第9話 転生勇者は世界を救う

 俺はフォルティ・トゥド・タイムス。

 今から約22年前にタイムス侯爵家の跡継ぎとして生まれた。

 生まれた時から、俺は普通ではなかった。

 まず、成長が他の子よりも格段に早かった。

 生後まもなく首がすわってハイハイし始め、3ヶ月後には1人で歩き始めていた。

 そして、1歳になった頃には既に流暢な言葉で会話ができるようになっており、文字も書けるようになっていた。

 この時点で、両親は俺が優秀すぎることに気づいたらしい。

 しかし、極めつけは3歳の時。

 俺は、屋敷の使用人達の前で魔術を発動させた。

 それも、初級ではなく中級に分類されるものを。

 この世界では、7歳の時に教会で自分の能力値やスキルを神様から教えていただくという儀式がある。

 その時に魔術の才能がある子供は専門の教師をつけてもらい、そうして簡単な魔術から発動させていくものなのだ。

 しかしながら、俺は諸々の過程をすっ飛ばして、そこそこ威力の強い魔術を発動させてしまった。

 『そこそこ』と評したが、魔術師は中級魔術を発動できてようやく一人前として認められる。

 つまり、俺は3歳にして一人前の魔術師レベルだったのだ。

 本来であれば7歳で行うべきその儀式を、俺は前倒しする形で3歳の時に受けることになった。

 そこで出た結果は、俺が「転生者」であるというものだった。

 この世界において、「転生者」は神様から役目を与えられてこの世界に送り込まれた存在だ。

 ある者は食文化発展のため、またある者は芸術を貴族の嗜みではなく民衆の娯楽にするために神様に選ばれてこの世界に転生したのだという。

 何故そのような事がわかっているのかといえば、「転生者」達は皆、前世の記憶を持ったまま生まれてきているからである。

 この世界で「転生者」として記録されている全員が、前世で死亡した後、神様に会って使命を受けたところまで覚えていたそうだ。

 だが、俺は何一つ前世のことを覚えていなかった。

 神様にあって何か頼まれた、なんて記憶もない。

 生まれた瞬間から今に至るまでの記憶はあっても、それ以前の記憶は思い出せそうにもなかった。

 しかし、俺がそんな状態でも、何のために転生してきたのかはわかった。

 理由は、その能力値とスキル。

 俺の能力値は異常なほど高く、持っているスキルはほぼ全て戦闘に関するものだった。

 そして、俺が生まれる少し前に魔族の国で起こった大事故をきっかけに、魔族が他の種族を攻撃し始め、世界は戦乱の渦中にあった。

 他の国々の調査により、魔族を率いる存在――「魔王」を倒せば魔族は元の友好的な性格に戻るだろうと言われていたが、当時はどの国も戦力不足で、例え協力し合っても魔王の元にたどり着くことすら難しい状態だった。

