第20話 筋トレとBL
あれから一ヶ月。
妊娠検査魔法でスイレの懐妊が判明したので、やっとヤリ部屋から解放された。
まぁ、ちょくちょく転移で抜け出して、うちの村や王都に遊びに行ったりしてたのであまり関係は無いけどね。
たまに様子を見に来るエルフの目を誤魔化すのが少々面倒だったぐらいか。
食事も精力の付く物ばかり出されたのでそれも嫌だったな。
「じゃあ、そろそろ戻ります。依頼の違約金を払いに」
わざと嫌味ったらしくそう言うと尻敷きエルフは苦笑いして。
「さっさと戻って来いよ」
そう言って見送り出してくれた。
本来は里に幽閉されるのが仕来りなのだがスイレが熱弁をふるって現代にはそぐわない仕来りを改定する運びになり、その一環として俺の自由が保障される事になった。
ただし条件付きで。
「では参りましょう! 里の外かー! 久し振りだなー!」
付き人の監視付きとか本当に邪魔です。
「せめて女性にしてくれ」
「浮気はいけません! 姫様にチクリますよ?」
このやけにテンションの高いイケメンエルフのイスイ(35)は戦闘に秀でており、里の中では最年少という事で、見聞を広げさせる狙いもあるのだとか。
精神年齢的にまだ3歳とかそこいらっぽい。
寿命の無いエルフにとっては年齢よりも人生経験の差で精神年齢は変わってくるらしい。
これ、俺の方が保護者なのでは?
「違約金確かに受け取りました。次は気をつけて下さいね?」
「すんません」
魔物に変装し直して、依頼酒場に依頼失敗の違約金を払い終えたので次の街へ行こうとすると、街の出入り口で待ち構えていたニーナにボコされたチャラ男が仲間を引き連れて待ち伏せしていたので麻痺でさくっと転がしておいた。
「待ちやがれ! あの美しいサキュバスさんはどこに行ったんだ! なんで野郎のエルフに変わってやがるんだ!」
「教える義理は無い」
「ま、待てよ! おい! せめて麻痺は治して! おーい……待ってくれー……」
ほっといて先に進んだ。
次の街に着くと、トゲトゲした建物が立ち並ぶ、見るからに禍々しい、魔族や悪魔が跋扈するこれぞ魔界といった感じの街だった。
「趣味悪いですね。僕にはちっとも良く見えません」
「他種族の文化にケチをつけてはいけませんよ?」
「すみません。っていつの間に魔族に!?」
「イメチェンや。悪魔の翼カッコええやろ?」
「ハーフですか。ジュースさんには似合わないと思いますけど」
「お? やる気か? お前も悪魔にしてやるぞ?」
「やめてくださいよ。僕はエルフに誇りを持っているんですから」
街の中に入った瞬間、体を支えられず地面にぶっ倒れてしまった。
「ぐおっ!? 300倍の重力か!?」
前世で好きだった龍玉漫画に出てくるヤムチャンみたいに地面へ押しつぶされてしまった。
「ジュースさん大丈夫ですか!?」
魔法を使って体を支えようとしたら更に体が押し潰されてマジで死にそうだ。
「ぐおお! どうなってやがる!?」
周りの通行人達がクスクス笑いながら通り過ぎて行く。
見世物じゃねーっての!
「え、あ! 魔法! この街では魔法を使えば使うほど体が重くなってしまうんです! 早く切ってください! このままだと潰れて死んじゃいます!」
イケメンエルフのイスイの言う通りに魔法を切ると、嘘のように体が軽くなった。
「恐ろしい街だ……」
魔法を使うと潰されてしまう街なんて俺にとっては最悪の街としか言いようが無い。
変装以外は防御魔法も全て切ってしまったので試しに物理魔法反射を発動すると60kgの重りでも背負ってるような感覚になった。
「くっ、重いな……」
「何してるんですか? 魔法を使うと重くなるってさっき言ったばかりじゃないですか?」
「いや、この街、体力作りには良い場所かなと思ってね」
最近は魔法が頼りにならない場面が多いからな。
ここいらで身体能力を上げておかないと世界について行けない気がする。
ん? 何その目から鱗みたいな表情は?
