第15話 恋する少女は話を聞いてもらえない

 勇輝が戻ってくるまでの間、私はサオリさんからこの世界について教えてもらっていた。

 彼女の話をまとめると、この世界では一つの大陸に様々な種族が暮らしていて、それぞれが国を作り上げているらしい。

 でも、私が今いる「ヴァイセ」という国みたいに、多種族が暮らす国家もあるみたいだ。


「この国は元々は人族が多かったのですが、魔族の国から近いので今では魔族と人族が同じくらい暮らしております」

「え? 魔族って滅ぼされたわけじゃないんですか?」

「いいえ。フォルティ様が元凶である『魔王』を倒されたことにより、魔族は正気を取り戻しました。ですが、国があった場所はほとんど焼け野原になってしまったので、多くの魔族がこの国に避難しているのです」

「えっと、つまり魔族が悪かったわけじゃなくて、『魔王』が悪い奴だったんですか?」

「そうですね……原因を作ったという意味では彼女が悪いのかもしれませんが、根本的な原因は『悪』のエネルギーによるものです。詳細な説明は省かせていただきますが、このエネルギーによって我々魔族は攻撃的な性格となり、フォルティ様はそのエネルギーを消滅させることで我々をお救い下さったのです」

「へえ……」


 何だかよくわからないけど凄いことをしたんだなぁ、勇輝は。

 ……ん?


「あの、今『我々魔族』って言いましたか?」

「ええ。私は魔族ですので」

「そうなんですか!?」


 私はサオリさんの顔をまじまじと見る。

 艶のある黒髪をおかっぱにしている彼女は日本人に近い顔立ちをしていた。

 背中から羽が生えているわけでも、頭から角が生えているわけでも無い。

 どこからどう見ても、ただの人にしか見えない。


「見た目が人と変わらないのは当然ですよ。私の先祖も人族ですから」

「それなら、どうしてサオリさんは魔族なんですか?」

「詳しい成り立ちは不明のようですが、我々魔族は元々は特殊な能力を持って生まれた方々が集まって国を作ったのが始まりだと言われております。それに、人族だけでなく獣人族やエルフを先祖に持つ方も混じっているので、魔族の見た目は他種族よりも千差万別です」

「ということは、魔族の皆さんはサオリさんの心を読む能力みたいに、何か特別な能力をお持ちなんですか?」

「そうですね。能力の強さの程度はあれど、基本的に全員が何らかの特殊能力を持っておりますよ」

「へぇ、凄いですね!」


 何だか本当にファンタジーの世界に来たって感じがする。

 他の魔族さんはどんな能力を持っているんだろう?

 もしこのお屋敷にいるなら、会って聞いてみたいな。


「……ふふっ」

「え、どうかしました?」

「イチカ様は好奇心旺盛なのですね」

「そ、そうですか?」


 至って普通の感想だと思うんだけどな。


「普通は異能力を持っている魔族を怖がる方が多いのです。イチカ様も、ご自分に害が加えられるかもしれないと考えれば、我々のことが恐ろしくなりませんか?」


 サオリさんからの問いかけに、私は首を傾げた。


「そんなことを言ったら、自分以外の人達全員が怖くなっちゃいますよ。誰が何を考えて自分に接してきているかなんてわからないんですから、どんな種族の人でも自分に害を加えてくる可能性はあるじゃないですか」


 確かに、自分にはない力を持っている人達を怖がる人もいるだろうけど、だからといって傷つけられるとは限らない。

 自分と同じ種族の人だって、隠し持ってた凶器を突きつけてくるかもしれないし。

 そんなことを考えながらサオリさんを見ると、彼女は切れ長の目に涙を浮かべていた。


「あ、あの、私何か失礼なことを言ってしまいましたか!?」

「……いいえ。少しばかり目が痛くなってしまっただけです」

「大丈夫ですか? どこかで洗い流してきた方が良いんじゃないですか?」

「大丈夫ですよ。イチカ様は本当にお優しい方ですね」


 サオリさんが微笑みかけてくる。

 絵になりそうなくらい綺麗な笑顔で、同性なのにドキッとしてしまう。


「あ、ありがとうございます……」


 うーん、私にもこのくらいの魅力があれば勇輝をドキッとさせられるのかな?


「フォルティ様はもう既にイチカ様にメロメロだと思いますけどね」

「そんなわけないですよ。私を抱きかかえた時も全然ドキドキしてなかったですし。私ばっかりドキドキさせられて……」


 私だってドキドキさせたいのにな。


「でしたら、今からフォルティ様を驚かせましょう」

「え?」


 別にびっくりさせたいわけじゃないんですが。


「単に驚かせるわけではありません。お着替えをして魅力を増すことでフォルティ様をドキドキさせませんか?」

「着替え、ですか? でも私、服なんて持ってきてないんですけど……」

「問題ありません。我々の方で準備からドレスアップまでお手伝いさせていただきますので」

「そ、そこまでしていただかなくても……」

「時間が無いのでイチカ様のためにドレスを買うのは難しそうですね。私や同僚のドレスを着ていただくことになりますが、よろしいでしょうか?」

「あれ、着替えるのは決定事項ですか?」

「ああ、ヘアメイクやメイクも必要ですね。それも得意な同僚に頼んでやってもらいましょう」

「もしもーし、サオリさん?」


 声に出して呼びかけてみるけど、サオリさんは遂に私の手を離してしまった。

 あ、ダメだ。完全に自分の世界に入っていらっしゃる。


「イチカ様には何色が似合うでしょうか……やはり可愛らしい感じにした方が……」

「サオリさん!」


 私は彼女の手をガシッと掴む。

 彼女はハッとしたように私の顔を見た。


「も、申し訳ございません。私ったら、イチカ様の前で自分の世界に入ってしまって」

「いえ、それは大丈夫なんですけど、私の話を聞いて……」

「まずはドレスを見ていただくべきでしたね!」

「えっ」

「イチカ様のご意見を混じえながらおめかしするべきでしたのに、私としたことが配慮が足らず申し訳ございません」

「いや、あの、そもそも私は……」

「早速持って参りますので、イチカ様はこちらで少々お待ちくださいませ」

「ちょ、ちょっと待ってくださ――」


 サオリさんは本当にあっという間に部屋を出ていってしまった。


「……サオリさんって心を読めるんじゃないの?」


 もしかして、私が心の奥底ではドレスアップされたいと思っていたとか?

 いや、それはない。絶対ない。

 勇輝をドキドキさせる前に、私が恥ずかしくて死んじゃうよ。

 サオリさん、さっきまではちゃんと話を聞いてくれたのに、何で今になって聞いてくれなくなったのか……。

 広い部屋に一人取り残されながら、私は長いため息を吐いたのだった。

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