第8話 恋する少女は異世界人と会話をする
彼に案内された客室は、どこの高級ホテルのスイートルームかと思うくらい広くて豪華だった。
「客室なのに寝室とリビング、キッチンまである上に、部屋数が多いような……」
「シャワールームもバスタブも完備してるぜ。俺ん家の客室はお客さんからの評判がかなり良いんだ。いやぁ、設計士の人につくづく感謝だな」
自慢げな彼に、私は少し気になったことを聞いた。
「ここには結構お客さんが来るの?」
「んー、ここは俺の仕事場も兼ねてるから、そこそこな」
「仕事って、具体的にはどんなことをしてるの?」
確か、あのダメ
「あー……まあ、色々と?」
「色々のところを聞きたいんだけど」
「……本当に色々なんだよ。町の修繕とか食料確保とか避難民の受け入れ先とか」
「魔王を倒したのは18歳の時だって聞いたから、4年くらい経ってるんだよね?」
「4年程度じゃ、国一つの復興なんて終わらねーよ。少しずつ元に戻ってきてはいるけど、まだまだ問題は山積みだ」
大変そうに言う彼だけど、その瞳は爛々と輝いている。
それは積み重なる問題に決して絶望せず、むしろやる気に満ち溢れているように見えた。
「……ふふっ」
「え、俺なんか変なこと言ったか?」
「ううん、違うの。ただ、大変な時こそ燃えるって、勇輝が前に言っていたのを思い出してね」
私達が中学に入って初めての定期テストを迎えようとしていた時、勇輝はテスト三日前にヒーヒー言いながらテスト勉強を始めていた。
私が「毎日予習復習しないから大変な目に遭うんだよ」と言ったら、勇輝は「大変な時こそ燃えるんだよ!」なんて、開き直ったように言ってたっけ。
「……でも結局、テストで赤点とってたよね」
「おいやめろよ。そんな恥ずかしい話、今するようなもんじゃないだろ」
彼が顔を赤らめてそっぽを向く。
恥ずかしがる素振りが全く変わっていない彼に、私はまた笑いを零した。
「わ、笑うなよ……」
「だって、そんなことで照れるだなんて思わなくて」
「悪かったな、生まれ変わっても引きずってて」
彼が不貞腐れた顔をしていると、開きっぱなしの扉の向こうからメイさんとは別のメイドさんが現れた。
「フォルティ様。メイさんがお呼びです」
その途端、勇輝の顔が引き締まる。
「用件は?」
「残りの仕事の割り振りに関するご相談がしたいとのことでした」
「だが、それではハナ……壱花が一人になってしまう」
「お時間は取らせませんと言っておりましたから、そこまで時間がかかることではないと思います。それに、フォルティ様のお仕事が終わるまで、私がイチカ様のそばで控えさせていただきますのでご安心を」
「しかし……」
彼は心配そうに私を見つめた。
私は彼に微笑んでみせる。
「私は大丈夫だよ。部屋でゆっくり休んでるから、お仕事してきなよ」
「イチカ様もそう仰っておりますし、私であれば他の者よりイチカ様に不自由はさせません」
「……確かに、そうだな」
「まだ問題が山積みなんでしょ? 大事なお仕事なんだから、私のことよりそっちを優先しなきゃダメだよ」
「……わかった。夕食前には終わらせるから、何かあればそこの彼女――サオリに言ってくれ」
そう言うと、彼は急いで部屋を出ていった。
「言え」って……言葉が通じないんじゃなかったっけ?
そう思ってメイドさんことサオリさんの顔を見ると、彼女に微笑まれた。
「イチカ様。御手に触れてもよろしいでしょうか?」
その言葉の意図はわからなかったけど、特に困ることもないので私は頷いた。
「それでは、失礼致します」
サオリさんがそっと私の手を取った。
そんなに畏まらなくてもいいのになぁ。
「いえ、そういうわけにはいきません。イチカ様はフォルティ様の大切な御客様ですので」
「でも……って、あれ?」
私、口に出てた?
いや、そもそも口に出たところで通じないはずだよね?
「説明が遅れてしまい申し訳ございません。私はイチカ様が何を考えていらっしゃるのかを読み取っているのです」
「えっ! それって読心術みたいなものですか?」
「そうですね。私は触れている相手の考えが読み取れる能力を持っております」
「へー! 凄いですね!」
私が驚いてそう言うと、サオリさんが目を丸くした。
「……ありがとうございます」
少し間をあけて、サオリさんがそう言った。
私、何か変なこと言っちゃったかな?
「いいえ。私が勝手に感激してしまっただけです」
感激してしまったって、どうしてだろ?
