第28話 お見合い

 そんなこんなで早一ヶ月。

 と言いたいところだが途中、同じ風景ばかりで飽きて来たので転移で飛ばし飛ばし進んでまだ一週間も経っていない。


「メルラハンに一週間もしないうちに着いてしまうなんて……もしかして帰りは一瞬かしら?」

「それもいいか」

「あっしの仕事がなくなりやすよ……」


 メルラハン王国。

 エジフドっぽい風景だな。ピラミッドは建ってないけど。

 それに少し暑い。


「メルラハン第三王子とのお見合いは明日出来るそうです」

「今日は観光だな」

「いえ、この後メルラハン王に謁見後、食事会に誘われましたので無理ですね」

「明日、見合いが終わった後は観光出来るかな?」

「どうでしょう? 急な予定などが無ければ行けると思いますが」


 せっかく来たんだし観光ぐらいはして帰りたいな。


 城内の化粧室へと移動し、メリアのおめかしをうちのメイドとメルラハンのメイド達が手伝い、どこに出しても恥ずかしくない王女様へと仕立て上げた。

 さすがにジャージ姿のままで王様に謁見するなんて事は無い。

 俺もジャージなので正装に着替えておく。


「良く参られた! 予定よりだいぶ早い到着だが無事で何よりである!」


 ふくよかな王様だ。表情も柔らかくて国民に慕われてそうだな。


 他愛の無い世間話といくつかの要望をメリア王女に話して食事会へと移動した。

 ぶっちゃけ政治的な話はまるで頭に入って来なかったので話が終わるまで退屈だった。


 食事会はバイキング形式の立食パーティーみたいだな。


「ジュース殿、粗相の無い様に」

「ここでガツガツ食ったりしませんよ……」


 信用無いねぇ。

 ま、メリアに対して、はたから見れば不敬ばかりしているし、しょうがないね。

 ガツガツとは食べないけど、味見程度には食べますけどね。


「んー、うまい」


 スパイスが効いててどれもこれも美味い。

 エジフド料理とは少し違うと思うが美味けりゃ何でも良い。

 そもそも食材がモンスターとかだから、この鶏肉っぽい奴もニワトリではなく別の何かだ。


 メリアの様子をチラッと見ると貴族な方達に囲まれてて大変そうだった。

 こういう時に助け舟を出せるのが紳士な出来る男。

 だが俺は食事を楽しむ。

 ぶっちゃけ、あの場からどう助け出せばいいか分からん。


 しばらくするとダンスパーティーが始まり、この会場に居る殆どの人がパートナーを見つけて社交ダンスを楽しんでいる。


「ジュース殿も、どなたか誘って踊ってみては?」

「いやぁ、踊り方とかさっぱりで……」


 前世でも社交ダンスなんてした事ないし、踊りだって音ゲーぐらいだったからなぁ。

 敢えて無様を晒す必要も無いだろ。


 ブドウジュース片手に優雅な社交ダンスを見ていると一人の可憐な少女が俺の隣にやって来た。


「貴方は踊らないの?」

「あはは……お恥ずかしながら、踊れないんです」

「そう……わたしと一緒ね」


 どこかの貴族の娘さんはつまらなそうに社交ダンスを見ながら、ストローを挿したオレンジジュースをブクブクと泡立てている。


「……俺と踊ってみます?」

「……さっきは踊れないって言ったじゃない」

「まぁそうなんですけど、俺には踊れない人でも踊れる様になれる魔法があるですよ。ちょっとここで練習してみましょうか」


 足元に音ゲーでよく見るノーツと呼ばれるマークを表示して、音楽に合わせて流していく。


「このマークにタイミング良く足を乗せていくと上手く踊れている様に見せられます」

「変な魔法ね。でもちょっと面白そう」


 少女の手をとり、向かい合う。


「簡単なステップから始めてみましょう」

「これを踏めば良いのよね?」

「はい」


 この音ゲー、二人のタイミングをミスると足がぶつかったりして結構難しい。

 ただ練習して行くうちに段々とコツが掴めてそれなりな動きになって来た。


「この感じならみんなと混ざっても大丈夫かしら?」

「そうですね。試してみましょうか」

「お二方、動きは良いのですが下ばかり向いていては笑われてしまいますぞ」


 あぁ、それは気付かなかったな……。


「ステップマークを空中に表示。これなら……あぁ、見づらいな……」

「ここで踊っているだけでも楽しいわ。続きをしましょう」


 せっかく踊れる様になったのになぁ。何かいい方法は……。


「隣で同じ動きをするのも良いかと、もちろん下は向かずに」

