第15話 勇者召喚

「ナージュちゃん、ちゅっちゅっ」

「あいっ!」

「ぐえっ!?」


 ナージュの攻撃、ジュースに会心の一撃が入った。


 さすが我が娘。

 将来はニーナに似て、さぞ美人さんに育つ事だろう。

 ちなみに俺の顔も母さん寄りなので間違いない。


(勇者様……勇者様……どうか……我々を……お救いください……)


「む? 魔電波混線か?」


 勇者召喚をしようとしているみたいだが失敗に終わるだろう。

 色々と足りてない。

 魔力も術式もへなちょこで、声を拾えたのも偶然だ。


「まぁ、行ってみるか」


 ナージュを今日は休日でごろごろしていたジミーパパに預けて、魔電波探知で発信元へ転移した。


 転移した先は王座の前。

 魔法使いや兵士が沢山いるな。


「おぉ! 勇者よ、よくぞ参られた! 早速だが勇者様には魔王を討伐してもらいたい! どうかこの世界を魔王の魔の手からお救いして頂きたいのです!」


 王様らしき人が深々と頭を下げてきた。


「魔王ですか? というか勇者って?」


 ここは勇者召喚に巻き込まれた、いかにもな一般人の振りをしておこう。

 俺にチート能力がある事がバレると色々面倒くさそうだしな。


 というかこの世界、魔王とか居たんだな。

 あの頭のおかしな子供、ロキ神が大冒険して欲しいみたいな事を言っていたのを思い出したわ。

 とするとあの電波混線は偶然ではなくロキ神のイタズラという線が濃厚だな。


 まんまと乗せられてしまった……まぁ、乗ってしまったし、最後までやってみるかな。


「あなたは勇者では無いのですか?」

「えっと、自宅で子供と遊んで居たら急に呼び出されて気付いたらここに居たので俺が勇者かどうかは分かりません」

「なんと……まさか、そんな……」


 周りがざわつき出して慌てている。

 せっかく勇者召喚したのに勇者かどうか分からない一般人を召喚してしまったのだ。

 レア確定ガチャでノーマルキャラを引いてしまったような運営に苦情メールを送り付けたくなるような状況。

 実はノーマルガチャすら失敗しているのにもかかわらず、ゴッドレア引き当ててる感じなんですけどね。


「あの、家に帰れます?」

「いや、いやいや、少しお待ちください。確かに勇者召喚の儀式は成功したはず。ならばあなたは選ばれし勇者という事、そうだな? 魔法長官?」

「そ、そのはずです! しかしこのまま彼を魔王城へ送り出しても無駄死に……いえ、きっと大丈夫なはず……」

「とにかくステータスボードを持って参れ!」

「はっ! こちらに!」


 ステータスボードか、ギルドの物とも違うが機能は一緒みたいだな。


「こちらに手をかざしてくだされ」

「はぁ……?」


 無知な一般人を装いながらステータス改変で一般男性の平均値よりも低く設定。


「……くっ! こんなはずではっ!!」

「何かの間違いだ! どうするのだ! これではこの国はお終いだ!」

「神は我々を見捨てたのか……」


 阿鼻叫喚ってのはこれのことだな。


「あの、あの、家には帰れるんですよね?」

「今はそれどころでは無いわ!」

「お待ちください! この者を鍛えれば魔王に勝てるやもしれませんぞ!」

「それは本当か! 技術長官!」

「私の鑑定眼にははっきりと称号、勇者と見えております」


 そんな称号付いて無いけどなぁ?

 嘘か?