でも、変なことを言ったわけじゃないならいいか。
「そうですか。それならいいんですけど……って、別に声を出して言わなくてもいいんですよね。サオリさんは私の心を読んで会話してるわけですから」
それを考えると、私は独り言を言っているようなものだ。
ちょっと恥ずかしいな。
「確かに、私は心の声を読むことができます。しかし、それは相手の身体に触れている時だけ。もしもの時にこれでは困ると思いませんか?」
確かに、それはそうだ。
でも、勇輝……フォルが通訳してくれるから大丈夫だと思うけど。
「フォルティ様がいつでもイチカ様のお傍にいらっしゃるとは限りません。もしもに備えるのであれば、フォルティ様の他にも言葉の通じる者が必要だと私は思います」
それって……もしかして、サオリさんは日本語を覚えようとしているの?
「ニホンゴ、というのがイチカ様の言語なのでしょうか。そうであるならば、その通りでございます」
「そ、そんな、わざわざ覚えていただかなくても大丈夫ですよ!」
むしろ、覚えるべきは私の方だろう。
「私がニホンゴを覚えたいのは、イチカ様のためでもあるのです」
「……私のため?」
「はい。イチカ様がこの世界の言語を覚えようとした時、言葉を聞いても意味が理解できなければ覚えにくいでしょう? 私がニホンゴを覚えてこの世界の言葉を訳せるようになれば、イチカ様がお言葉を覚えるのにお役に立てるかと」
「それは確かに有難いですけど……そこまでやっていただくのは申し訳ないと言いますか……」
「イチカ様はフォルティ様の大切な御方。主君の大切な方を、どうして私達が無下に出来ましょうか」
真剣な顔でサオリさんが私を見つめてくる。
「た、大切って……私はただの幼馴染です」
「少なくとも、私にはフォルティ様はイチカ様をとても好いておられるように見えました」
「すっ、好いてる……」
「今まで女性に関心のなかったフォルティ様があそこまで気にかけているのは、イチカ様を好いているからでしょう」
「……どうでしょうか。幼馴染のよしみで気にしてくれているだけな気もしますけど」
そう言って、自分で悲しくなった。
彼は優しい。
突然異世界に来た私に色々してくれるのも、見知った顔が困っているのを放っておけなかったからかもしれない。
「イチカ様……」
私の思っていることを読み取ったサオリさんが、私の手を両手で包み込んだ。
「……私はフォルティ様に仕えてそれほど長いわけではございません。しかしながら、あのようなフォルティ様は初めて見ました」
「あのような?」
「イチカ様の一挙手一投足に笑顔になったり戸惑われたりするなんて、普段の冷静沈着なフォルティ様からは考えられません」
冷静沈着? 勇輝が?
……まあ、フォルになってから多少は落ち着いたのかな?
私の前だとそんなことないみたいだけど。
私といると気が緩んじゃうのかな……なんて、都合よく考えすぎかな。
「ふふっ」
不意に、サオリさんが笑った。
それはとても品の良い笑い方で、メイドさんというよりどこかの令嬢のように見えた。
「どうかしました?」
「イチカ様もフォルティ様のことを好いていらっしゃるようで嬉しく思います」
「へ!? い、いや、私はそんな」
「心を読めば伝わってきますよ、イチカ様のフォルティ様への想いが」
……そうだった!
心が読めるということは、私の勇輝への恋心もサオリさんに筒抜けってことじゃない!
そう気づいた途端に恥ずかしくなって、私は顔が真っ赤になるのを感じた。
「本当にイチカ様は可愛らしい方ですね。イチカ様のような方がフォルティ様に嫁いで下さるのであれば、私は誠心誠意お仕えさせていただきます」
「うう……からかわないでください」
「からかってなどおりません。私はイチカ様にお仕えできればどれだけ幸せだろうと思っておりますよ」
サオリさんの真剣な表情から、それがふざけて言っているものではないと伝わってくる。
彼女はもしかすると本当に、私に彼と結婚して欲しいのかもしれない。
まだ14歳の私にだ。
……もしかすると、この世界では私ぐらいの年齢でも嫁ぐことがあるのかもしれないけど。
でも、結婚なんて考えたこともなかった。
勇輝と一緒にいられればそれでよかったし、彼が死ぬまで私はいつまでも彼といられるような気がしていたから。
「……悲しいことを思い出させてしまい、申し訳ございません」
「いえ……」
「今すぐ結婚していただきたいわけではありません。私はイチカ様のお傍にいられればそれで嬉しいのです。今はまだイチカ様はフォルティ様の庇護下に置かれておりますから、当分は私達がイチカ様のお世話をさせていただくことになるでしょう」
「勝手に来たくせに、何から何まですみません」
「お気になさらず。それが私達の仕事です。それに、イチカ様のような可愛らしい方にお仕えできるのであれば、皆、喜んでお世話致しますよ」
「……やっぱり、ちょっとからかってません?」
「いいえ。私は思ったことを正直に述べているだけですよ」
正直に言っているんだったら、余計タチが悪いな……。
なんて、心の中で思うと、またサオリさんに笑われてしまった。
私の思っていることは伝わっちゃうのに、サオリさんの考えはさっぱりわからない。
これは早急に、この世界の言葉を話せるようにならなくちゃ。
そんな思いを読み取ったサオリさんが後日大量の子供向け教材を持ってきて、みっちりしごかれることになったのはまた別のお話。
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