第17話 恋する少女は恥ずかしがる

「ど、どうかな?」


 格好つけて、少し裾を持ち上げて勇輝に微笑んでみせる。

 でも、彼からは、なかなか反応が返ってこなかった。


「ゆ……フォル?」


 おずおずと勇輝――フォルの顔を見つめる。

 そろそろ「フォル」呼びにも慣れないと。

 彼はどちらの呼び方でも良いと言ってくれたけど、この世界では彼は「フォル」なんだから。人がいるところではそう呼ばないと混乱させちゃうかもだし。

 彼は目が合うと、口元を押えたまま顔を逸らしてしまった。


「ねえ、何か感想を言って欲しいんだけど」


 そう頼んでも、彼はこっちを向いてもくれない。

 もしかして……笑われてる?

 何だか顔が赤いし、あまりに似合ってなくて爆笑されてるのかな。


「に、似合ってないならちゃんと言ってよ。今すぐ着替えるから」


 フォルに笑われたのが恥ずかしい。

 でも、それ以上に悲しかった。

 ちょっと泣きそうになりながら言うと、彼はハッとして首を横に振った。


「い、いや、そうじゃない」

「そうじゃないなら何で黙ってたのよ」


 じっと彼を見つめるけど、彼は「あー」とか「うー」とか言って、なかなか話してくれない。

 そんなに言いにくいのだろうか。

 彼は「そうじゃない」と言ったけど、やっぱり、本当は似合ってないと思ってるのかな……?

 段々目頭が熱くなってきて、私は顔を見られないように俯いた。


「は、ハナ?」

「……似合わないならちゃんと言って。お世辞とか、気遣いとか、そういうのは要らないから」


 最後の方は鼻声になってしまった。

 せっかくサオリさんやアンズさんが綺麗にメイクしてくれたのに、泣いたら台無しになっちゃう。

 でも、どうせ似合ってないなら、別に構わないか。


「……フォルティ様」


 サオリさんが彼の名前を呼んだ。

 その声は低くて、ちょっと怒っているように聞こえた。


「フォルティ様がちゃんと言わないと伝わらないなのです!」


 アンズさんもどういうわけか怒っているようだった。

 そんな二人の言葉に、フォルが「うっ」と小さく呻く声がした。


「レディを泣かせるのはいくらフォルティ様でも失礼です」

「そうなのです! 嫌われたくないならさっさとホントのことイチカ様に言うです!」


 何故か、フォルがメイドさん達に怒られている。

 状況を掴めないまま俯いていると、フォルが私の目の前でしゃがみ込んだ。


「……ごめん。顔を上げてくれないか?」


 私はそっと顔を上げる。

 フォルの紺色の瞳と目が合った。


「その……ハナがあまりにも綺麗で、可愛くて」

「え……?」


 い、今、「可愛い」って言った?

 聞き間違いかと思ったけど、彼の次の言葉でそうではないとはっきりわかった。


「顔を逸らしたのは、直視できなかったからだ。ただでさえ可愛いのに、そんな格好されたら……は、反応に困るだろうが」


 二度も「可愛い」って言った!?

 というか、「ただでさえ可愛い」ってどういう意味!? そういう意味ですねありがとうございます!

 ど、どうしよう……彼にそんなこと言われるなんて思ってなかったから、心の準備が全然できてなかった。

 彼をドキドキさせるためにやった(やらされた)ことなのに、自分の方がドキドキさせられちゃうなんて!


「あ、ありがとう……」


 とりあえずお礼は言えたけど、その後はどうしよう。

 フォルがあんなこと言うから、今度は別の意味で恥ずかしくなってきた。

 私はどんどん火照る顔を、彼からなるべく見えないようにして俯いた。

 長い沈黙が続いた後、彼がボソッと呟いた。


「……何で俺がドキドキさせられてんだよ。これじゃ引き留めようにも……」


 チラリと彼の顔を見上げると、彼は再び口元を手で押えていた。

 その顔は、先程よりも赤くなっているように見えた。

 独り言を呟いていた彼が黙り込んでしまったので、再度沈黙が流れようとしていた。


「……フォルティ様」


 そんな中、サオリさんがまたフォルの名前を呼んだ。


「立ったままではイチカ様も疲れてしまいます。一度、席におかけになってはいかがですか?」

「あ、ああ、確かにそうだ――いや、待て。まだ夕食まで時間がある。どうせなら中庭でゆっくり話そう」

「中庭なんてあるの?」

「ああ。中庭には珍しい植物を植えてあるんだ。ハナもきっと気に入ると思う」


 フォルが目を細めて笑う。

 その笑い方がとても大人っぽく見えて……私は顔から火を噴きそうだった。


「中庭に行かれるのであれば準備をしてまいります」

「よろしく頼む」


 サオリさんとアンズさんが一礼して部屋を出ていく。

 それを見送った後、私達は互いに顔を見合わせた。

 ……こうやって見ると、フォルの顔立ちは本当に整っている。

 キリリとした眉に切れ長の目、固く結ばれた唇。

 そのどれもが鋭い剣のような印象を彼に与えていた。

 パッと見は冷たい鋼のような、少し怖い人に見える。

 でも、その瞳は今、私を優しく見つめていた。


「……じゃあ、俺たちも行くか」


 そう言って、彼は私に手を差し伸べた。

 突然のことに戸惑って、私はその手と彼の顔を交互に見た。


「えっと、これは、その」

「ヒールのある靴なんて、ハナはそんなに履かないだろ? 転んだら危ないから、支えてやるよ」


 そ、そっか、そういうことか。

 てっきり手を繋ぎたいのかと思ったけど、そんなわけないよね。

 自意識過剰すぎ、私。


「言い方がなんか偉そうだけど、正直ありがたいかな。よろしくお願いします」


 ヒール履き慣れてないのは本当だし、転んだら借りたドレスが汚れちゃう。

 私は彼の手に自分の手を重ねた。

 その手を彼がそっと握る。

 何だかこれからエスコートされるみたいで、またドキッとしてしまう。

 そして、私達は中庭に向かった。

 でも、この時、私は気づかなかった。

 私がフォルの手を取った時、彼はもう一方の手で小さくガッツポーズをしていたということに。

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