第19話 恋する少女は王様に会う
「それで、何の用だ? まさか、俺を冷やかしに来たわけじゃないだろうな?」
フォルがギロッと男性を睨む。
顔の部分だけ氷を溶かされた男性は「ヒッ!」と声を上げた。
「ま、待て。誤解だって。俺はお前が無事にやれてるかどうか不安で……」
「そうか、つまり冷やかしに来たんだな」
「だから誤解……」
男性が言い切る前に、フォルは再び彼の顔を凍らせてしまった。
うわぁ……辛辣。
あと、ずっと凍らせてるとその人死んじゃうんじゃないかな。
「全く、ふざけるのも大概にしてくれ。メイ、実際には何の用だったんだ?」
「夕食のご用意ができましたので、そのご報告をしに来ました」
「そうか。早いな」
「調理室の者達が張り切りすぎたようでして……品数もそれなりに」
「そんなに多いのか?」
「少なくとも、お二人だけで食べ切れる量では無いかと」
「……もしかして、それを理由に同席しようとしたな?」
フォルがまた男性の方を睨む。
すると、男性は氷の中で「グッ!」と親指を上げた。
……どうやって動かしてるんだろう?
「全く……しょうがないやつだ」
フォルがため息をつく。
氷が溶けて中から出てきた男性は、ニヘッと笑った。
「おっ! 許してくれるのか?」
「仕方なくだ。ハナが見てる前ではやりたくないのでな」
普段は私に見られたくないような酷いことをしているんだろうか……。
というか、この男性は一体誰なんだろう?
フォルはあんまり好きじゃない人みたいだけど、親しくないわけでもなさそうだし。
「おっと、僕の自己紹介を忘れていたね!」
男性が突然私の方を向く。
ビクッとする私を後目に、男性はドヤ顔を決めた。
「僕はクリス・ヴァイゼ・トレラント。この国の王様やってます!」
「へー、王様……王様っ!?」
まさかのお偉いさんでした。
変わった人だなぁとは思ったけど、この国の王様だとは思いもしなかった。
何でそんな偉い人とフォルは親しいわけ?
「……最初に言っておくが、こいつとは一緒に旅をした仲だから多少親しいのであって、他の国の王族とは仕事上の付き合いくらいしかしたことないからな」
「仕事上でも付き合いがあるのが凄いよ」
流石は勇者様、なのかな。
でも、一緒に旅をした仲ってどういうこと?
「『多少親しい』は酷くないか? 一緒に世界を救った仲じゃないか!」
え、それってつまり。
「あの王様も、魔王を倒すパーティに入ってたってこと?」
フォルに尋ねると、彼はうんざりしたような顔をしながら頷いた。
「ああ、そうだ。とんでもない国王陛下だろう?」
「……確かにそうかも」
旅に出た時は流石に王様じゃなかったのかもしれないけど、それでも危険な目に遭うかもしれない旅に自ら進んで出る王族なんて、物語の中でも見たことがないよ。
「民が不安がってるのに行動しない王族がいると思うか? 否、いるわけないよな!」
「お前の場合は単純に王宮を抜け出したかっただけだろう」
「ギクッ」
現実で「ギクッ」って言う人初めて見た。
あ、いや、あの
「そ、そんな昔のことは置いておいて。食事前に幾つかイチカちゃんに聞いておきたいことがあるんだ」
「……内容によってはキレるぞ」
「マジトーンで言うのは止めて? というか、そんな変な質問はしないさ。多分」
何だか不安になる言い方だ。
でも、王様――クリス様は、真剣な眼差しを私に向けた。
「まず一つ目。君がこの世界に持ち込んだ物を教えて欲しい」
持ち込んだ物?
なんでそんなことを聞くんだろう?
