第14話 転生勇者は引き留めたい
ハナを客室まで案内し、少しばかり会話をした。
客室のことから、俺の仕事内容、そして昔話。
約22年ぶりの会話だったが、彼女は昔と変わらない受け答えをしてくれた。
彼女との久々の会話は楽しくて、もう少し話をしていたかったのだが。
「フォルティ様。メイさんがお呼びです」
扉の向こうから現れたメイド――サオリに会話を邪魔された。
いや、邪魔というのは酷いな。
彼女も邪魔をしたくてしたわけじゃないだろうし。
「用件は?」
「残りの仕事の割り振りに関するご相談がしたいとのことでした」
「だが、それではハナ……壱花が一人になってしまう」
「お時間は取らせませんと言っておりましたから、そこまで時間がかかることではないと思います。それに、フォルティ様のお仕事が終わるまで、私がイチカ様のそばで控えさせていただきますのでご安心を」
「しかし……」
俺がチラッとハナを見ると、俺の不安を読み取った彼女が笑いかけてきた。
「私は大丈夫だよ。部屋でゆっくり休んでるから、お仕事してきなよ」
「イチカ様もそう仰っておりますし、私であれば他の者よりイチカ様に不自由はさせません」
サオリにそう言われ、彼女の特性を思い出した。
彼女は魔族で、「サトリ」と呼ばれる家系の娘だ。
彼女の一族は他者の考えを読み取ることができる能力を持っており、彼女も人の体に触れると心を読むことができる。
彼女自身は事故当時、他国にいたために被害を免れたが、魔族の国にいた両親を失い、路頭に迷っていた。
そんな彼女を俺はメイドとしてこの屋敷に引き入れたのだ。
まあ、今はそんな話はいいか。
心を読めるということは、言葉が通じずともハナの考えていることがわかるということ。
彼女であれば、ハナにもしものことがあってもすぐに対応できるはずだ。
「……確かに、そうだな」
「まだ問題が山積みなんでしょ? 大事なお仕事なんだから、私のことよりそっちを優先しなきゃダメだよ」
ハナにまでそう言われたら、行かざるを得ない。
「……わかった。夕食前には終わらせるから、何かあればそこの彼女――サオリに言ってくれ」
そう言い残して、俺は急いで執務室へと向かった。
執務室に入ると同時に、俺は肩を掴まれた。
「おい、『転移者』が来たって本当か!?」
そういえば、クリスがいるのをすっかり忘れていた。
クリスは俺の肩をガクガクと揺さぶりながら、珍しく顔を青くしていた。
今日は本当に色んな人が珍しい顔をするな。
「……『転移者』?」
「とぼけるなよ。お前の前世での幼馴染って子が来てるんだろ? それってつまり、その子が『転移者』ということじゃないか!」
「それがどうし――」
「どうした」と言いかけて、気づいた。
この世界には「転生者」が多い。
しかし、それに比べて「転移者」は圧倒的に少なかった。
そもそも「転生者」が意図的にこの世界にやってきているのに対し、「転移者」はこの世界と元の世界を繋ぐように原因不明の穴が空くことで、偶然この世界にやってくる。
もちろん、この世界の知識を全く持たない状態で、だ。
「『転移者』は保護対象だぞ。何で僕にすぐ報告しないんだ!」
この世界にやってきた「転移者」は、上記の理由で保護対象となる。
それだけでなく、「転生者」同様に強力なスキルを持っていたり、元の世界での所持品も一緒にこの世界に持ってきていたりするため、どの国でも国家政府の庇護下に置くことを義務付けている。
とはいえ、ここ数百年の間に「転移者」が現れたという報告はどの国でもなく、もはや伝説と化していた存在だ。
俺も知識としてはあったが、すっかり忘れていた。
「すまない。全く意識になかった」
「意識になかったって、お前がか!?」
「俺だって物忘れくらいする」
「驚異的な記憶力を持つお前が物忘れなんてするわけないだろ!」
「そんなことより、ハナをどうするつもりだ?」
政府の庇護下に置かれるとなると、俺の元から離される可能性が高い。
しかも、最悪の場合、どこかに幽閉されて利用される可能性だってある。
ハナにそんな思いを味わわせるくらいなら、俺は国に反発しても彼女を手元に置くつもりだ。
俺のところにいる方が政府の監視下にいるよりも自由が確保できるからな。
「『ハナ』? 確か、その子は『イチカ』って名前じゃなかったか?」
「……『ハナ』というのは彼女のあだ名だ。だが、それよりもさっきの質問に」
「え! お前ってあだ名で呼べるほど女の子と親しくなれたのか!?」
……さっきから気になっているところがおかしくないか?
