第10話 転生勇者は手紙を貰う

 ある日の昼。俺はいつも通り軽食をつまみながら仕事をしていた。


「……おいおい、それだけしか食わないで働けるのか?」


 すぐ横で声が聞こえた。

 ちなみにこの部屋には先程まで俺しかいなかった。

 つまり、声の相手はノックもせずに勝手に入ってきた不法侵入者である。


「入ってくる時はノックをしろといつも言っているだろう」

「いいじゃんか別に。どうせ仕事してるだけなんだから」

「仕事をしているからノックしろと言っているんだ」

「はぁー、冷たいなぁ。冷たすぎて僕が凍っちゃいそうだよ」

「そうか。じゃあ本当に凍らせてやろう」

「え、ちょ、あんぎゃああああ!?」


 俺はそいつの足元に氷の魔術を放った。

 そいつの魔術に対する防御力は高いはずだが、そいつは足元から凍り始めたのを見て大袈裟に叫んだ。


「僕の魔術防御力を過信しないでくれる!? お前の魔術は特別なんだから流石の僕でも痛いんだけど!」

「うるさいぞ。いいからさっさと帰れ」

「ちゃんと用事があってきたのになんて言い草だ!」

「どうせ、また見合いの話だろう?」

「ああ、そうだよ!」


 俺が魔術を解除するや否や、そいつは懐から取り出した書類を俺の目の前にバンッと叩きつけた。


「我が国の宰相の娘に隣国の第3王女、それから世界を股に掛ける大商人の娘! 見た目もさることながら教養は申し分なし、お前の仕事にも理解がある。こんな好条件な子達はなかなかいないぞ!」

「ああ、そうだろうな」

「そうだろうなって、他人事みたいに言いやがって。お前の見合い相手なんだから、ちゃんと書類見ろって」

「いらん。俺は見合いは受けない」

「はぁ? せっかく僕が持ってきた見合いを蹴るのか?」

「……ここぞとばかりに王様ヅラするな」

「いいじゃないか別に。普段からお前に偉そうにしてるわけじゃないんだから」


 俺の目の前でプクッと膨れっ面をするこの男は、クリス・ヴァイゼ・トレラント。

 俺が今いる国「ヴァイゼ」の国王陛下だ。

 国王陛下なら敬わないとまずいのではと思われそうだが、こいつ自身に畏まった態度はやめてほしいと言われたため、俺はこのような態度をとっている。

 まあ、敬えと言われても俺はこんな態度をとっていたかもしれないが。

 そもそも、こいつとの出会いは「魔王」を倒すために集めた仲間達の中にこいつがいたからだ。

 当時王太子でありながら優秀な魔術師だったこいつは、周囲の反対を押し切って参加したらしい。

 最初から王太子であることを明かされて俺を含めた仲間全員が戸惑ったものの、こいつは偉そうにすることなく誰とでも平等に接し、仲間の中でもムードメーカー的な存在となった。

