第3話 恋する少女は転移する
「え、え? 彼が死んだのはついこの間ですよ?」
「この世界ではそうですが、向こうでは既に勇輝殿が転生してから22年の時が経過しております」
「に、22年!?」
ということは、向こうの勇輝は22歳。
私より8つも歳上だ。
「まあ、正確に言うなら、22年の時が経過した向こうの世界に貴女をお連れするということなのですが」
「それじゃあ、もっと彼が若い時に転移することはできないんですか? 例えば、私と同じ14歳の時とか」
「できなくはありませんが、そうなると貴女を魔族との戦いに巻き込んでしまうことになりますから」
「そうなの? じゃあ、彼が魔族を倒した後は?」
「勇輝殿は18歳の頃に魔王を倒しました。しかし、その後は様々な国の立て直しに協力なさっていて、22歳になってからようやくそれも落ち着いてきた次第なのですよ」
「……そ、そうなんですか」
私は迷った。
勇輝には会いたい。でも、彼にもし、奥さんがいたとしたら……?
奥さんじゃなくても、彼には他に好きな人がいて、お付き合いしているかもしれない。
どんな世界かは知らないけど、もし異世界転生系の小説でよく見るような世界だったら、そのくらいの年齢で結婚していても不思議じゃない。
むしろ、結婚していない方が珍しいんじゃないだろうか?
そんな考えが頭を巡り、彼に会えるかもしれないというのに尻込みしてしまっていた。
「今回貴女をお連れしたいと言ったのは、貴女への謝罪というだけでなく、勇輝殿への報酬も兼ねているからです」
「報酬?」
「はい。神は勇輝殿を特別な力と前世の記憶を持って『アース』に転生させるかわりに、魔王を倒して欲しいというお願いをしました」
「……そもそも、そっちの世界に転生させたのはそういう意図があったからじゃないの?」
「ギクッ……い、いえ、そういうわけでは」
ギクッて言ったよ、この猫。
図星なんじゃねーかコノヤロウ。
「そそ、そんなに怒らないでください。神は彼の生前の行動に感動し、そして向こうの世界を助けて欲しいと懇願したのです」
「あー、それじゃあ勇輝は断れませんね」
私がそう言って睨むと、猫はサッと目線を逸らした。
後ろめたいことありすぎだな、この
「こ、快く引き受けてくださった勇輝殿は、こちらの予想以上に素晴らしい結果を出して下さりました。そればかりか、世界の修復にまで貢献してくださり、我々としては感謝してもしきれません」
「それで、報酬として私を向こうに送るって話になったんですね」
「そういうことです」
「でも、私が向こうにいる彼と会うことが、本当に報酬になるんですか?」
そこが不安だった。
勇輝とは仲が良かったし、私は彼に友情以上の想いを抱いていた。
でも、彼はどうだったのだろう。
私と会うより、もっと会いたいと思う人がいるんじゃないだろうか。
彼の両親とか、もっと仲の良い友達とか、あるいは……好きだった人とか。
「大丈夫ですよ。勇輝殿はきっと、いえ、確実にお喜びになられるはずです」
「……そうですかね」
「そうですよ! なんせ、前世の記憶をほとんど覚えていなかったのに、貴女のことは夢に見るほど記憶に刻まれていたのですから!」
……ん?
「あの、さっき、勇輝は前世の記憶を持ったまま転生したと言ってませんでしたっけ?」
「……はっ! うっかり口が滑ってしまった!」
……大丈夫なのか、この猫。
「口が滑ったって、どういうことですか?」
私が怒りを堪えてニッコリ微笑むと、猫が「ヒッ!」と息を飲んだ。
「いい、いえ、べべ、別に、なぜだかよくわからないけど勇輝殿が前世の記憶を思い出せなくなっていたとか、そんなことはありませんよ!」
「……なるほど。原因不明だけど、勇輝には前世の記憶がないのね?」
「ないわけではなくて、思い出せなくなっているというのが正しいと言いますか……」
私がじっと猫を見つめると、彼は観念したようにガクッと項垂れた。
「……勇輝殿にお約束したのに何故かそのような事態になってしまっていて、我々としても誠に申し訳なく思っております」
「正直でよろしい。で、夢に私が出てきたというのは?」
「あ、はい! 転生した勇輝殿が周囲の人間に貴女とよく似た女性が夢に出てくると零していました」
「でも、それだけで彼が喜ぶとは思えないんだけど」
そう言うと、猫は「うっ」と言葉に詰まった。
まだ何か隠してるのか、コイツ。
「洗いざらい喋った方が賢明だと思うけど?」
「そ、そうですね。実をいいますと、我々は彼に幸せになっていただきたいのです」
「うん。で?」
「……転生後の勇輝殿はですね、女性に興味が無いようなのです」
「うん。……うん?」
「勇輝殿と共に魔王を倒した方々は皆結婚して幸せに暮らしているというのに、勇輝殿はといったらずっと仕事仕事で私生活なんてあったものじゃないですよ。睡眠時間も一日平均一時間以下で、何日も徹夜することもあるとか」
「まさかの社畜っぷり!」
「そうなんですよ! そればかりか、見合いの話が来ても全て断り、挙句の果てに可愛い女の子に夜這いをかけられても何事も無かったかのように追い返す始末!」
「ちょっと待って、最後聞き捨てならないことを言われた気がしたんだけど」
「と、に、か、く!」
猫はその小さな前足で、私の手を挟むようにして握った。
「貴女には向こうの世界にいる勇輝殿と結婚し、彼とイチャイチャしていただきたいのです!」
「ド直球過ぎません!?」
イチャイチャって、まだ彼が私のことを好きかどうかもわかってないのに……。
「だから、平気ですって! 絶対貴女のことを好きですから!」
「いや、本人に聞いたわけじゃないんでしょう?」
「そりゃそうですよ! だって貴女の名前も覚えてませんもん!」
覚えてないんかい!
ダメじゃんそれ、脈無しじゃん!
「ええい、焦れったいですね! いいからサッサと異世界に行っちゃってください!」
「え、私まだ行くとは言ってな――」
その時、私と猫との間に、突然黒い穴が現れた。
それはすざまじい吸引力を持っており、私は成す術のないまま、中へと引きずり込まれたのだった。
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