「なるほど」


 社交ダンスにもそんな踊り方が確かあったな。

 テレビで見ただけだから良く分からんけど、見栄えは良かったはず。

 執事さんのアドバイスを聞き、少し練習してから、みんなが踊っている広場の空いているスペースへと移動して踊ってみる事にした。


「隣に居るとはいえ、向き合っていないと目立ちますね……」

「いいわよ別に、これから魅せる訳だし、丁度いいわ」


 やだ、この子、イケメン……。

 貴族が表舞台に立った時にはすでに覚悟が決まっているという事か。

 まだ子供なのに、俺より全然大人だよ。


「じゃあ、流します」

「良くってよ」


 空中に自分の足と連動した足型を表示、ステップマークを上から流してタイミングよく踏んで行く。


「大丈夫そうですか?」

「もっと速くても良いわよ」


 言われた通りに速さを上げてステップを刻んで行く。

 それを見ていた人達がざわつき始めた。


「あれは何をしているのかしら?」

「変わった踊り方だな」

「楽しそうで良いじゃない? 私達もしましょうよ?」

「お、良いねぇ。やろうやろう」


 俺達の踊り方を真似し出す人達が増えてくれたお陰で悪目立ちする事は無くなったな。


「視線が奪われてしまったわ! もっと速く多くしてちょうだい!」

「音楽と合いませんよ?」

「爺! 音楽を激しく速くしてちょうだい!」

「はっ、お嬢様」


 どこから現れた?

 爺と呼ばれたお爺さんが音楽隊に耳打ちすると激しめの音楽へと変わった。

 このお嬢さんは何者なのだろうか?


 優雅な社交ダンスは情熱的な社交ダンスへと様変わりした。


「これなら良いわよね?」

「良いですけど、もう誰も見てませんよ」


 みんな自分のダンスに夢中で俺達を見ている者はほぼ居なくなった。


「……わたし達はわたし達で楽しみましょう」


 冷静になったのか、諦めたのか、どっちでもいいか。

 その後、パーティーが終わるまで楽しく踊った。



「第四王女様に気に入られるなんて、流石先生ね」


 会場を後にする際にメリアに教えられた衝撃の事実。


「執事さん気付いてなかったの?」

「気付いていましたが身分を言うなと目で訴えられてしまいましてね」


 察しが良過ぎる執事だな。


「……私だって、先生と……」


 よく聞こえなかったが難聴系ハーレム主人公では無い俺は、メリアも俺と踊りたかったのだと察した。


「あとで一緒に踊るか?」

「……はい」


 独り言が聞こえていたのが恥ずかしかったのか耳を赤くしている。

 可愛い教え子だ。



 少しだけメリアと踊ったあと、メリアとメイドが主賓部屋に、俺と執事さんは来賓部屋へと通された。


「明日はお見合いか、俺達も出るのかな?」

「出ますよ」


 出るのか……。俺ってどういう役割なのだろうか?


「明日は本当に粗相の無い様にお願いしますよ? 国と国が強く繋がる一大事なのですからね」

「その一大事にこの人数ってあまり重要とは思って居なさそうだな、うちの王様は」

「……その辺りの話はここではやめておきましょう」


 執事さんが急に真面目な顔になってしまったので、何かあるなこれ。

 聞いて欲しく無さそうだし、俺も政治にはこれっぽっちも興味が無いので聞かないでおく。



 翌日は快晴。

 良いお見合い日和だ。


「はぁ……」


 今日、何度目かのメリアの深い溜息。


「メリア様ファイト!」

「メリア様ならいちころです!」

「嫌なら帰るか?」

「帰らないわよ! 外交問題になっちゃうでしょ!」


 こういう所は真面目だな。俺なら逃げちゃうけど。


 メルラハンのメイドに引き連れられ、お見合い会場へと向かった。


「失礼します。メリア第五王女殿下をお連れしました」

「入って下さい」

「どうぞ、中へ」


 部屋に入ると長テーブルの上に豪勢な料理が所狭しと並べられており、専属の料理人まで待機していた。

 美味しそうな料理に目が行ってしまったが部屋をぐるりと見渡すと天井には宗教画が大きく描かれており、そこから垂れ下がるシャンデリアも煌びやかで美しい。

 まさに宮殿と呼ぶに相応しい部屋だ。


「ようこそおいでくださいました。どうぞおかけになってください」


 太った子供が背伸びして大人ぶってる。

 多分だがあの子が今回のお見合い相手だろう。

 どことなくメルラハン王に似ている。

 年は10歳前後ぐらいかな?


