろうか?


「なあ、ハナ。それって、もしかして……」

「あ! ねえ、あれって何?」


 俺がハナの気持ちを確認する前に、彼女の気が別の方に逸れてしまったらしい。

 彼女はキョトンとした顔で俺を見上げた。


「ごめん、今なんて言った?」


 見上げてくる彼女も可愛らしいが、気持ちを聞けなかった俺は肩を落とした。


「……なんでもない。あのビニールハウスが気になるのか?」

「う、うん」


 恐らく俺がガッカリしていることに気づいているのだろうが、ハナは何も聞かないでくれた。

 よく考えれば、あんな質問はしない方が良い。

 俺の自意識過剰な考えだった場合、彼女に嫌われるかもしれないからな。

 幸い、彼女が気になったのは俺が連れて行きたかった場所だ。

 このまま彼女を案内してしまおう。


「あそこには珍しい花が植えてあるんだ。行ってみるか?」

「ビニールハウスで育ててるってことは、環境とかに気を遣わないといけない花なんだよね。そんなところに私が入って大丈夫なの?」

「問題ないって。それに、俺がハナに見せたいんだ」


 俺は彼女の手を引きながら、ビニールハウスの中に入る。


「あれって……」


 暗いビニールハウスの中で、青い葉の間に咲く白い花が光り輝いている。


「ハナミズキに似てるだろ?」

「でも、違うものだよね? ハナミズキの花が光るなんて聞いたことないし」

「多分な。俺も詳しくは知らない。そもそも、この木は今はもうここにしかないから」

「え?」

「元々ある森にしか生えてなかったんだが、その森が戦火で焼かれた時にこの一本だけ助け出したんだ」

「助け出したって、そんな危ないこと……」

「好きだったんだ」


 俺は光る花に近づき、その花弁にそっと触れた。


「この花を見ていると、心が安らいだ。俺は、この花を失うのが嫌だったんだ……」


 この花を初めて見た時、俺の心はざわついた。

 今まで感じたことの無い様々な感情が湧き上がってきて、この花の傍にずっと居たいとさえ思った。

 この花が生えていた森は魔族の国に近く、今ではもう焼け野原になっている。

 この一本だけでも救い出せたのは、運が良かったとしか言いようがない。

 白い花弁を眺めていて、ふと、俺は気づいた。


「……ハナは、俺に前世の記憶がなかったのを知ってたか?」

「うん。でも、私と会った時には思い出してたよね?」

「いや。俺はハナの顔を見て、そこで初めて思い出したんだ」


 俺はハナの方を向く。

 純白のドレスに身を包んだ彼女は、何となくこの白い花に似ているような気がした。

 髪飾りのハナミズキが似ているから、なんて理由じゃなく、彼女の雰囲気がこの花に似ている気がする。


「俺がこの花を好きなのは、きっと無意識のうちにハナのことを思い出していたからだろうな」

「……どうして?」

「うーん、多分、この花がハナミズキに似てたからじゃないか?」


 この花がハナに似ているから、なんて理由を言うのは少し恥ずかしかった。

 間接的にハナのことが好きだって言っているようなもんだし。


「しばらくここに来れてなかったけど、ちゃんと綺麗に咲いていてくれて良かったよ」

「……うん、本当に綺麗」


 俺もハナもしばらく光る花を見ていたが、不意に彼女が話しかけてきた。


「でも、まさか勇輝が植物を好きになるなんて思わなかったよ」

「うん?」

「だって、ここだけじゃなくて、お屋敷の前とか中にも植物が多いじゃない? それって、勇輝――フォルが植物を好きだからじゃないの?」


 あー……それを聞いてくるか。

 今まで聞かれなかったから安心していたんだが、やっぱりハナとしては気になるよな。

 前世では植物なんて全然興味なかったし。


「まあ、好きと言えば好きなんだが……きっかけがなぁ」

「何かきっかけがあったの?」

「うん、まあ」


 きっかけがハナに関することだから、非常に言いにくい。

 下手に話して彼女に気持ち悪がられるのは嫌だしなぁ……。


「……教えては、くれないの?」


 言い淀む俺に、ハナが上目遣いでそう言ってきた。

 上気したように赤くなった顔で、潤む瞳が俺を見上げている。

 その表情が、まるで甘えてきているように見えてしまって……俺は心臓が口から飛び出そうになった。


「っ! それは、反則だろっ……!」

「へ?」


 ポカーンとしているハナに、俺は苛立ちを隠せなかった。

 こっちはハナのせいでドキドキさせられっぱなしなのに、自覚無しなのかよ!