 そんな中に現れた俺は、魔王に対抗できるかもしれない唯一の存在。

 つまり、俺はその「魔王」を倒すためにこの世界に転生したのだろう。

 そうだとわかると、周りの反応は早かった。

 俺の力を更に伸ばすため、魔術や剣術など様々な分野における世界でも有数の実力者達が俺の師匠として付いた。

 そして俺は更に成長し、15歳の頃には師事していた彼らにも勝るほどの力をつけた。

 ありとあらゆる分野の力をつけ、各国で募った最強の仲間と共に、俺は「魔王」の拠点――「研究所」を目指した。

 しかしながら、その道中で俺は大事故の原因を知った。

 大事故の原因は、研究所で行われていた「善悪のエネルギー」の研究だった。

 この世界には対立する2つのエネルギーが存在している。

 それはそれぞれ「善」と「悪」と呼ばれ、この世界に住む感情を持つ生物に作用し、感情をコントロールすると言われている。

 しかし、まだまだ謎の多いエネルギーで、どこから発生して何故感情をコントロールできるのかなどは、あらゆる場所で研究中だ。

 この研究所でも「悪」のエネルギーを研究していたらしい。

 そして、その研究の中心にいた女性が「魔王」となっていたのだ。

 俺の目的は当初「魔王」を倒すことだったが、その話を聞いた後、考えを改めた。

 どうにかしてその女性を助けられないだろうか、と。

 周囲にはそんなことはできないと言われた。

 彼女は完全に「悪」のエネルギーに精神を乗っ取られており、助けることは不可能だと。

 だが、俺は助けられる可能性に気づいた。

 この世界の中心にあると言われている山の頂上に「善」のエネルギーを発生させている剣があった。

 剣は人々が気づいた時には既にそこにあり、余りに強大なエネルギーを発生させていたために、誰も手を触れようとしなかった。

 その剣を使い、「善」のエネルギーを女性に注ぎ込むことで「悪」のエネルギーを相殺できるかもしれないと思った。

 本当に成功するかわからないそれを試すことを、仲間は賛成してくれた。

 そして、俺はこの世界で最も高く険しいその山へ登り、誰も握ったことの無い剣を抜いた。

 その剣は俺の意思で自由に「善」のエネルギーを発生させることができた。

 俺は剣を持って、研究所へと向かった。

 その最中で「悪」のエネルギーに操られている魔族に出会い、俺は試しに一旦気絶させて剣のエネルギーをその魔族に注ぎ込んだ。

 その結果、気がついたその魔族は温厚な性格になっていた。

 その性格になったのが「善」のエネルギーによるものかはわからないが、少なくともその魔族の中から「悪」のエネルギーは消えていると思われた。

 これでこの方法で「魔王」を助けられると確信した俺は、ついに仲間と共に研究所へ足を踏み入れた。

 内部は高濃度の「悪」のエネルギーに満ちており、普段なら感じることができないはずのそれを全員が感じ取ることができた。

 その研究所の奥――最も高い濃度のエネルギーが満ちていた場所に「魔王」はいた。

 彼女は俺達を見た瞬間に襲いかかってきた。

 かなり距離があったものの、仲間と協力し、俺は「魔王」の目と鼻の先にたどり着いた。

 道中で出会った魔族には効果があったが、それとは桁違いのエネルギー量の影響を受けている彼女に効果があるかは不安だった。

 だが、それでも俺は剣が出せる最大出力で「善」のエネルギーを発生させた。

 すると、彼女は身をよじり、嫌がる素振りを見せた。

 更に俺は剣の切っ先を「魔王」へ向けた。

 彼女は苦しそうに呻き、そして口から大量の黒い煙を吐き出した。

 煙のように見えたそれは、その場にあったものより高濃度の「悪」のエネルギーだった。

 彼女の身体を出てどこかへ行こうとするそれを、俺は咄嗟に切り裂いた。


「ギャアアアア!」


 ただのエネルギーであるはずのそれは、確かに断末魔の悲鳴をあげた。

 そして、煙は霧散し、跡形もなく消え去った。

 周囲に満ちていた「悪」のエネルギーもそれと同時に消滅した。

 その後、俺達は魔族全員の身体から「悪」のエネルギーが消滅したこと、そして魔族の国全体に広まっていたエネルギーも消失していることを確認した。

 魔族達も元の性格に戻り、今回の件での謝罪文を他国に送った。

 かくして、魔族達による攻撃は終わり、全世界を巻き込んだ戦争は終結した。

 終結させた俺のことを、この世界の人々は「勇者」と呼んで敬意と感謝の念を送ってくれた。

 だが、まだ俺の仕事は終わっていなかった。


 終結後、国々は被害状況を確認し、それぞれ復興を目指していった。

 しかしながら、一向に復興が進まない国が一つあった。

 それは、魔族の国だった。

 他国に反撃されることもいとわず攻撃を繰り返していた魔族の国の領土はボロボロで、建物が全壊しているだけでなく地形すら変わってしまっているところもあった。

 周囲の国々も自国のことだけで手一杯で、支援をする余裕はまだなかった。

 これでは魔族の人達が路頭に迷ってしまうと思った俺は、彼らの国の復興を手伝うことにした。

 それが、18歳の時の話。

 あれから4年が経ち、俺は22歳になった。

 当時よりはマシになったものの、安定した財源確保が未だにできておらず、他国からの支援も増えてきてはいるが現状ではまだまだ足りない。

 先日ようやく人が住めるまでに回復した土地も出てきたが、それもごくわずかな範囲のみで完全な復興には程遠い。

 戦闘に関するものだけでなく政治や経済なども学んでいたのだが、これは「魔王」を倒した時よりも大変だ。

 そう思いながら、俺は寝食を削って働いていた。

 頑丈にできている身体には、そのくらいは平気だった。

 ……平気だったのだが、周囲にはそうは見えなかったらしい。

 ありとあらゆる人に心配され、仕事の手を休めるように言われたが、俺はそれでも働いた。

 すると、言い聞かせるだけでは通用しないと思った周囲の人達は、とある作戦に出た。

 それは、俺にを作らせようというものだった。

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