第16話 恋する少女はおめかしされる
しばらくして戻ってきたサオリさんは、ハンガーラックにかかった大量のドレスを持ってきた。
「申し訳ございません。私や同僚のドレスをかき集めてみたのですが、この程度しか集まりませんでした」
「いや、充分だと思いますよ」
ドレスは白や黒を基調としたシックなものから、赤い生地に金色の刺繍が施された派手なものまで様々な種類が取り揃えられていた。
それが一つのハンガーラックにかかっていて、何だか虹みたい。
……ちょっと心が躍ったような気がしたけど、気のせいだよね。
うん、気のせい気のせい。
「メイク道具は同僚が今持ってきますので少々お待ちを」
と、サオリさんが言うやいなや、部屋の扉が乱暴に開かれた。
「さおりん! 持ってきたですよ!」
その向こうから、オレンジ色の髪を三つ編みにした女の子がこれまた大量の荷物を持って現れた。
「アンズ、もっと静かに入ってきなさい。イチカ様が驚かれるでしょう」
「あ、ごめんなさいです!」
私より少し背の低いその子がぺこりと頭を下げた。
「初めましてなのです、イチカ様。私はアンズと申しますです!」
ちょっと不思議な言葉遣いだ。
よく見ると、アンズさんの耳は尖っていた。
彼女も人族じゃないのかも。
種族はエルフとかかな?
「ええ、彼女はエルフですよ。森の中に暮らしていたので少々言葉遣いのおかしいところがございますが、ご容赦願います」
私の心の中を読んだサオリさんがそう言った。
エルフならやっぱり長命なのかな。
そうなるとアンズさんも見た目より年上なのかもしれない。
そんなことを思っていると、アンズさんが私の顔を見て目を輝かせているのに気づいた。
「イチカ様は肌が綺麗なのです! 髪もツヤツヤで、これはメイクのしがいがありますですよ!」
「そ、そうですか?」
「ですが、まずはドレス選びからですね」
サオリさんがハンガーラックを私の前に運んできた。
「イチカ様、この中からお好きなものをお選び下さい」
「サイズ調整は私に任せてくださいです!」
「え、そんなこと言われましても……」
どのドレスも素敵で、私なんかが着たらドレスに着られてる感じになっちゃいそう。
「イチカ様はどんなドレスでもお似合いだと思いますよ。もし悩まれるようでしたら、髪留めに合わせて選ばれてはどうですか?」
「あ、それ良いなのです! そのお花の髪留め、髪色にとても良くあってるですから!」
「あ、ありがとうございます」
突然髪飾りを褒めてくるとは思わなかった。
まあ、でも、自分でも気に入ってるから、これに合わせてドレスを決めてもいいのかもしれない。
それに、勇輝から貰ったものだから、外して無くしたら困るし。
「……イチカ様。そちらの髪留めはフォルティ様から贈られたものなのですか?」
「? そうですよ」
私がそう答えた瞬間、サオリさんの目がクワッと大きくなった。え、怖い。
サオリさんの言葉を聞いたアンズさんも驚きを隠せない様子だった。
「さおりん、その髪留めがフォルティ様から贈られたものってホントです?」
「本当みたいよ」
「ええっ!? あのフォルティ様が女性に何か贈ることがあるなんて驚きなのです!」
「私も驚いたわ。まさか、あのフォルティ様が……」
何か、酷い言われようだな。
そこまで女性に興味が無かったんだろうか?
でも、メイドさん達には普通に接してるみたいだし、女性嫌いではないよね。
前世でもそんなことは無かったと思うんだけど……いや、そもそも女性に言い寄られてるとこなんて見たことが無い。
いや、でも、私が気づいてなかっただけで、実はモテモテだったならどうしよう。
「やはり、イチカ様には何があってもフォルティ様のハートを射止めてもらわなければ」
「そうと決まれば早速おめかししなくちゃなのです!」
「え?」
いつの間にやらサオリさんとアンズさんに両腕を掴まれていた。
「な、何を……」
「髪留めに合わせるなら、こちらのドレスがよろしいかと」
「髪は編み込みして、メイクはカワイイ系にするです!」
「あの、お二人さん?」
私の身動きを取れなくしたお二人は、私の顔を見て、良い笑顔になった。
「大丈夫ですよ、イチカ様。我々にかかればフォルティ様もイチコロです」
「さあ、早く着替えるです!」
「へ……って、いやぁあああ!」
そして、私はお二人に“おめかし”されたのだった……。
――数十分後。
何もかもされるがままの状態だったけど、それがようやく終わったらしい。
「さ、イチカ様。鏡をご覧下さい」
そう言って、サオリさんが私の目の前に鏡を持ってきてくれた。
「……凄い技術だ」
鏡に映った自分の姿は、普段見慣れているものとは全く違うものになっていた。
白いハナミズキの髪留めに合わせた白いドレスは袖の部分が花柄のレースになっていて、少し大人っぽいデザインだ。
でも、裾丈が膝下くらいのスカート部分はふんわりとしているから、背伸びしている感じもない。
少し天パな栗毛の髪は編み込みがされていて、髪留めがよく映えて見えた。
メイクは思ったより薄いけど、肌が白くてプルプルの唇をしている自分の顔にちょっと戦慄した。
メイクなんてほとんどしたことがないけど、上手な人にやってもらうと本当に別人みたいになるんだ。
「さ、これで後はフォルティ様を待つだけですね」
「……やっぱり、会わなくちゃダメですか?」
「当たり前です。イチカ様もフォルティ様のために頑張ったのですから、しっかり見ていただきましょう」
サオリさんの言葉にアンズさんも頷く。
いや、頑張ったのはお二人だけで、私はただぼうっとしていただけですから。
「もうこのまま直接執務室に突撃するです?」
「ダメよ。重要なお仕事をされているかもしれないのだから、勝手に入ろうとしてはご迷惑がかかるわ」
「でも、早く見せて差しあげてーですよ」
と、その時、部屋の扉がノックされた。
「俺だ。今開けても大丈夫だろうか?」
扉の向こうから響く声に、私の胸が跳ね上がる。
も、もう来ちゃったの!?
「さあ、イチカ様。覚悟を決めてください」
こうなったらもう腹を括るしかないよね。
「……わかりました」
私が頷くと、サオリさんが私を隠すようにして扉を開けた。
「お早かったですね。まだ夕食には早いかと思われますが」
「ああ。早く戻ってきたくてな……ところで、何故アンズまでここにいる? 何かあったのか?」
「へへっ、見てのお楽しみなのです!」
「は?」
首を傾げる勇輝に、サオリさんとアンズさんは私の方を振り向いた。
それにつられるように、勇輝も私の方を見る。
私はうるさい心臓の音を聞きながら、勇輝の反応を待った。
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