第20話 恋する少女は彼のことが知りたい

 その後、私達は中庭を出て夕食を取った。

 その席で、私はこの世界での自分の扱いについて聞かされた。

 私みたいに異世界から来た「転移者」は、この世界では非常に珍しい存在らしい。

 色々と聞いたのは保護するために必要な情報だったから、だそうだ。

 私の場合はめぼしいものは何も持っていなかったから良いけど、持っている物やスキルによっては他国や犯罪集団なんかに目をつけられかねない。

 だから、今までの「転移者」は現れた国の政府が庇護下に置いていたみたい。


「あの、私は政府の庇護下ではなくて良いのでしょうか?」


 監視されるのは良い気持ちじゃないけど、この国の王様としては監視下に置きたいんじゃないのかな?

 そう思って尋ねたのだけど。


「ぶっちゃけ、この国で一番強いのはフォルだから。それなら、王宮なんかよりフォルの屋敷にいた方が安全でしょ?」


 と、クリス様からさも当然のことのように言われてしまった。

 それは確かにそうなのかもしれないけど、何か引っかかるんだよね。

 いくら一番安全だからって、フォルのお屋敷は政府の目が届きにくいところだと思うんだけど。


「僕も定期的に様子を見に来るから、『庇護下に置く』って面では問題ないと思ってるよ」

「クリス。お前まさか今まで以上の頻度でここに来る気か?」

「ちゃんと『転移者』の様子を見に来るって理由があるから何も問題ないでしょ?」

「そういう問題じゃない」


 フォルは眉間に深いシワを刻んでいる。

 クリス様のこと、そんなに嫌いなのかな?


「そもそも、国王がこんな頻繁に一般人のところに来るのがおかしいだろう。ハナの様子を見に来るのも遣いに任せれば良いはずだ」

「『転移者』は国の要人なんだから、僕が出向かなきゃダメだろ」

「そんなこと言ったらお前もこの国の要人だからな? 分身体とはいえ、いい加減臣下に何も言わず出歩くのはやめろ。後でこっちに苦情が来るんだぞ」


 二人の言い争う様子を見る限り、フォルが一方的に嫌ってるのかも。

 でも、その言い争ってる姿は、喧嘩するほど仲が良いって感じに見える。


「……ふふっ。フォルはクリス様と仲が良いんだね」

「は? そんなわけないだろ!」


 怒りと嫌悪感を顔に出しているフォルに対して、私の言葉がわからないクリス様は首を傾げていた。


「え、イチカちゃんは何て?」

「何でもない」

「はあ? 絶対僕達のことに対して言ってたでしょ。何て言ってたのさ」

「お前に言うとウザイことになるから嫌だ」

「ちょっと聞きました、イチカちゃん? 君の幼馴染くんが僕のことウザイって言うんですぅ!」

「気持ち悪いぞ。金輪際、一切ハナに話しかけるな」

「ドイヒー!」


 ……今「ドイヒー」って聞こえたけど、異世界にも某業界の用語みたいなのがあるのかな。


「全く。いくらイチカちゃんが大切だからって、過保護なのは良くないぞ!」

「別に過保護なつもりは無い」

「じゃあ、話させろよ!」

「ハナはまだそんなにこの世界の人と会話をしていない。他の人達もお前みたいだと思われたら困るだろ」

「じゃあ、他の人と交流する場面を作ればいいんだな!」

「は? いや、そういう意味じゃ……」

「よーし、それならイチカちゃんの歓迎会を開こうじゃないか!」

「え?」


 完全に蚊帳の外だなぁ、なんて思っていた私の耳に、突然そんな言葉が入ってきた。


「フォルが世話になった人達呼んで、盛大なパーティー開いちゃおう!」

「勝手に進めるな。第一、まだハナはここに来たばかりだぞ」

「もちろんある程度期間は空けるさ! そうだな……一ヶ月後くらい?」

「やるのはお前の中でもう確定してるのか?」

「なに、会場の準備とかは全部こっちでやるから心配するな!」

「おい待て、もしや国庫から費用を出そうとしてないよな?」

「まあ、出そうと思えば出せるけど、お前が許さないだろ? だから、ちゃんと僕のポケットマネーから出すよ!」

「そうか、それならまあ……いや、そうじゃない。ハナの意思も確認しないで勝手に決めるな」


 そう言うと、フォルが私の方を振り返った。


「こいつが王様だからって遠慮する必要は無いぞ。嫌なら嫌だと言った方がいい。じゃないと、後で絶対後悔するからな」


 ……なんか、前に後悔したことがあるみたいな言い方ですね?

 でも、歓迎会かぁ……。

 クリス様が主催になるみたいだし、凄い偉い人達がいっぱい集まりそう。

 というか、貴族のパーティーってどんな感じなの?

