第21話 転生勇者はドキドキする
急いで戻ってきた俺は、高鳴る胸の鼓動を抑えながら扉をノックした。
「俺だ。今開けても大丈夫だろうか?」
……すぐに反応が返ってこない。
扉の向こうから声が聞こえているので、中にいるのは確かなんだが。
しばらく待っていると、扉が開いた。
「お早かったですね。まだ夕食には早いかと思われますが」
「ああ。早く戻ってきたくてな……ところで、何故アンズまでここにいる? 何かあったのか?」
俺が部屋を出た時にはいなかったアンズがいることに気づき、首を傾げた。
「へへっ、見てのお楽しみなのです!」
「は?」
彼女達が後ろを振り返った。
つられて、俺も彼女達の視線の先を追う。
――そこには、天使がいた。
「ど、どうかな?」
天使が白いドレスの裾を持ち上げ、俺に向かって微笑んだ。
ふわりと広がるスカートの下から伸びる、細くしなやかな足。
花柄のレースで出来た袖からはこれまた細く白い腕が見えた。
フワフワと揺れる栗毛の髪に咲く一輪のハナミズキは、彼女をより一層神秘的にさせていた。
「ゆ……フォル?」
俺の名前を呼ぶと、彼女は恥ずかしそうに俺の目を見つめてきた。
俺はハッとして、ニヤけそうになっていた口元を隠した。
――ハナのことを天使だとか、なんて恥ずかしいこと思ってるんだ俺は!
いや、確かにすごく可愛いし、綺麗だし、見間違える気持ちもわからなくはない。
でもさ、こんな恥ずかしい考えが俺の頭に思い浮かぶなんて、そんなことあるか?
「ねえ、何か感想を言って欲しいんだけど」
そんなこと言われても、「天使」以上の感想が全く浮かんでこないんだが。
もう一回見ようにも、直視できそうにない。
横目でならいけるか……いや、無理だ。
さっき見た姿を思い出すだけでニヤニヤが止まらないのに。
「に、似合ってないならちゃんと言ってよ。今すぐ着替えるから」
自分の心と葛藤していると、ハナが涙声でそう言った。
俺は慌てて首を横に振る。
「い、いや、そうじゃない」
「そうじゃないなら何で黙ってたのよ」
ハナがじっと俺を見つめる。
や、やめてくれ。
そんな潤んだ瞳で見つめられると、言葉が全く出てこなくなるじゃないか。
何度も言葉を発しようとして、「あー」や「うー」という意味の無い音になってしまう。
くそっ、ハナに気持ち悪がられずに伝えるにはどうしたらいいんだ?
そんなことを考えていると、ハナの顔が次第に俯いていった。
「は、ハナ?」
「……似合わないならちゃんと言って。お世辞とか、気遣いとか、そういうのは要らないから」
その言葉の最後で、彼女がグスッと鼻を啜る音がした。
も、もしかして、泣かせちまったのか……?
「……フォルティ様」
サオリが俺の名前を呼んだ。
それはいつもよりずっと低く、どこか恐ろしく感じた。
彼女は俺の態度について怒っているのだろう。
「フォルティ様がちゃんと言わないと伝わらないなのです!」
サオリに続いて、アンズも怒り心頭といった様子で俺を叱った。
俺は今まさに悩んでいたことを指摘され、「うっ」と声を漏らしてしまう。
「レディを泣かせるのはいくらフォルティ様でも失礼です」
「そうなのです! 嫌われたくないならさっさとホントのことイチカ様に言うです!」
ぐっ、何もそこまで言う必要は無くないか?
いや、でも、今ハナが泣きそうになっているのは完全に俺のせいだからな……。
俺は意を決して、ハナの前にしゃがんだ。
「……ごめん。顔を上げてくれないか?」
ハナがそっと顔を上げる。
髪色と同じ色をした彼女の瞳が涙で滲み、揺らいで見えた。
……そんな姿ですら可愛いと思ってしまう俺は、もう心底彼女に惚れてしまっているのだろう。
「その……ハナがあまりにも綺麗で、可愛くて」
「え……?」
ハナが驚いたように目を瞬かせる。
涙が引っ込んで、ちょっと間抜けな顔になっているのも可愛い。
だけど、彼女を「可愛い」と褒めるのは、やっぱり気恥ずかしかった。
「顔を逸らしたのは、直視できなかったからだ。ただでさえ可愛いのに、そんな格好されたら……は、反応に困るだろうが」
顔が熱い。
絶対真っ赤になってるよな、これ。
「あ、ありがとう……」
ハナがお礼を言ってきた。
俯いていてハッキリとは見えなかったけれど、彼女の顔は真っ赤になっていた。
照れ臭そうにしている彼女に、俺はさらに心臓の音がうるさくなるのを感じた。
「……何で俺がドキドキさせられてんだよ。これじゃ引き留めようにも……」
思わず本音が漏れ出てしまい、俺は口を塞いだ。
俺がハナをドキドキさせて惚れさせなきゃいけないのに、自分がどんどん彼女を好きになる。
何か言わなければと思いながらも、二人の間には沈黙が流れた。
「……フォルティ様。立ったままではイチカ様も疲れてしまいます。一度、席におかけになってはいかがですか?」
「あ、ああ、確かにそうだ――いや、待て。まだ夕食まで時間がある。どうせなら中庭でゆっくり話そう」
「中庭なんてあるの?」
「ああ。中庭には珍しい植物を植えてあるんだ。ハナもきっと気に入ると思う」
中庭には色んな植物を植えている。
ハナに見せたかったあの花も、中庭にある。
ハナの喜ぶ顔が見られると思うと、またニヤけちまいそうだ。
「中庭に行かれるのであれば準備をしてまいります」
「よろしく頼む」
サオリとアンズが出ていくのを見送った後、俺達は互いに顔を見合わせた。
……本当に可愛いな。
ヒールなんてほとんど履いたことないだろうに、俺のために履いてくれたのだろうか。
ふと、俺は気づいた。
――これは、手を繋ぐチャンスなのでは?
ヒールは歩きにくいと聞くし、履き慣れていない彼女であれば尚更歩きずらいだろう。
それを理由に手を繋ごうと誘えるかもしれない。
そして、手を繋げば、多少なりとも彼女をドキドキさせられるかもしれない。
「……じゃあ、俺たちも行くか」
俺はなんでもないことのように、ハナに手を差し出した。
彼女は目を見開いて、俺の手と顔を交互に見てくる。
「えっと、これは、その」
「ヒールのある靴なんて、ハナはそんなに履かないだろ? 転んだら危ないから、支えてやるよ」
予め考えていたセリフを口にする。
ハッキリと『手を繋ぎたいから』なんて言えば、ハナに気持ち悪がられるかもしれないからな。
「言い方がなんか偉そうだけど、正直ありがたいかな。よろしくお願いします」
そう言って、ハナは俺の手に自らの手を重ねた。
記憶の中の手より小さく細い手を握り潰してしまわないよう、そっと包み込む。
――よし、良くやったぞ、俺!
謎の達成感に、俺は彼女にバレないよう小さくガッツポーズをしたのだった。
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