まあ、クリスがおかしいのはいつものことだが。
「彼女とは幼馴染だと言っただろう。昔から二人で遊んでいたから親しくて当然だ」
「二人っきりで会うこともあったのか?」
「ああ。死んだ日の前日も、俺の部屋で二人きりで会話をしていた」
「ははーん」
クリスは何故かニヤニヤしている。
一体何なんだ、気持ち悪い。
「で、お前はどうして欲しいわけ?」
「は?」
「国としてはもちろん保護したい。でも、お前は僕が彼女にどういう対応をするのを望んでいるんだ?」
いや、そこで何故逆に質問をしてくる。
不思議に思いながらも、俺は自分の希望を口にする。
「……できれば、俺の元に居させてやって欲しい。その方が彼女の不安も減るだろうからな」
「ほっほーん! なるほどー!」
クリスはどういう訳か、嬉しそうにニマニマしている。
いくら整った顔立ちをしていても、その顔は気持ち悪いぞ。
「それなら、お前が彼女を保護してやってくれ」
「……いいのか?」
「お前は政治に関わってるし、俺とも繋がりがあるから大丈夫だろ。それに、ぶっちゃけこの国で一番安全なのはお前の屋敷だろう?」
そこはせめて王宮と言った方が良いと思うが……今はそう言ってくれる方が有難い。
「ほら、僕の寛大な心遣いに感謝しなよ!」
わざとらしくふんぞり返るクリスに、俺は微笑んだ。
「ああ。クリス、ありがとう!」
すると、クリスは眼球が飛び出さんばかりに目を見開いた。
「お、お前が小言も言わず僕に『ありがとう』だと……!? 明日は槍でも降るのか!?」
「降るわけないだろ」
「というか、お前ってそんなふうに笑えるんだな」
「さっきから酷い言い様だな。まるで俺が笑わない奴みたいじゃないか」
「少なくとも女の子に関することで嬉しそうに笑うなんて思わなかったぞ」
こいつは俺を本気で女嫌いだとでも思っていたのか。
「そもそも、お前がわがままを言うのも初めて聞いたからな。僕みたいにもっとわがままを言ってもいいのに」
「お前はわがままを言い過ぎだと思うがな。しかし、俺がわがままを言えば大勢の人に迷惑がかかる」
「お前が心配するほどはかからないと思うぞ? 今回だって仕事を他の人に回して休暇を取るつもりなんだろ?」
「……まあ、そうだが」
「全部やろうとすることが悪いことだとは思わないが、お前は自分ができるからって何でもやりすぎなんだよ。もっと周りを頼れよ。なぁ?」
クリスが背後で作業をしていたメイにも話を振った。
黙っていたもののずっと話を聞いていたらしい彼女は、手を動かしながら頷いた。
「クリス様のおっしゃる通りです。それに我々にも仕事を回していただかないと、フォルティ様にもしものことがあれば、今行っていること全てが頓挫しかねません」
確かに、言われてみれば俺がほとんどの仕事をやっていた。
もちろん現地でやらなければならないことは任せていたが、たまに自分で視察にも行っていたし、それ以外の書類仕事なんかは全部俺がやっていた。
俺にもしものことなんてそうそうないだろうが、そうなった時のことを考えると今の状態では大変だ。
現に、俺が休暇を取ろうとして仕事の割り振りをするだけで苦労するのだから。
「……そうだな。すまなかった」
「謝ることではないだろうが、これからは周りを頼るようにしろよ。そうしたらもっと楽に休暇を取れるし、イチカちゃんと一緒にいられる時間も増えるだろ?」
「ああ、そうさせてもらう」
俺がそう言うと、クリスは満足そうに頷いた。
「恋人達の甘い時間を確保してあげるなんて、僕は優しい王様だな!」
「自画自賛するな。それに、俺とハナはそんな関係じゃない」
「「えっ!?」」