「そんな事、普通思いつきませんよ! さすがですね! 僕もやってみよっと」
そう言うとイスイくんは筋力アップ魔法を自分に掛けて腿上げ運動を始めるのであった。
「ほっ! ほっ! 良い感じに負荷が掛かって最高ですね! リフレッシュ魔法を使えば魔力が尽きるまで無限に鍛えられますよこれ!」
「そうだね」
イスイくん筋肉バカっぽいな。
見た目はスレンダーだけど頭の中身は筋肉ゴリラだな。たぶん。
とりあえず暖かい目で見守ってあげよう。
俺もオートヒールを掛けてプラス90kgの負荷で筋肉の破壊と再生の無限筋力アップを試してみる事にする。
上手く行けばここでかなりのレベルアップを図れるはずだ。
太った成人一人を常に抱えているような辛さを感じながら街中を観光。
「すみません。動けません。調子に乗り過ぎました!」
イスイくんダウン。
魔力が切れて体力も切れたんだな。
「リフレッシュ。ぐっ! 重い!」
四つの魔法で合計120kgかと思ったが150kgは超えてるだろこれ。
「ふぅ、助かりました!」
幸い、魔法を使い終われば重さも無くなるので倒れるような事にはならなくて済んだ。
「この街では行使出来る魔法の限界は二つか三つだな。四つ以上使うと普通の人間だと死ねる」
「そうなんですね。僕なら四つでも行ける気がしますけど」
「四つ使って動けなくなったじゃ、複数に襲われた時にやられるぞ」
「なるほど、それもそうですね! では良く考えて使わないと……」
本当に子供のおもりだな。
イケメンエルフに頼りにされるのは悪い気はしないけど、やっぱり女性がいいな。
嫁達の鬼の形相が一瞬だけ目に浮かぶが実際は野郎と一緒なので問題無いです。
「そろそろ休憩しようか」
「了解です」
オートヒールで体力が無くなる事は無いのだが精神的には疲れて来るので近場にあった悪魔チックなカフェで休憩する事にした。
「いらっしゃ、やだイケメン! じゃなかった、何名様ですか?」
ちっ、こいつがそばに居ると俺の存在が霞むんだな。
「2名です」
「ではあちらの席へどうぞ」
案内された席に座り、冷えた水でも出て来るのかと待っていたら黒い液体の入ったコップを出されてしまった。
「これは……?」
「あぁ、ジュースさん、これ魔水ですよ。見た目はアレですけど、ただの水です」
「そうなの? 本当に?」
「本当ですよ。ごくごくごく、ぷはっ! ね、なんとも無いでしょ?」
エルフは良くても人間には毒って事もありえるだろ。
こっそり魔法で鑑定すると微量だが魔力が含まれていたのだが、それ以外はただの水だった。
飲んでみると何の変哲も無い水の味で拍子抜けした。
「何頼みましょうか? あ、自分奢るんで何でも頼んでくださいね!」
「いや、いい。なんか歳下に奢られるようでやだ。というか俺が奢る。金ならいくらでもあるからな」
「僕の方が歳上じゃないですか……」
無視して金貨の詰まった袋をインベントリから取り出して見せびらかす。
途端に座っていた椅子からミシッ! っという音が聞こえたので一旦立ってからリストアで椅子を直し、体重が戻った所で座り直した。
荷物を取り出すのも魔法カウント取られるんだな。
ま、そりゃそうか。
「こんな所でそんな大金出さないでくださいよ。変な奴が見てるかもしれないじゃないですか」
「変な奴が居るなら炙り出して捕まえれば世界は平和になって一石二鳥じゃないか?」
「……うーん? そうなのかな?」
「そうなんです。さて、何食べようかなっと……」
納得のいかない様子のイスイくんはほっておいてメニューを確認する。
「文字じゃ分からん。写真とか絵は無いのか?」
「写真? 絵が描かれてるメニューなんて見たことも聞いた事もありませんよ。いくら金持ちでもそこまではしないでしょ?」
「……そうだな。そうだったわ」
今までは自分で料理を出したり作ったりしてたし、料理屋に行った時も大体おすすめで注文してたし、これまで見てきたメニューも今、思い出せば文字だけだったな。
「召喚、ゼリヤのメニュー表」
椅子から立ち上がり、ゼリヤのメニューを取り寄せる。
「何ですかそれ?」
「絵付きのメニュー表だ。すみませーん。この絵に似た料理って作れますか?」
カフェの店員さん(先程とは違う)にゼリヤのメニューを見せてマルゲリータを指差す。
「え、あ、はい、丸パン、ですかね? って何ですかこれ!? こんな精巧な料理の絵なんて見たことない! お客様! これをちょっとお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ダーメ。注文は丸パンってのでいいや。イスイくんはどれが良い?」
メニュー表をイスイくんに渡して選ばせる。
「え? あ、えっと、どれも美味しそうですねぇ……うーん、これかな?」
イスイくんはエビのサラダを指差した。
「サラダ……でも、こんな彩りのサラダはうちでは扱っていません……」
「普通のサラダでいいっすよ」
「畏まりました。丸パンとサラダ。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「おっけー」
「僕もいいです」
店員さんは駆け足で厨房に入って行った。
絶対店長に話すだろうな。
ま、店長が来ても別に構わないがね。
しばらく談笑しながら料理が来るのを待っていると料理長らしき服装のサキュバスの様なナイスバディさんが料理を運んで来た。
「お待たせしました。丸パンとサラダご注文の品に間違いはございませんか?」
「大丈夫です」
「はい」
「……それで、その、もし良かったら料理の絵が描かれた……」
「見せるだけなら良いですよ。俺たちが食べ終わるまで貸してあげます」
「ありがとうございます!」
「そこの空いてる席に座って見てくださいね」
「え、あ、はい」
ゼリヤのメニュー表をナイスバディさんに貸してあげると食い入る様に見だしたので、俺は出来立ての丸パンの方に視線を移した。
「ピザっぽいけどちょっと違うな、ピザパンとも違うし何だろ?」
まぁ食べてみて判断するか。
いただきますして齧り付くと、チーズと思っていた物が甘い牛乳の味で、ベーコンっぽい物は何かの果実のように甘かった。
これ、もしやスイーツでは?
