第13話 転生勇者は驚かれる

 屋敷に戻ると、数名の使用人が玄関先で待っていた。

 その中から副メイド長であるメイが一歩前に出て、頭を下げる。


「お帰りなさいませ。命じられました通り、客室の準備は整っております」

「ありがとう」


 顔を上げたメイは、俺の腕の中にいるハナに怪訝な目を向けた。


「その……そちらの方がフォルティ様のお客様でしょうか?」

「そうだ。彼女は花水木かみき壱花いちかという。俺の前世での幼馴染だ。この世界に来たばかりのようだから、皆仲良くしてやってくれ」


 使用人達にそう告げると、彼らは一様に目を見開いた。

 普段はあまり表情の変わらないメイでさえ、その顔に驚きを顕にしている。

 それを少し不思議に思ったが、俺はハナがこちらを見つめているのに気づいた。


「あ、ハナにも紹介しないとな。彼女はこの屋敷の副メイド長をやっているメイ・リィーンだ」


 そう言ってメイの方を指せば、メイ本人はどういう訳か困惑した様子だった。


「ん? どうかしたのか?」


 そう尋ねるも、メイはますます困った顔になる。


「……ねえ、もしかして、何を言っているのかわからないんじゃない?」


 原因がわからず頭を抱えそうになった時、腕の中のハナがそう言った。


「え? でも、さっきまで話通じてただろ?」

「ううん。私は他の人達と勇輝が会話してる時、なんて言ってるのか全然わからなかったよ」

「マジかよ!」


 慌ててメイに確認をとった。


「メイ。今の俺達の会話を理解することができたか?」


 彼女は申し訳なさそうに首を横に振った。


「そうだったのか……てことは、俺、ハナに自然と日本語で話しかけてたのか」

「意識してなかったの?」

「ああ」


 そういえば、夢の中では言葉が違う気がしていたな。

 前世を思い出したせいで、気づかないくらいには混乱しているのかもしれない。


「それにしても、言葉が通じないとなると、色々不便だよな」


 確か、補助系魔術の中に他言語を翻訳するものがあったはずだ。

 この世界で一般的に用いられている言語は一つだけだから、普段はあまり使われない。

 俺も知識として覚えているが、実際に使ったことは無い。

 その時、腕の中のハナがじたばたと暴れ出した。


「ゆ、勇輝! いい加減おろして!」

「ん? 尻はもういいのか?」

「尻って言わないで! 大丈夫だから、おろしなさいってば!」

「ああ、わかったわかった」


 何でまた恥ずかしがり始めたのかはわからないが、このままだと危ないので俺はハナを下ろした。

 今はそんなことより、言語の違いの問題をどうにかしないと。


「俺、あんまり補助系魔術は得意じゃないんだけどな……まあ、やるだけやってみるか。ハナ、ちょっと耳に触るぞ」

「えっ、なんで……」


 俺はハナの言葉を遮って、彼女の耳に触れた。

 何気なく触れた彼女の顔は思った以上に小さくて、少し油断をすれば傷つけてしまいそうなほどだった。

 記憶の中の彼女は俺より背が高かったのに、今はこんなにも小さく……いや、俺がでかくなったのか。

 何とも言えない気分になりながらも、俺は翻訳の補助系魔術を唱えた。


「よし、これで大丈夫だろう」

「な、何をしたの?」

「この世界の言葉が翻訳されて聞こえるようにしたんだ」


 まあ、説明するより実際に体験してもらった方が早いだろう。


「メイ、彼女に挨拶を」

「はい。初めまして、イチカ様。私、フォルティ様のお屋敷の副メイド長をしております、メイ・リィーンと申します。どうぞ、メイとお呼びください」


 それを聞いたハナは、驚きと喜びが入り交じった表情を浮かべた。


「は、初めまして」


 そう言って頭を下げるハナに、俺は伝え忘れていたことを思い出した。


「その魔術だけだとハナの言葉は翻訳されないんだ。だから、そう言っても伝わらないぞ」

「そうなの?」

「ああ。だから、俺が通訳してやるよ」


 俺はメイに「壱花は初めましてと言ったんだ」と伝えた。

 彼女はハナに深々と頭を下げた後、再び困ったような顔になった。


「こちらの言葉は翻訳されているようですが、言葉が通じないのは不便ですね」

「俺が通訳をするから問題ないだろう?」

「しかし、フォルティ様はお忙しいではありませんか」

「最近は落ち着いてきているだろう」

「ですが、今現在も毎日働いていらっしゃるでしょう。たまには、まとまった休暇をとることも必要だと、メイド長や執事長共々申し上げているはずです」

「……そうだったな。ではこうしよう。彼女がここの生活に慣れるまで、俺は休暇をとる。仕事の割り振りをしなければならないから、すぐにはとれないだろうがな」


 そう言うと、メイが目を丸くした。

 今日は本当に表情豊かだな。

 普段からこのくらい表情があっても良いのだが。


「失礼ですが、イチカ様のサポートをするのであれば、それは休暇ではないと思います。我々がイチカ様をサポートいたしますので、フォルティ様はゆっくりお休みになられるのがよろしいかと」