 王族なのにムードメーカーというのはいかがなものかと思ったが、こいつのおちゃらけた性格ではそうなるのは必然だったのかもしれない。


「陛下が持ってきたものだろうが何だろうが、俺は結婚するつもりは無い」

「僕を含めて他の仲間達は皆結婚してるぞ。後はお前だけだ」

「だからなんだ。別に俺が結婚してなくてもお前には関係ないだろう」

「いーや、関係あるね。お前に倒れられたら困るんだよ」

「……それと結婚に何の関係がある?」

「結婚して嫁さんができれば自然と家に帰りたくなるだろ? 子供ができればなおのこと。つまり、必然的にお前の休む時間が増えるってわけだ」


 ニヤリと笑うクリスに、俺は盛大にため息をついた。


「だからといって、無理やり結婚させられた相手と一緒にいたいと思うか?」

「無理やりなんかじゃないって。見合い相手の中からお前が選べば、少なくともお前の好みに近い相手と結婚できるだろ?」

「何と言おうと、俺は結婚しないぞ」

「……はぁー、全く。お前、本当は女嫌いなんじゃないか?」

「そんなわけないだろう。それだったら女性と共に旅なんてできるわけがない」

「じゃあ何で結婚しないんだよ?」

「さっきも言っただろう。結婚するつもりが無いからだ」

「……もしかして、が関係してるのか?」


 その言葉に、俺は眉をひそめた。


「……あれはただの夢だ」

「だけど、お前の前世に関係している子かもしれないんだろ? それに、小さい頃から今までずっと見続けてる夢だって言ってたじゃないか」

「そうだとしても、俺が結婚するつもりが無いのとは関係ない」


 クリスの言う「夢」とは、俺が「転生者」だと知った時から見ているものだ。

 その夢には、必ず見慣れぬ服装の少女が現れた。

 彼女はこの世界の言葉ではない言葉を話していたが、俺には何となく意味がわかった。


『――、遅刻するよ!』

『ちょっと、――。話聞いてる?』


 しかし、俺の名前は聞こえない。

 夢の中の俺も何か言っているような気はするのだが、よく覚えていない。

 何故こんな夢を見るのかはわからない。

 俺がこの話を周囲にすれば、「それは前世の記憶ではないか」と言われた。

 それを確かめる術は今の俺にはない。

 俺には、前世の記憶がないから。

 ただ、その少女の夢を見る度に、俺の心はざわついた。

 名前も思い出せず、夢の中だからか顔すら朧気にしか見えない少女なのに。


「……そういえば、この間の夢は奇妙だったな」

「奇妙?」

「ああ。いつも通りあの少女が出てきたのは良かったんだが、彼女は白い空間で泣いていたんだ」

「泣いてた?」

「怒ったり笑ったりしている顔は見たことがあるが、あんなに泣きじゃくっているのは初めてだ。それに、夢の中の俺は何もしなかった。いつもなら何か言ってたり、彼女に近づいたりしていたと思うのだが、その時は俺の身体は微動だにしなかったんだ」


 本当に奇妙な夢だった。

 何も無い白い空間に、彼女はうずくまって泣いていた。

 彼女は俺に気づいていない様子だった。

 彼女に声をかけようとしても、俺は動けず、声も出せなかった。

 顔を覆い隠す彼女の髪に光る白い花飾りが、何故か無性に俺の胸を締め付けた。


「何故、彼女はあんなに泣いていたのだろうな」


 俺が呟くように言うと、隣から盛大なため息が聞こえてきた。


「お前、やっぱりその子のこと気になってるんじゃないか」

「気になっているからと言って、俺が結婚しないのとは関係ないぞ」

「嘘つけ! 女の子に全然興味無いお前がそんなに気にするなんて、絶対関係あるだろ!」


 相変わらずしつこいな、こいつは。

 これじゃ仕事が進まない。早々にご退出願うか。

 そう思った時、部屋の扉がノックされた。


「入れ」

「失礼致します」


 入ってきたのは副メイド長のメイだった。

 彼女は室内にクリスがいるのを見ると、慌てて頭を下げた。


「ご歓談中、大変失礼しました。まさかクリス様がお越しになっていらっしゃったとは知らず……」

「構わない。むしろ、こいつを追い出すいいきっかけになった」

「ちょ、酷くないか!?」

「いいからさっさと帰れ」

「ああ、いえ。クリス様もいらっしゃるのであれば、クリス様にもご覧いただいた方がよろしいかと」


 そう言って、メイは一通の手紙を差し出した。

 俺は手紙を裏返して差出人を確認する。


「これは……」

「“大聖女様”からじゃないか。珍しいな」

「……勝手に他人宛の手紙を覗き込むな」

「メイさんに見て欲しいって言われたから見てるんですぅー」


 口を尖らせるクリスに、俺はため息をついた。

 あまりに子供っぽい態度に、こいつが本当に一国の王なのかと思ってしまう。

 ここに来ているクリスは分身体で、本体はちゃんと職務をこなしているのはわかっているのだが、何故俺の前ではこんなふざけた調子になるのか。


「そんなことより、早く中を見た方が良くないか?」

「……そうだな。何か、良くない神託があったのかもしれない」


 手紙の送り主である“大聖女様”は、かつて俺の仲間だった女性だ。

 彼女は普段どの国にも属さない大聖堂に篭り、外界との接触を絶っている。

 それは、彼女がこの世界で唯一、神様に直接お会いすることができる人物だからだ。

 俺も一度だけ神様にお会いしたことがあるのだが、それは大聖女様に付き添ってもらってようやく会えただけで、俺が自分の意思で会えることはない。

 その時は俺が転生するに当たって与えられたはずの使命の確認と、何故俺だけ前世の記憶がないのかの疑問を神様に尋ねた。

 俺に与えられた使命は「『魔王』を倒し、世界を救うこと」で間違いなかった。

 しかし、俺に前世の記憶がないのは神様にもわからないようだった。

 俺は神様にもわからないことがあるのだな、と思っただけだったが、あの時の大聖女様のキレようは凄まじかったな……。


「おい、どうした?」

「ああいや。ただ、大聖女様のお人柄を思い出しただけだ」

「あー、あの人は結構激しい性格だったからなぁ。腕は確かなんだけど、怒ったら怖いったらありゃしない」


 クリスも彼女のことを思い出したのか、ブルッと身震いをする。

 彼女は良くも悪くも、俺の「聖女」のイメージをガラッと変えた人だった。

 だから、悪いことは言いたくないのだが……目の前で神様をぶん殴られた時は流石に肝が冷えた。

 それを笑って許した天使長様もまた恐ろしい方だったが。


「まあ、それはそれ、これはこれだろ。早く開けろって」

「そう急かすな。今開ける」


 俺は手紙を開封し、中の便箋を読む。

 そこには、予想外の内容が書かれていた。

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