「本日はお招き頂きまして誠にありがとうございます。ノアーク国より参りました、ノアーク国第五王女、メリア・ランズバード・ノアークでございます」


 淡いピンク色のドレスの裾を摘み持ち上げる、定番の貴族の挨拶だが本物がやると見栄えがすごく良い。


「ぼく、ワタシはメルラハン国、第三王子、ブディック・デルキャメル・メルラハンと申します。まだまだ若輩の身で至らぬ点が多々ありますが、本日はごゆるりとお楽しみください」


 なんか無理に敬語で喋っているのを見ていると応援したくなる気持ちになってくるな。

 ま、兎にも角にもまずは痩せた方が良い。元の顔は悪くないのにデブのせいでマイナス50点だ。


 お見合いという名の食事会が始まり、俺は端っこの方の席に着いた。

 会話内容は今日はお日柄も良くから始まり、ご趣味は何だかんだとか、尊敬している人はうんぬんかんぬんとか、よくあるお見合いでのテンプレ会話が始まった。


 話が盛り上がっているようでその実、会話内容はスッカスカで、このお見合いは破断になるのが窺い知れる。

 というかメリアが乗り気じゃ無いんだな、たぶん。

 そう、悟られないようにはしているが深い話になりそうな所で上手く話をすり替えたりしてのらりくらりとしていた。


 会話ネタが尽きたのか、とうとう無言になって食事をする食器類の音だけが鳴り響くのだった。



「本日は遠い場所から来て頂きまして誠にありがとうございました。メリア様との会話はすごく楽しかったです。次の機会があれば、今度はこちらから伺いさせてもらいます」


 メリアの思惑と違ってデブ王子には好印象に映っていたみたいだな。

 メリアの顔が若干だが引き攣っている気がする。



 贈り物などたんまりと貰って馬車へと戻った。


「無理! 無理無理無理! 絶対無理! あの子となんて死んでも嫌! 流石に死んでもは言い過ぎたけど、無理な物は無理なの!」


 馬車の中に入ると突然ヒステリーを起こして手近にあった枕を叩きつけ出した。


「メリア様、王女ともあろうお方がはしたないですよ」

「スカートがめくり上がって見えそうです! 落ち着いて下さいメリア様!」

「白か……良いパンツだ」

「先生のエッチ! もう知らない!」


 完全に拗ねちゃったな。こうしてみるとメリアもまだまだ子供だな。

 しょうがないからご機嫌取りだ。

 このままじゃ観光も出来やしない。


「しょうがない、俺から直接王様に破談にして貰うように言ってやるから、機嫌なおして気晴らしに観光でもしような」

「やった! さっすが私の先生!」


 王の御前に転移で飛んだ。


「おっ!? ジュース殿か、如何した?」


 王様のビックリ顔はレアだったので撮影しておいた。

 王様にも転移出来る事は伝えてあるので、平時ならいつでも来て良いと許可を貰っていたりするが、今回が始めてだったのでビックリさせてしまったようだな。

 書類の確認中だったらしく、持っていた紙がクシャクシャになってしまっていた。


「お見合いは先程、無事に終わりました。相手方の印象も良かったのですがメリア様は死んでも嫌な相手だったようで、今回の話はご破談という事でお願い出来ますでしょうか?」


 それを聞いた王様は目を瞑り、少し考え込むような仕草を取って数分、考えがまとまったのか口を開いた。


「ふむ、あい分かった。此度のメリアの縁談、無かった物とする。これで良いかな?」

「娘想いの良い王様でございます」


 若干苦笑いだが、これで良いだろ。

 転移で馬車へと戻る。


「王様に言って来たぞ。破談にしてくれるってさ、良かったな」

「先生大好き! 愛してる!」

「よせやい。照れるだろ?」


 メイドと執事は本当にこれで良かったのかと悩み顔である。

 国の事を考えればメリアの意思を無視して政略結婚させた方が良いのだろうけど、メリアは俺の可愛い生徒なので今後もメリアの意思を尊重していきたい。


「よし、観光しにレッツらゴー!」

「ゴー!」


 結果だけ言うとメルラハンで観光は出来なかった。


「スリ、客引き、ぼったくり、観光なんぞ出来るか!」


 馬車ごと持って行かれそうになった時は目を疑ったね。

 メルラハン、治安の悪い国だ。

 とりあえず土産だけでもと、目に付いたカラフルでオシャレな香水瓶を店に置いてあった物全てを買い取って帰路に着いた。

 もちろんぼったくられそうだったが、目からビームを出す勢いで睨み付けたら半額にしてくれた。


 帰りは転移でも良かったがメリアがキャンプしたいとの事で一泊だけテントで野宿し、魚釣りなどを楽しんだ。


 その後、家に帰宅し、メルラハン国土産の香水瓶に魔法で作ったフルーツ系や森林系の香水を色々な配合を試しながら詰めて、家族や知り合いに配って歩いた。

 概ね好評だったが一々旅行した事を羨ましがられるのは鬱陶しかった。

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