「……この世界に存在しない物を持ち込んでいないかの確認だ」
私の疑問を見抜いたフォルがそう教えてくれた。
私は持ってきた物が着ていた制服と髪飾りだけだと、フォル経由で伝える。
「では、二つ目。君は今、元の世界では持っていなかった能力を持ってはいないか?」
これまたよくわからない質問だ。
何か体に変化が起こっていないか、てことなのかな。
「いわゆる『スキル』の確認だ。異世界転移なんかじゃ付き物だろ?」
「ああ、チートスキルをもらって異世界を無双するみたいな?」
「例えが極端だが、まあそうだな。そういう『スキル』の発現が感じられたりはしないか?」
フォルにそう聞かれて、私は自分の体を見回した。
……ドレスが可愛い以外の感想は浮かんでこないかな。
別に、自分の体に変化は感じられない。
私は「スキル」を持ってはいなさそうだと伝えてもらった。
「わかった。それじゃあ、最後の質問。君は元の世界に帰りたいかい?」
「え」
この質問には私よりもフォルの方が慌てていた。
「おい!」
「まあまあ、いずれは聞かなきゃいけないことなんだから、今聞いたって構わないだろう?」
「だからって、今聞く必要は無いだろう!」
何でフォルがそんなに慌ててるんだろう?
ま、いいか。それより、質問の答えを考えなくちゃ。
元の世界……日本に帰りたくない、と言えば、多分嘘になる。
でも、せっかくフォルに会えたのに、このまま帰るのは嫌だ。
せめて、私の想いを伝えるまでは、彼のそばにいたい。
「あの」
私は何か言い争っている二人に声をかけた。
「その、帰りたくない、わけではないです」
「っ!」
何故か、フォルがとてつもなくショックを受けている。
整った顔が絶望の淵に立たされたみたいになってるの、ちょっと面白いかも。
……じゃなくて、言葉を続けないと。
「でも、今はまだ、この世界にいたいです」
フォルに「好きだ」と伝えるまでは、まだここにいたい。
だけど、その後はどうするかとかは、今はまだ考えられない。
彼に「帰って欲しい」と言われたら帰るけど……もし、万が一にも、「残って欲しい」と言われたら。
その時は……いや、有り得ない可能性の方が高いけど、有り得る可能性もゼロじゃないし!
うーん……私は、残るのかな?
やっぱり、その時にならないとわからないかも。
「……そのまま、帰らないでいてくれると嬉しいんだけどな」
「え、何か言った?」
「いや。『今はまだこの世界にいたい』と伝えれば良いんだよな?」
「あ、うん。お願いします」
フォルの様子がさっきからおかしいような気がする。
今は、嬉しいのか残念なのかよくわからない顔をしていた。
「ハナは今はまだこの世界にいたいらしい」
「……ふーん、『今はまだ』ね」
クリス様が意味深な笑みを浮かべる。
そして、フォルを引き寄せると、彼に何か囁いた。
私には何も聞こえなかったけど、フォルが真面目な顔で頷いていたから、私には聞かせられない大切な話だったのかもしれない。
「質問に答えてくれてありがとう。君は大切な異世界からの客人だから、何か不都合があれば言ってほしい。フォルに頼めば何でもしてくれるだろうけど」
「こっちの不都合にならない限りは、だけどな」
「ありがとうございます」
「それと、君は今後このフォルの屋敷で生活してもらうことになる」
「あ、そうなんですか――って、ええ!?」
そうなる予感はちょっとだけしてたけど、まさか本当にここで暮らすことになるの!?
驚いた私を見て、クリス様が首を傾げた。
「何か不都合が?」
「い、いいえ。そういうわけじゃないんですけど……」
フォルとひとつ屋根の下、なんて想像しただけでドキドキしてきた。
いや、実際には二人きりじゃなくて、このお屋敷で働いている人達もいるけど。
そ、そうだよ。このお屋敷に泊まるのは、ちっちゃい頃に勇輝の家に泊まった時と大して変わらない。
他にも人がいるから、何も緊張することなんてないじゃないか。
「……わかりました。これからよろしくお願いします」
私がフォルに頭を下げると、彼の笑う声が聞こえた。
「そう畏まらなくていいって。自分の家だと思って、ゆっくりしてくれ」
「じ、自分の家だと思うにはちょっと広すぎるかな……」
私は苦笑いを浮かべながら、このお屋敷での生活に思いを巡らせたのだった。
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