第4話 恋する少女は異世界に落ちる
ドサッという音と共に、私は地面へと叩きつけられた。
「いったぁ……」
腰を擦りながら起き上がると、私がいたのは広い芝生の上だった。
短く柔らかな草がクッション代わりになったらしく、痛みはあるけれど怪我はしていない。
「ど、どこなのここ?」
あの
でも、周囲に人は見当たらない。
その代わり、私の視界の左半分に大きな建物が映っていた。
「でっかいお屋敷……」
芝生の上に座りながら、私はその建物を見上げた。
派手な装飾はないものの、荘厳な出で立ちの大きなお屋敷だった。
ファンタジーに出てくる由緒ある家のお屋敷とか、こんなイメージだなぁ。
……て、そんなことを考えてる場合じゃない。
「まずは人を探さないと」
準備する暇もなく突然放り出されてしまったから、誰かに保護してもらいたかった。
葬式の途中で抜け出した時のままの格好だから、お財布やスマホなんかも無い。
食料だって、もちろん持ってない。
現在の私の持ち物は、身につけている制服とヘアピンくらいだ。
まあ、ヘアピンは先が細いし、留める部分が金具になっているから、もしもの時には武器になるかもしれない。
「そういえば、勇輝もそんなこと言ってたっけ」
私は前髪を留めているヘアピンに触れた。
白いハナミズキの花を模した飾りがついたそれは、去年の誕生日に勇輝から貰ったものだ。
彼はその時、「襲われた時はこれ使って目潰しすりゃいいんじゃね?」と言っていた。
あの時は何を馬鹿なことを言っているんだと呆れたけど、他に何も持っていない今はこれが唯一身を守る手段になり得るものだ。
「……勇輝。今どこにいるの?」
思わず涙が出そうになって、私はギュッと目を瞑ってそれを堪えた。
こんなところで泣いてちゃダメだ。
泣いたところで何も解決しないのはわかり切ってることじゃないか。
だから、落ち着いて、まずは深呼吸してから――。
「――――!!」
「ふぇっ!?」
突如響いてきた謎の声に、私はビクッと肩を跳ね上げた。
慌てて声がした方を見れば、いかにも兵士ですといった鎧姿の男性達がいた。
「――!」
「――――!」
「な、何? なんて言ってるか全然わかんないよ!」
彼らが話している言葉は明らかに日本語とは違っていた。
それどころか、英語とか中国語とか、私が少しでも聞いたことのある言語とも違っている……ような気がする。
「――――!」
彼らは私の周りを取り囲み、手に持っていた剣を突き出してくる。
「え、え? 一体何なの?」
「――――!」
「――!」
男達が口々に何かを言ってくるが、その内容は全くわからない。
でも、その顔や雰囲気から、彼らがとても怒っているということだけは伝わってくる。
「どうして怒っているの?」
「――――?」
「――!?」
うん、こっちの言葉も通じてなさそう。
「どうしてこんなことに……」と思っていると、男性達の後ろ――かなり遠いところに、塀のような高い壁がそびえ立っているのが見えた。
嫌な予感がした私は、周囲を見回した。
今、私は大きなお屋敷を背にして立っている。
私がいる場所は柔らかな芝生で覆われている場所だが、少し離れた場所には様々な花が咲いている。
それこそ、人の手で見栄えよく整えて植えられたかのように。
いや、実際、人の手が加わっているのだろう。
それが意味することを理解した瞬間、私は全身から血の気が引いていくのを感じた。
――今、私がいるのは、お屋敷の敷地内では?
これ、もしかして不法侵入だと思われてるんじゃ……。
「――!」
不意に手首を掴まれて、私は一切身動きができないまま手錠をはめられた。
あ、完全にそうですね。アリガトウゴザイマシタ。
「……じゃないよ! なんで他人様のお家の敷地に落としてくれちゃってるの、あのクソ天使! 今度会ったらただじゃおかないから!」
と言ったはいいものの、今の私は両手に手錠をはめられた挙句、大きな男の人二人に両腕を掴まれている状態だ。
もうこれアレだよね。連行されるやつだよね。
いやー、どこに連れてかれるんだろう。
取調室かな?
それとも、いきなり牢屋に押し込まれちゃうかな?
私はもうどうしようもない状況下で、現実逃避をし始めていた。
いや、だって、大人二人を振り払えるような腕力なんてあるわけないし、言い訳しようにも言葉が通じないから意味ないし。
これ、ゲームで言うところの詰みでしょ。
完全なるゲームオーバーでしょ、これ。
……私、勇輝に会えないまま人生終わってしまうのでは?
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