「おぉ! やはり勇者であったか! だがしかし、鍛えると言っても魔王軍進行はすでに始まっておるのだぞ?」

「勇者は成長スピードも常人を遥かに超えると聞きます。魔王城へ向かう道中で魔物狩りなどをしていけば必ず魔王を退けてくださるはず」

「おぉ、そうであったな。ならば勇者よ! 魔王を討伐した暁に何でも一つ願いを叶えてやろう!」

「無理ですよ……家に帰してください」

「いや、お前なら出来る! これは支度金だ! 行け! 行って魔王を倒してくれ!」

「そんなぁ……」


 半ば強引に話を切り上げられると城から追い出されてしまった。


 盗聴魔法で王達の会話を聞くとやはり勇者召喚は失敗しているとの事で、俺を家まで護衛して返す余裕も資金も無いので、はした金を渡して追い出したという事らしい。


 なるほどね。途中から王様の口調が変わっていたのはアイコンタクトでも取り合っていたんだろう。


 次の召喚とか言い出してるけど無理だろうな。


「とりあえず帰るか」


 マップで現在地を確認。

 自宅のある大陸から、かなり遠くの大陸まで来てたみたいだな。

 この距離じゃ馬車と船で何年掛かるんだって話しよ。


 転移で帰宅。

 家族にしばらく一人旅してくると話してニーナにボコられた。

 魔王を倒してくると正直に話すとまたもボコられた。


「私も行くわよ! 母さんナージュの事お願いね!」

「ごめん、姉ちゃん。ナージュの事頼むわ」

「あ! ちょっ! まっ」


 ドロンっと転移。


 流石に家族や友人を巻き込んで魔王討伐なんて無理だ。


「さてと、まずは冒険者ギルドに行って登録だな」


 その土地の情勢とかさっぱり分からないし、各地の街を巡って自分の目で確かめることにしようと思う。

 召喚された王都の冒険者ギルドに入るとゴロツキが昼間から酔っ払ってガハハ笑いを上げて居たので登録終わりに絡んで来るまで予想した。


「ようこそ冒険者ギルドへ! ギルド登録料は1000Gになります」


 さっさと登録を済ませてギルドカードを貰い、依頼ボードに行こうとするとやはりゴロツキに絡まれた。


「なんだ坊主? ここの依頼は全て俺様が受けちまったぞ。へへ、他にあたりな」

「ふむ、このドブ掃除もか?」

「ガハハ! そいつはちげーな! だが坊主には丁度良さそうだな! 初仕事頑張って来いよ! ガハハハッ!」


 まぁ、この程度なら可愛いゴロツキだな。


 依頼受付にドブ掃除の依頼書を提出して依頼受注。

 三ヶ所のドブ掃除を一週間以内に終わらせると報酬アップ。

 三週間過ぎると失敗扱いとなると。


 依頼説明を聞き終わりギルドから出る途中、またゴロツキが絡んで来て足元に酒ビンを投げ付けられてしまった。


「それも掃除しといてくれよな! ガハハッ!」


 清掃魔法クリーンでパパッと綺麗にすると鳩が豆鉄砲を食ったような顔をギルドに居た全員がしていたのを記念撮影してドブ掃除へと向かった。


 ドブ掃除もパパッと終わらせてギルドに帰る途中、路地裏で女の子が暴漢に襲われそうになっているのを発見。


「おとなしくしやがれ! 殺されてえのか!?」

「いやっ! 離してっ! 誰か助けてっ! いやあああああっ!」


 強引に服が破かれて、たわわな胸がぷるんぷるん!

 じゃなかった。さっさと助けよう。


「麻痺特盛」

「アバババババババババッ!?」


 暴漢は口から泡を吹いて気絶した。成敗!


「大丈夫? おっぱい揉む?」

「えっと、結構です?」


 こっちの世界ではこのギャグ通じないか。当たり前だが。


「じゃ、気を付けて帰りなよ」


 破かれた服を復元魔法までに昇華させたリストアで直してあげてこの場を立ち去る。


「あ、待ってください! お礼! 助けてくれたお礼を!」

「このジュースはクールに去るぜ」

「待って!」


 ちょい早足で彼女の視線が途切れたところで転移。

 人目の無いギルドの裏手へ。

 そこから徒歩でギルドへ戻り依頼完了報告。


「一応確認しますが本当ですか?」

「見に行けばはっきりしますね」

「そ、そうですか、では確認が取れ次第依頼達成という事で」


 ギルド職員が確認するまで待つ事になった。

 暇つぶしに依頼ボードを見ているとゴロツキが絡んで来た。

 来るの知ってたけど、暇だからちょっとだけ相手しよう。


「テメェ、魔法使いか? 他にどんな魔法が使える? 上級魔法が使えるなら俺様のパーティーに加えてやるぞ?」

「掃除ぐらいしか能はありませんよ」

「そうかい、だったら掃除夫として雇ってやる。一日1000Gだ。悪くないだろう?」

「いや、他の街にも行かないといけないんでね。すまないが断るよ」

「ケッ、そうかよ!」


 鼻息荒くギルドから出て行ってくれた。

 ゴロツキだが分別はあるようだ。


 ギルド職員が戻って来る頃には夕方になっていた。


「ギルドマスターがお呼びです。こちらへ」

「だが断る」

「え、あの、え?」


 このジュース、日が落ちるとホームシックになるのである。

 冗談だが。


 ギルドから優雅に出て行くと職員さん達が通行妨害してきたので、するりとかわして宿屋の方へ。


「お待ちください。ギルドマスターがお呼びに、お待ちに! お待ちになってください!」


 徐々に歩く速さを上げて職員達を撒いていき、人の視線が途切れた所で転移で街外れの宿屋へ。


「いらっしゃい。一泊100G、飯付き350G、ベッド付き500Gだ」

「一番良い奴は?」

「1500Gだよ。あぁ中庭出すんじゃないよ?」


 ん? 中庭にベッドを出した人でも居たのかな?

 ま、いいか。


「じゃそれで」


 部屋の鍵を貰い指定された部屋に入ると割と広い綺麗なベッドがあったので魔法でジャージに着替えてダイブした。

 寝心地も悪くない。


 眠ろうと瞼を閉じた瞬間ドアがノックされた。

 そう言えば飯付きだったな。


「どうぞー」


 さて、何が出てくるかな?