「いや、慣れない地で知らない人物と共に過ごすより、見知った相手と過ごす方が彼女への負担も少ないだろう。それに……」


 ちらりと、ハナの顔を見る。

 目を瞬かせる彼女に、俺は笑いかけた。


「俺は、彼女と離れたくない。彼女といられるのなら、俺は喜んで通訳をしよう」


 俺がそう告げると、メイは少しの間考え込んだ。

 だが、すぐに納得したように頷いた。


「……かしこまりました。それでは残っている仕事について確認してまいります」

「ああ。頼んだ」


 メイは早速執務室へ向かおうとしたが、ふとハナの顔を見て、口元に笑みを浮かべていた。

 ハナの顔に何かついているのかと思って見ると、彼女の顔はほんのりピンク色に染まっていた。


「ハナ、なんか顔赤いぞ? 熱でもあるのか?」


 俺はハナの額に触れて熱を測ろうとした。


「だ、大丈夫!」


 すると、彼女はすぐさま俺から距離を取った。

 その顔はやはり赤く、熱があるというより感情の高ぶりから紅潮しているように思えた。


「……俺、何か気に触ることしたか?」


 もしかして、怒らせてしまったのだろうか。

 顔が赤いのも、俺を避けているようなのも、怒らせてしまったからかもしれない。

 ハナが黙り込んでしまったので、俺は不安で仕方なかった。


「ハナ? やっぱり怒ってるのか?」

「ち、違うよ! ただ……そう、勇輝の今の名前を教えてもらってないなって思って!」


 視線を彷徨わせるハナは何か隠しているような気がした。

 だが、怒らせていないのなら良かった。


「何だ、そんなことか。ハナのこと、怒らせたのかと思ったぜ」


 俺はホッと安堵する。

 ハナを怒らせると怖いし、説教が長いから嫌なんだよな。


「俺の今の名前は『フォルティ・トゥド・タイムス』って言うんだ」

「フォルティ……?」

「親しい奴からはフォルって呼ばれてるよ。でも、言いにくい名前だし、呼び方は別に勇輝のままでいいぞ」

「……」


 ハナはまた黙り込んでしまった。

 その顔はとても真剣で、そして、どこか悲しげだった。


「……ううん。私も『フォルティ様』って呼ぶよ」


 長い沈黙の後、彼女が発した言葉に俺は首を傾げた。


「いや、フォル呼びで良いって」

「じゃあ、『フォル様』」

「……なんで様付けなんだよ?」

「だって、今のあなたは皆に尊敬される凄い人なんでしょう? だから、私も様付けで呼ばないといけないなと思って」


 そう言ったハナの顔が、泣いているわけではないのに夢の中で泣いていたハナの姿と重なる。

 ――何でそんな顔するんだよ。


「……俺は『時坂勇輝』だし、『フォルティ・トゥド・タイムス』だ。だから、どっちの名前で呼んだって構わない。でも、様付けだけは止めてくれ」


 俺が転生して全然違う人間になっちまったからか?

 俺自身は変わっているつもりがなくても、ハナには変わってしまっているように見えたのか?

 ……でも、それでもさ。


「だって、幼なじみなのに、そんなよそよそしい態度取られたら悲しいじゃんか」


 俺にとってハナは幼なじみで、ずっと会いたかった人だ。

 せっかくまた会えたのに、全然知らない相手みたいな態度を取られたら、悲しいのは当然だろう。


「……わかった。様付けはしない。でも、私がこの世界の言葉を話せるようになって、公の場に出ることがあったら、その時は『フォル様』呼びにするから」

「……頑なだな」


 やっぱり、俺が年上になってしまったのがいけないのだろうか。

 ハナがあまりにも変わっていないことを考えると、今の彼女は俺が死んだ時と同じ14歳くらいなのだろう。

 そうなると、俺は彼女より8つも上か。

 それじゃあ、引け目を感じるのも当然だよな。

 しかも、顔も変わってるから尚更そう思うのかもしれない。

 自分で言うのはなんだが、今の俺、それなりにイケメンだし。

 まあ、でも、公の場以外は様付けされないならそれでも――。


「だって、呼び捨てにして変な詮索を受けるのは嫌だから。でも、二人きりの時は『勇輝』って呼ぶよ」


 ……は?

 様付けするのが余計な詮索を避けるためだというのはわかるが、二人きりで会う?

 ハナは引け目を感じていたわけじゃないのか?


「別に二人きりなら日本語で話していても問題ないし、そう呼んでも構わないでしょ?」


 しばらく返答に困っていた俺を見かねたのか、ハナがそんな理由を付け加えた。

 でも、俺が知りたいのはその理由じゃない。


「……二人きりで会ってくれるのか?」

「え? だって、昔からよく二人きりで会ってたじゃない」

「そうだけどさ。でも、いいのか?」

「何が?」

「知らない顔の、しかも年上の男と二人きりになるのに抵抗ないのかよ?」


 中身が勇輝だとはいえ、見た目だけでいえばハナにとっては全然知らない大人の男だろう。

 ちょっとくらい、襲われるかもしれないなんて危機感を抱かないのだろうか。


「別に『勇輝』なんだから問題ないでしょう?」

「……そうか」


 そんなキッパリ言うってことは、危機感の「き」の字も抱いてないな。

 というか、俺と二人きりで会うのに緊張しないのか?

 いや、緊張されても困るけど。

 姿が変わっても、前と変わらず二人きりで会ってくれるのは普通に嬉しいしな。

 でもさ、今の俺はそこそこの見た目をしてるわけだよ。

 少しくらい、ドキドキしてくれてもいいんじゃないか?


「何? 言いたいことがあるなら、はっきり言ってよ」

「……いや、お前に危機感が無いのか、それとも俺に魅力が無いのか、どっちなのかと思って」

「?」


 くそ、言ってることがわからないみたいな顔しやがって。

 ハナはそこまで鈍い方じゃないくせに、たまに鈍くなるんだよな。

 ……別に、そういうところも嫌いじゃないけど。


「ああ、そうだ。ハナも疲れてるだろうから、先に部屋に案内するよ。すぐ使える状態にしてもらったから」

「そうやってはぐらかそうとして……確かにちょっと疲れてきてたから、別にいいけど」


 文句を言いつつ、ハナは大人しく俺の後ろについてくる。

 そんな彼女を、俺は客室へ案内したのだった。

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