 やっぱり、ゴージャスな衣装の方々がグラスを片手に談笑したり、オーケストラが奏でる音楽に合わせて踊ったりするんだろうか。

 私、そんなダンスなんて踊れないし、そもそもゴージャスな皆さんの中にいたら場違い過ぎて胃が痛みそう。

 私の歓迎会なのに、胃痛で倒れたら色んな人達に迷惑がかかりそうだし。

 クリス様のお気持ちは嬉しいけど、ここはお断りした方が自分のためだよね。

 そう思って、私が断りの言葉を伝えようとした時だった。


「パーティーにはフォルと一緒に旅をした人達も呼ぶつもりだよ。イチカちゃんが知らないフォルについても教えてもらえるんじゃないかなぁ?」


 ニッコリと美しい笑みを浮かべて、クリス様がそう言った。


「おい、クリス。ハナに一体何を吹き込むつもりだ?」

「だーいじょうぶ、大丈夫! お前の不利益になるようなことは伝えないさ」


 クリス様が効果音がつきそうなほど大袈裟なウインクをフォルに投げる。

 それを見たフォルが深いため息をついた。


「お前の大丈夫は不安でしかないんだよ。ハナ、歓迎会は中止してもらえ。ハナが嫌だと言えば流石のクリスも……って、ハナ?」


 私はクリス様の言葉を聞いた瞬間から悩んでいた。

 歓迎会そのものはあまり気乗りがしない。

 でも、フォルの過去についてはとても、超がつくほど気になる。

 だって、皆に「勇者」って讃えられてる彼を、私は知らない。

 この世界に転生した「フォル」が、今までどんな人生を歩んで来たどんな人なのか、私は何一つ知らないんだ。

 私はずっと勇輝のそばにいて、彼のことなら彼以上に知っている気がしていた。

 それなのに、「フォル」のことは何一つ知らないのが、不安でしょうがなかった。

 彼のことを知りたい。

 それは、私が胃痛で倒れるよりも、優先させたいことだった。


「……お気持ち、ありがとうございます。歓迎会、是非とも参加したいです」

「なっ! ハナ、無理する必要は無いんだぞ」

「無理じゃないよ。クリス様のお気持ちが嬉しいのも本当だし。何より、フォルがお世話になったなら、ちゃんとご挨拶しないと」

「……ハナは俺の保護者か?」


 フォルがさっきよりも大きなため息をついた。


「もう一度聞くが、本当に良いんだな?」

「うん」

「……わかった。クリスにそう伝える」


 フォルが不機嫌そうに私の言葉をクリス様に伝えると、クリス様はパアッと顔を輝かせた。


「イチカちゃんから了承得られたんなら、早く準備しないとね!」


 そういうや否や、クリス様は席を立った。


「またね、イチカちゃんとフォル。バイバーイ!」


 そして、風のようにして去って行ってしまわれた。


「ハナ、何で歓迎会なんて了承したんだ?」

「……えっと、この世界の人達ともっとお話してみたいなって思ったからかな」


 流石に、フォルの過去を知りたかったから、なんて言えないよね。


「それにしたって、何もパーティーで会話する必要は無いだろうに。パーティーに参加するとなれば、マナーとか色々と学ばないといけなくなるんだぞ」

「うっ。やっぱりそういうの必要?」

「最低限はな」

「が、ガンバリマス」


 ううっ、勉強しないといけないことが増えた。

 でも、これもフォルのことを知るため。

 一ヶ月で完璧にするのは無理だけど、最低限ならなんとか……。


「無茶はするなよ? パーティーではハナが『転移者』だと皆が知っているから、そこまでマナーについてとやかく言う奴はいないだろうからな」

「心配ありがとう、フォル。でも、頑張れる所までやってみるよ」

「……そうか。じゃあ、俺も教えられることは教えるよ。せっかく取った休暇をハナと一緒に過ごせないのは嫌だからな」

「あ、そういえばそうだったね。私のために休暇取ってくれたのに、ごめん」

「謝る必要ないだろ。なんだったら、俺が付きっきりで教えてやる」


 フォルがからかうようにそう言った。

 多分、彼からしたらなんてことのない一言だったんだろうけど……私は思わず固まってしまった。

 付きっきりってことは、ずっとそばにフォルがいるってことだよね?

 私の隣で言葉について教えてくれたり、マナーについてなんかは手取り足取り教えられたり……?

 そう考えると、急に頬が熱くなってきた。


「おい、ハナ? 突然ボーッとしてどうした?」

「へっ!? なな、なんでもないよ!」

「もしかして、もう眠いのか? しょうがないよな、色々あったし。今日はもう休んだ方が良い」

「う、うん。そうするね」


 眠いわけじゃないけど、今フォルのそばにいると心拍数が上がり続けて心臓が破裂しそうだ。

 私は彼の言葉に甘えて、この日は可愛らしい白のネグリジェをお借りして眠りについた。

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