「味はどうだい?」
「美味しいですけど想像していた物とは全然違いましたね」
「そうだろうね……。一体何なんだいこれは? こんな料理、あたしは見たことが無いよ」
姉御みたいな喋り方に変わっているがこっちが素の喋り方なのかな?
ま、何にしても料理については教えてあげないけどね。
文化系チートとかやると、この世界の文化が捻じ曲がっちゃうし、それだと俺が楽しめなくなる。
異世界は異世界である事が大事なのだ。
まぁ、うちの村には関係無くチート使って便利にしまくるんだけどな!
「秘密です」
「そうかい。あたしの体を好きにして良いって言ったらどうだい?」
「それは良いですね! でも残念です。連れが邪魔する気まんまんなので諦めて下さい」
「ちぇっ、ダメか……ま、見れただけでも良しとしますか」
料理を食べ終えた俺にメニュー表を返すと、ナイスバディさんは厨房に戻って行った。
「あの、ジュースさん、あの絵の料理ってジュースさんは作れますか?」
「作れるけど、ここでは出さないぞ。飲食の持ち込みはさすがに失礼だからな」
「作れるんですね! うわー、どれ食べようかな?」
テーブルに置いたゼリヤのメニューを取って、品定めするイスイくん。
作るなんて一言も言ってないのに作ってもらえる気でいるようだ。
まぁ、作らないなんて意地悪な事はしないけどもさ。
十分休憩出来たのでお会計、俺の奢りで済ませて店を後にする。
店員さんがイスイくんの連絡先などを聞き出そうとしていたが俺が先に店を出るとイスイくんも慌てて出て来たので店員さんは聞き出せなかったようだな。
「もう、先に行っちゃうなんて酷いじゃないですか! 僕、里の女性以外には弱いんですよ」
「社会勉強になっていいじゃないか?」
「そんなぁ……」
90kgの負荷にも慣れて来たので四つ目のパッシブ魔法、筋力増強を使い150kg以上の負荷に耐える。
この魔法、一時的な筋力アップとは違い、常時筋力を上げ続けるのだが魔法を止めると筋力を上げてた時間分、倍以上の筋肉痛が襲って来る性質があるのだ。
常人なら一歩も歩けなくなる反動だが今の俺には都合の良い魔法である。
「ふっ! ほっ! ギリギリ歩けなくも無いな!」
「もしかして四つ使ってるんですか? じゃあ僕も!」
「待て待て、イスイくんはまだ魔力回復してないでしょ? 今日はやめておきなね?」
「えぇー、じゃぁ、そうします……。いいなぁ、ジュースさんは魔力沢山あって」
「魔力沢山あっても、魔法が使えない状況だとすぐに死ぬレベルで体力無いからな。素手でイスイくんと戦ったら俺なんて瞬殺だぜ?」
「ジュースさんを守る役目もあるんですから戦いませんよ?」
「仮定の話だ。もし魔法無効化されたらイスイくんに頼るから、その時はよろしくね?」
「勿論ですよ! 僕に任せといて下さい!」
魔界の観光もひと段落したので今日は宿に泊まる事にした。
「いらっしゃーい! 2名様ですか? 一緒の部屋でよろしいでしょうか?」
「広い部屋をお願いします」
「分かりました。2名様ご案内!」
老舗の宿って感じで手慣れているな。
案内された部屋は確かに広かった。
どう見ても宴会場だが。
「ここで良いんですか?」
「すみませんね。他の広い部屋は全部埋まってて、ここしか空いてなくて……」
「別に構いませんよ。運動とかし易そうですし」
「そう言って頂けると助かります。他のお客様は入らない様にしておきますんで、どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ」
お辞儀して部屋を去る仲居風のメイドさん。
この宿、和洋折衷って感じの作りだから色々な文化を取り入れているんだろうね。
「さてと、風呂入って寝るか」
「え、もうですか?」
「正直疲れたわ。しばらくはこの街に滞在して体を鍛えるからイスイくんも早く寝なよ」
「了解です!」