クリスとメイが同時に驚きの声を上げた。
「何故驚くんだ?」
「いや、え、だって、お前、イチカちゃんのこと好きなんだろ? 友達としてじゃなく、異性として」
「……まあ、そうだな。だが、彼女は俺のことをただの幼馴染だと思っているかもしれない」
「ええ……でも、彼女はお前に会いにここまで来たんじゃないのか?」
「それは聞いていないからわからない。もしかしたら、彼女は神様に無理やり転移させられたのかもしれない」
状況からして、ハナこそが神様からの“褒美”なのではないかと思っている。
彼女は俺に会った時に嬉しそうにしてくれたが、だからといって無理やり連れてこられたわけじゃないとは限らない。
彼女がもし、この世界に無理やり連れてこられたのだとしたら、元の世界に返してやらないといけないのはわかっている。
でも、そうしたら彼女に会えなくなる。
彼女と一緒にいたいのに、俺はどうしたらいいんだ?
俺がそう頭を悩ませている時、クリスとメイはヒソヒソと会話をしていた。
「なあ、イチカちゃんはフォルに抱きかかえられている時、満更でもなさそうだったんだよな?」
「はい。少なくとも、嫌がってはおりませんでした」
「つまり、脈はあると?」
「ええ。しかも、かなり高確率で両想いではないかと思われます」
「……こうなったら、僕達でフォルとイチカちゃんをくっつけよう。メイさんも協力してくれるか?」
「もちろんにございます。私だけでなく他の使用人達もフォル様には幸せになっていただきたいですから」
そんな会話が繰り広げられていたようだが、普段なら聞こえるはずのそれも考え事をしていた俺の耳には入ってこなかった。
そんな俺に、クリスは珍しく真剣な顔で話しかけてきた。
「……なあ、フォル。もしイチカちゃんが無理やり連れてこられていたとして、元の世界に戻すには時間がかかると思うんだよ。そもそも『転移者』が元の世界に戻ったって記録がないから、その方法もわからないし」
「だが、神様に頼めばどうにかしてくれるかもしれない」
「神様に頼むにしても、大聖女様にお話を通してからじゃないといけないから、最低でも一週間くらいはかかるだろ?」
「そうかもな。しかし、それがどうかしたのか?」
「だからさ、お前がイチカちゃんに残っていて欲しいなら、彼女に『帰りたくない』と思わせればいいんじゃないかと思うんだ」
俺の心を見透かしたかのような言葉に驚いていると、クリスに笑われた。
「『何で俺の考えがわかった?』って顔だな。でも、今のお前を見たら誰だってわかると思うぞ」
「そ、そんなに顔に出ていたか?」
「バレバレだっての。それで、どうする?」
クリスの翡翠色の瞳が俺を見据える。
……彼女が帰りたいと望むのなら、帰してやりたいとは思う。
しかし、俺は彼女と一緒にいたい。
もし、彼女も同じ気持ちになってくれたら――。
「……俺に彼女を引き留められるだろうか」
「お前が本気出せばイチコロよ! 俺達も協力するからさ!」
クリスがニカッと歯を見せて笑いかけてくる。
後ろにいるメイの方を見ると、彼女も微笑みながら頷いた。
「……ありがとう」
俺は彼らの申し出を受けることにした。
具体的にどんな協力をしてくれるのかはわからないが、現時点では俺の仕事を減らすことを協力してくれるようだ。
いつやって来ても手伝いもせずただそこにいるだけだったクリスが、書類仕事を手伝ってくれたことには驚いた。
だが、そのかいもあって、俺は予想よりも早くハナの元に戻ることができたのだった。
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