「失礼いたします。今夜お勤めさせて頂くブザルテと言います。短い間ですがどうぞ存分に可愛がってくださいませ」


 薄着のメスブタが出てきた。


「豚小屋に帰れ!」

「何ですって!?」


 激怒したブタに襲われそうになったので魔紐で縛って店主に突き返すと宿屋を追い出されてしまった。


 検索魔法で宿屋を調べてみると、どうやらブサイク専門風俗宿屋だったみたいだ。

 失敗、失敗。


 目が覚めてしまったので散歩がてら隣町まで行ってみるか。


 月明かりの中、草原街道を歩いていると、どこからか女性達の悲鳴が聞こえて来たので索敵魔法で調べるとゴブリン小隊が女性パーティーに襲い掛かろうとしている所だった。


「こんな所にゴブリンが居るなんて聞いてないよ!」

「だから早く帰ろうって言ったじゃない!」

「今はそれどころじゃないでしょ!?」

「こんな所で死にたくないよ……!」

「嫌ああああ!誰か助けて!!!」


「俺、颯爽登場!」


 いつも魔法じゃ味気無いので体術で戦ってみよう。


「グギャギャギ!?」

「ゲゲゲゲゴ!」

「ゴブボボン?」

「ブジョグング!」

「ゲッドドド!!」


 一斉に襲い掛かって来たゴブリン達をそれっぽく蹴ったり殴ったりしてみる。


「ハッ! セイッ! トリャ!」


 スカ、ミス、攻撃が全く当たらない。


「グゲゲゲゲ!」


 どこか馬鹿にするような笑い声をゴブリン達が上げた。


 ゴブリン小隊の総攻撃。

 ジュースのパッシブ魔法。物理、魔法反射でゴブリン小隊は自滅した。

 ジュースに5の経験値が入った。なんてね。


「やっぱ体術は地道に努力しないとダメか……」


 筋トレ頑張ってみるかな。


「助けてくれてありがとう! 本当に助かったわ!」

「いえいえ、ご無事なら何よりです。では俺はこの辺で」


 ペコリと一礼してその場を立ち去った。

 散歩の続きをしーよっぺ。


「ちょっと待って! 何か御礼を、って、待ってってば! もう! 無視しないで!」


 スタスタスタと徐々にスピードを上げてく。


「はぁ、はぁ、ちょっと、待ってってば……」

「はぁ、ふぅ、なんで、この子、こんなに歩くの早いの!? 私達は走ってるって言うのに!」


 しばらくすると俺の早歩きに付いて来れなくなった女性パーティーは遥か後方で尻餅を付いていた。


 隣町に着いた。

 今度はちゃんとした宿屋を検索したのでバッチリだ。


「一泊300Gだよ」


 おばちゃん店員に支払い宿泊部屋へ。


「ちょっと埃っぽいが、まぁ、こんなもんか」


 清掃魔法でパパッと綺麗にしてベッドにダイブ。

 目を閉じておやすみグッナイ。


 翌朝、宿屋の食堂でおすすめ料理を注文。

 お子様ランチみたいな物が出て来た。

 朝食でランチである。

 味は普通だった。悪くはない。


 宿屋を出て冒険者ギルドへ。

 中に入ると俺が召喚された王都のギルドと内装が一緒だった。大工が一緒なのかな?


 ゴロツキみたいなのは居なかった。

 ちょっと期待してたのに残念。


 依頼ボードで街の清掃があったのでそれにした。


 受付嬢のテンプレ説明を聞き流し早速清掃へ。

 と思ったらギルド職員の別のお姉さんが何故か付いて来た。


「話、聞いてましたか?」

「いえ、まったく」

「はぁぁぁ……」


 深く長いため息をつかれてしまった。


「掃除だってちゃんとした仕事なんですから適当じゃ困ります」

「完璧な仕事を約束しよう!」

「意気込みはいいですから、街の清掃のレクチャーをちゃんと受けて下さい」

「え、めんどくさい」

「……っすぞ……」


 何やら物騒な言葉が聞こえた気がしたが無視して街の清掃に取り掛かった。

 とはいえ街を散策しながら清掃魔法で片っ端から綺麗にしていくだけである。


「どうなってるの!? あなた何をしているの!?」

「掃除」

「見れば分かるわよ! こんな生活魔法の使い方ありえないわよ!?」


 俺が通った道は長年の汚れが嘘のように綺麗になっていっている。


「こんな魔法の使い方したら普通は倒れるのに、あなた何者なの?」

「ハーレム王かな?」

「……そっか」


 そう言うとお姉さんは思考停止してしまった。


 大通りをぐるっと一周した所でお姉さんに止められた。


「もう十分です。ありがとうございました。これ以上やられても報酬が出せません」


 ギルドに戻り清掃の報酬をたんまりと貰った。


「ギルドマスターに」


 という単語が聞こえたのでさっさとお暇した。


 綺麗になった大通りを街行く人達が首を傾げて驚いているのを見ながら次の街へと向かう。

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