一緒に風呂に入って来たイスイくんの裸は男の俺から見ても興奮するぐらい逞しかった。
だからと言って何かに目覚めたりとかはしないのである。
風呂上がりの一杯にフルーツ牛乳を魔法で出してあげると一気に飲み干して満面の笑みを見せるイスイくんだった。
翌朝、宿泊費を払い、路地裏で変装を解いて、王都の自宅へと転移で戻る。
「あれ? おはようジュース君。どうしたの? 深刻そうな顔をして?」
「俺、男色に目覚めそうで怖いんだ。アマテ、今からしよう?」
「え!? 男色!? ど、どういう事なの!? きゃっ! ジュース君、んっ! あっ! はげしっ、んんっ!」
イスイくんによって悶々とした感情をアマテにぶつけて発散する。
我ながら酷い男だ……。すまんアマテ。
俺が満足するまでアマテは何も聞かずに受け入れてくれて、本当に女神の様な存在だ。
「それで、イスイくんってエルフの男の子が気になってしょうがないと……」
「うん……」
「魔法で女の子にしちゃえば?」
「は? 何を仰っていますのアマテさん?」
「今言ったの私じゃないよ!?」
枕元からぴょんっと飛び出して来たのは妖精のリリーだった。
「いつからそこに?」
「昨日の夜から居たからばっちり見てたよ!」
「エロ妖精……」
「夫婦水入らずの状況で出て行くほど野暮じゃないよーだ!」
「で、魔法で女にするって何だ? イスイくんはそんな事望んじゃいないぞ?」
「えー、良いじゃん別に、好きなら変えちゃえば良いんだよ! リリーだってたまに大きくして、してくれるじゃない?」
「大きくするのと性別を変えるのは違うだろう、ってかイスイくんとはそういう関係にはなりたくないの!」
「意気地無し!」
「どこがだよ!?」
アマテが両手で俺たちの間に割って入った。
「二人とも落ち着いて! ジュース君はイスイくんとどうなりたいの?」
「いや、俺にも全然分からん。だがこれ以上一緒に居ると間違いを犯しそうで凄く怖いんだ」
「ふーん。じゃあ逃げちゃいなよ? それか正直に話して別の人に替えてもらうとか」
「そうだな……その方が良いか」
「えー、つまんない! 男同士でも良いじゃん? ハーレム王になるんでしょ? 一人や二人男が混ざっててもリリーは気にしないよ!」
「いや、無理だから……」
男の娘ならまだしも、イスイくんの見た目は完全に男だからなぁ……。
やっぱり無理な物は無理!
「スイレに言って別の人に替えて貰うよ。ありがとうアマテ。助かったよ」
「うん。私もありがとう。頼ってくれて嬉しかった」
「リリーは?」
「リリーはまだまだお子ちゃまだな。子作りも当分先だな」
「ブーブー!」
転移でスイレの居るエルフの里に戻り、イスイくんの話を正直に言うとクスクス笑われてしまった。
「イスイも悪い子ですね……旦那様にこんな想いをさせるなんて……後できっちりと言い聞かせますので旦那様は安心して旅を続けてくださいね?」
イスイくんすまん!
何かされるみたいだけど俺はもう君の面倒を見る事は出来ない!
本当にすまん!
最後のケジメとして宿屋に置いて来たイスイくんを転移で連れ帰りお別れを言った。
「僕、何か気に触る事でもやっちゃいましたか?」
「いや、俺の心の問題です。イスイくんは俺にとって良い子過ぎたんだ」
「何だかよく分かりませんけど、ジュースさんとの旅は一日だけでしたけどすごく楽しかったです! また一緒に出掛けましょうね!」
きゅんっ!
きゅんっ! って何やねん!?
ときめいちゃったの? 俺、男にときめいちゃったの?
アカン、俺、もう目覚め掛けてる。
イスイくんの顔、もう見れんよ……。
「じゃ、じゃあ、またね! さいなら!」
この場から一秒でも早く立ち去りたくて、新たな付き人さんの手を取り、転移で魔界の街外れへと飛び去ったのであった。
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