第6話 恋する少女は少年の面影を見る
美しい黒髪に紺色の瞳をした男性が、牢屋の外で私を見つめていた。
精悍な顔立ちのその人は、私を見るなり顔を綻ばせた。
「やっぱり、ハナなんだな!」
彼は牢屋に手をかけて、ハッとした表情になる。
「ちょっと待ってろ、今出してやるから」
そう言うと、彼は後ろにいた兵士っぽい人達に声をかけた。
さっきまで日本語で喋っていたのに、彼はまたよくわからない言語で話をしていて、会話の内容まではわからなかった。
でも、彼は怖い顔をしていて、それを見た兵士っぽい人達は怯えているようだった。
彼らは慌てて牢屋の鍵を開けて、もう一つの鍵を彼に渡した。
彼はすぐに牢屋の中に入ると、私の顔を心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫か?」
近くで見た彼の顔は驚くほど整っていて、まるで漫画に出てくる騎士様みたいだ。
やっぱり、勇輝とは全然似ていない。
だけど、その表情や仕草は、勇輝そのものだった。
「手錠を外してやりたいんだが……身体、動かせられるか?」
「あ、うん」
私は彼に手錠をはめられた手を見せようと、腰を浮かせた。
「うっ!」
その瞬間、お尻と手に鈍い痛みが走った。
お尻はずっと硬い石が敷きつめられただけの場所に座っていたからだけど、手が痛いのはなんでだろ?
「お前、この手どうした!?」
「え?」
「今手錠外すから、自分で見てみろ」
ガチャン、と手錠が地面に落ちる。
自由になった手を自分の目の前に持ってくると。
「うわっ、こんなことになってたの?」
手は擦り傷だらけで、少し血が滲んでいた。
「誰かにやられたのか?」
「ううん。多分、ここに押し込まれた時に手をついたから、その時にできた傷だと思う」
「押し込まれた?」
彼の眉がピクリと動く。
そして、牢屋の外にいる兵士っぽい人達を睨んだ。
彼らは揃って、肩をビクッと震わせた。
「全く、まだ疑いがあるっていうだけの相手は丁重に扱えと言っていたんだがな……」
「別に、あの人達は職務を全うしただけだよ。私の怪我だって大したことないし」
「血が出ているような怪我を、大したことないだって?」
彼はそっと私の両手を掴んだ。
そして、何か言葉を呟くと、私の手の怪我は綺麗さっぱり無くなっていた。
「す、すごい……これって、魔法?」
「この世界では魔法じゃなくて魔術っていうんだ。俺、結構色んな魔術使えるんだぜ?」
彼はニカッと笑った。
その表情が、記憶の中にいる勇輝とあまりにも変わらなくて。
そう思った途端、目頭が熱くなった。
「お、おい? なんでいきなり泣き出してんだよ?」
「だ、だって……勇輝にまた会えるなんて、思ってなかったから……」
私はまた止まらなくなった涙を両手で拭う。
滲む視界の向こうで、彼が困ったように微笑んでいた。
「まいったな。ハナが泣き出すとなかなか泣き止まないから」
「ちょっと、それって私が泣き虫みたいじゃない」
「実際そうじゃねーか」
そこで、私はふとあることを思い出した。
――あれ? 転生した後の勇輝って、前世のことを思い出せなくなってるんじゃなかったの?
その事を尋ねようとした時だった。
「……きゃ!」
突然、身体が宙に浮いた。
彼の紺色に輝く美しい瞳が、目と鼻の先にある。
私は、彼に抱きかかえられていた。
「お、おろしてよ!」
「ハナが泣き止むの待ってたら日が暮れるっつーの。それに、お前ずっとこんな硬い地面に座ってて尻痛いだろ?」
「女の子に向かって尻とか言わないでよ……まあ、確かに痛いけど」
「じゃあ、大人しく腕の中に収まっとけ」
「そんなこと言われたって……」
私は彼の背後にいる兵士っぽい人達を見た。
全員驚いた顔でこっちを見ていて、中にはヒソヒソ話をしている人達もいた。
「あ、もしかして落とされそうで怖いのか? 心配すんなよ。俺結構鍛えてるから、お前の一人や二人、簡単に持ち上げられるぜ」
「私が二人もいたら怖いでしょうが……て、そんな話をしているわけじゃないの。恥ずかしいからおろして」
「何だ、恥ずかしいだけか。いいから大人しく抱かれてろって」
彼は全く聞く耳を持ってくれなかった。
転生して見た目は変わっていても、中身は全然変わってないのかも。
せめて、人の話を聞くようになってて欲しかったな……。
結局、私は彼に抱かれたまま、お屋敷の中へと連れていかれたのだった。
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