「何でもねーよ! 教えればいいんだろ、教えれば!」


 俺はキレ気味にそう言うと、仕方なくきっかけを話すことにした。


「……昔から、夢の中にハナが出てきたんだ」

「私が?」

「でも、その時は前世のことを覚えてなかった。だからなのかもしれないが、ハナの髪飾りがやけに気になってな」

「髪飾りって、これのこと?」


 ハナが髪留めを指さしたので、俺は頷いた。


「植物図鑑を片っ端から探して、植物学者の著書なんかも読んで……そんなことしてるうちに、植物が好きになったんだ」

「……もしかして、この花を見つけたのも」


 ハナが今度は光り輝く白い花を指さした。

 俺は気恥ずかしくなりながら、頷く。


「……ああ、そうだよ。夢の中で見た髪飾りの花と似たような花が咲く木があると聞いて、森に行って見つけたんだ」

「ずっと探してたの?」

「……まあな」

「何でずっと探してたの?」


 ……まあ、そう来るよな。

 言いたくない気持ちが顔にも出てしまっていたのか、彼女が慌てて口を開いた。


「い、言いたくないなら別に」

「……いや、言うよ。言っておくべきことだと思うし」


 その理由を伝えて嫌がられるとは思わないが、俺の口から伝えるのには少し覚悟が必要だった。

 深呼吸して、俺は腹を決めて言った。


「……ハナに、会えるような気がしたんだ」


 その当時はあまりよくわからないまま探し回っていたが、今になって理由がわかった。

 俺は、この花を見つけられれば、夢の中の少女――ハナに会えるような気がしていたんだ。

 まあ、実際には会えなかったんだが、この花を見て、彼女との思い出を無意識に懐かしんでいたんだろう。


「私に会いたいと思ってくれてたの?」

「まあ、ハナの名前も覚えてなかったけど。でも、今ならハッキリと言える。俺は、ハナに会いたかったんだってな」


 そう伝えると、ハナが何故かホッと胸を撫で下ろした。


「良かった、勇輝も同じ気持ちで」

「俺“も”?」

「うん。私も、勇輝に会いたくてここに来たんだ」


 そう言って、ハナが俺に微笑みかける。

 その笑みは、彼女がこっちに来てから初めて見せる安堵の表情だった。


「私、また勇輝に会えて嬉しい。どんなに姿が変わってても、勇輝が勇輝のままで変わらずにいてくれて嬉しいよ」


 そう伝えてくるハナは、心の底から嬉しそうだ。

 だが、そう言われた俺の心は複雑だった。

 変わらないと言われたことを喜ぶべきなのかもしれない。

 でも、それは同時に、彼女との仲を進展させることができないとも言える。

 だって、それってつまり、俺はハナにとって「ただの幼馴染」のままだってことだろう?

 俺は、彼女の「ただの幼馴染」から、「恋人」に変わりたい。


「……俺だって、ハナに会えて嬉しいさ。だが、ちょっと勘違いしてるんじゃないか?」

「何を?」

「俺は、そんなに変わってないわけじゃないぞ」


 俺は彼女の手を引き寄せた。

 そうして、前のめりになった彼女を抱きとめる。


「ゆ、勇輝?」


 彼女が戸惑うように俺を見上げている。

 その顔は、もう少しで唇が触れそうなところにあった。

 俺は何も言わず、彼女に顔を近づける。

 最初は驚いたように目を見開いていた彼女だったが、俺のしようとしていることに勘づいたらしく、そっと目を閉じた。

 嫌がられていないことが嬉しくて、何より受け入れようとしてくれる姿がとても愛しくて、より一層その柔らかな唇に触れたくてたまらなくなる。

 もう少しで互いの唇が触れ合う、そんな時だった。


「……おい、今どうなってるんだ!?」

「く、クリス様! 押さないでくだ――きゃああ!」


 ――バタバタバターンッ!

 俺達は咄嗟に、音がした方向を見る。

 そこには、ビニールハウスの入口で折り重なるサオリとアンズ、そして、メイとクリスがいた。

 クリスはゆっくりと、俺の方へ顔を向けた。


「あー……お邪魔だったか?」

「……お前達、いつからいた?」

「えっと、僕はちょっと前くらい?」

「わ、私達も少し前からです」


 彼らは、立ち上がるとすぐに頭を下げた。


「「「申し訳ございません!」」」

「すまん、フォル!」


 俺は、小さくため息をついた。


「……そうか。じゃあ、凍っておけ」

「じゃあって何――ひぎゃああ!?」


 俺が魔法でクリスを凍らせると、奴は悲痛な声を上げた。


「な、なんで僕だけ……」


 そして、その言葉を最後に、クリスは完全に氷漬けとなった。

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