第5話 恋する少女は再会する

 結果的に、私は牢屋に入れられてしまった。

 お屋敷と思しき建物の地下にあるそこは薄暗く、カビ臭い匂いが鼻をついた。

 両手を手錠で縛られた状態で放り込まれるように牢に入れられ、私は尻もちをつく。


「イタタ……」


 後ろ手で縛られた状態だったから、咄嗟に手をついてしまった。

 ゴツゴツした石でできている床に手が擦れて、ちょっと痛い。


「――、――――!」


 看守と思しき人に何か言われたけど、何を言われたのかさっぱりだった。

 そのままその人は階段を上がってどこかに行ってしまい、私は一人ぼっちにされた。


「……言葉も通じないし、なんなら酷い目に遭わせられてるのに、そんな相手でも一緒にいてくれる方が良いなんて」


 牢屋はそこまで広い作りではないけど、一人でいるには広すぎた。

 それに、風が通らないせいか、周囲の空気はジメッとしている。

 カビ臭いのもそれが原因だろう。

 こんな陰気臭い場所に一人でいるなんて、あまりにも心細すぎた。


「どこ行ったんだろう……このまま放置されるとか無いよね?」


 何もすることがないと、時間が経つのが異様なほど遅く感じる。

 時計もないし、窓だってないから、時間を知る方法がここにはない。

 自分の体内時計で判断するしかない。


「寂しいな……」


 どうしてこんなことになったんだろう。

 あの天使に無理やり異世界転移させられたから?

 それとも――私が、勇輝に会いたいなんて思ったから?


「『会える』なんて言われたら、会いたいと思うのは当然じゃない……」


 私の頬に、温かいものが伝う。

 堪えていた涙が、堰を切ったように流れ出していた。

 このままここで死んじゃったらどうしよう?

 遺体になっても親に会えないだなんて、なんて親不孝な娘だろう。

 ……ううん、私はそれよりも、もっと怖いことがある。


「勇輝……会いたいよ……」


 とめどなく流れ落ちる涙を拭うための手は縛られてしまっている。

 私は膝を折り曲げ、そこに頭をつけて泣いた。

 静かな牢屋には、私のすすり泣く声だけが響いていた。


 ――どれくらい時間が経ったのだろう。

 コツコツと複数の人が階段を降りてくる音で、私は目を覚ました。

 どうやら、泣き疲れて意識を失っていたらしい。

 でも、これはまずいな。さっきまで泣いてたから、酷い顔になってるはず。

 そんな顔を知らない相手に見られるのは恥ずかしくて、私は膝に顔をうずめたまま、その人達が来るのを待った。


「――――?」


 若い男性の声がした。

 いや、今までの兵士っぽい人達も充分若いと思ったけど、その人の声はなんか違う。

 力強くて、でも怒ってる感じでもない。

 なんていうか、威厳がある感じ?

 でも、偉そうというわけじゃなくて……。

 何が言いたいのか自分でもわからなくなってきた。

 でも、確実に言えるのは、私は何故かその人の声が気になっているということだ。


「――――」

「――――」


 多分だけど、その男の人は兵士のような人と会話をしている。

 確認したくなったけど、絶対酷い顔になっているのに顔を上げる勇気はなかった。

 彼らはしばらく会話をしていた。

 そして、一人分の足音が私がいる牢屋に近づいてくる。

 ……なんだろう。何かされちゃうのかな?

 私はギュッと膝を引き寄せて、身を固くした。


「……ハナ?」


 それは、気になっていた人の声だった。

 その人が、私を「ハナ」と呼んだ。

 私のことを「ハナ」なんて呼ぶのは、元の世界でもたった一人だけ。

 名前に「花」という漢字が2つ入っているという理由だけで、そのあだ名を付けてきたのは――。


「勇輝……?」


 私は恐る恐る顔を上げる。

 そこには、勇輝とは似ても似つかない男性の姿があった。

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