#12 『スカウトマン新山楽斗、カメラマン鳩羽真央 後編』

「いやあ、すごかったですね、雪男さん」

「いや、アホね」「いや、アホだな」


 旭川あさひかわ空港へと向かう帰りの車中。鳩羽はとば真央まおは、新山にいやま楽斗がくとと声が揃ってしまった事に、若干の気まずさを覚えた。

 ただ、楽斗の方にはその様子がないように見える。その余裕さが少し鼻につく。


 御厨みくりやしずくは、隣の席で困惑していた。


「アホ、って。え? すごくなかったですか?」


 しずくは正直に思ったままの感想を口にしたのだろう。

 それがまさか、先輩二人は『すごい・すごくない』の基準ではなく、『アホ』と返したのだ。自分とのずれに戸惑うのも無理はない。


 真央は少し助け舟を出してやる事にした。

 不本意ながら楽斗に話しかける。


「スカウトの見立てでは、彼の評価はどれくらいなんですか? ってか、検査である程度は判ってますよね?」

「う~ん、プライバシーだからなー。……まあでも、美人さんに免じて、特別にオフレコで教えちゃおうかな」


(軽っ!)


 真央は内心白い目で見ながらも、先を促した。


「ありがとう。それで?」

「細かくは言えないけど、『C+』は確実だね」


 異能界では、異能力の質、有効範囲、耐久力・威力、持続性、異能者の技量、生命子量、魔素子変換効率など、あらゆるデータを評価するシステムがある。

 上は『A+』から、下は『G-』までの、二十一段階。

 これは基本的に年齢に関係なく同一の基準で評価され、一般的に『D』が成人の平均とされている。


「やっぱりすごいじゃないですか。C+以上ならほぼ専門家レベルですよ」


 しずくは自分の感想がずれていない事を主張した。

 しかしそんな彼女に、真央は落ち着いて説明する。


「例えばさ、しずくがたまたますごいダイビングスーツを開発できたとしよう」

「はい?」


 突然話が変わったせいか、しずくは首を傾げる。


「まあ、聞いて。そのダイビングスーツの性能テストをよその誰かに持ち掛けられました。さて、そのテストを、しずくは自分の命をかけてやる? って話」

「あっ……ああ~」


 納得してくれたみたいだ。


        〇


 途中コンビニに寄り、車が再発進すると、しずくが思い出したかのように楽斗に尋ねた。


「あの雪男こと氷川さんは今後どうするのですか? 異能界に移り住まわれるのですか?」

「どうだろうなー。一応、それを勧めるのが今回俺たちの仕事なんだけど、」


 簡単な検査をしたところ、奥さんや子供たちに異能者の兆候は見られなかったそうだ。


 非異能界で異能が発現した者――〈発現者〉が子供だった場合、親に異能者の兆候がなくとも、家族ごと異能界に移り住むケースは多い。

 また、『きょうだいの一方だけ』といった場合でも、やはり家族ごと移り住んだり、あるいは、『片親ずつに別れる』『非異能界――〝N〟に残した子供を親戚に預ける』など。

 いずれにしろ、発現者本人は異能界に移り住むケースがほとんどだ。


「でも今回のケースは、発現者は親だろ? こういう場合、親は子供や奥さんや旦那のことを想って移住しないって事が多いんだよ」

「しずくも〝N〟出身だったよね? その時、家族とどんな話をしたの?」


 生まれも育ちも異能界の真央にとっては、気になるところだった。

 しずくは、「そうですね」と思い出しながら語り始める。


「私の場合、発現したのは高校二年生の時だったので、スカウトを機に私が『一人暮らししたい』と言ったら割とすぐにOKしてくれました。もちろん、心配されましたけど。でも、スカウトの方のおかげで、異能者にとって異能界の方が安全で安心できるという事を、私も両親もすぐに理解できましたから。『異能界だから』というより、純粋に、娘を一人暮らしさせる事への心配がほとんどだったと感じましたね」

「つまり、スカウトの腕次第ってことね」


 そう言うと真央は白い目で楽斗を見つめた。

 ただ、運転中の楽斗は気付かないようだ。


 しずくは続けた。


「ただ、家族を想って移住を考えないというのもわかります。一人暮らしを選んだのも、少しは同じような理由だったので」

「それって、『非能力者』である家族を『異能界』で生活させる事が不安ってこと?」


 家族全員が異能者の真央にはやはりわからない感覚だった。

 しかし、しずくは「いえ、そうじゃないです」と首を振った。


「慣れ親しんだ土地を離れるのって、やっぱり寂しいじゃないですか。特に、自分の意思じゃなければ尚更」


 わかった気がした。


 異能者、非異能者、異能界、〝N〟……。

 ――自分は少し、そういう事に慣れすぎていた。


 これは『人』の話なのだ。


「……そうだね。確かにそうだ」

「勉強なった?」


 バックミラー越しに楽斗が余裕の笑みを浮かべた。イラっとくる。


「なったけど、なんであなたがそれを言うの?」

「まあ、俺もわかるし」

「あなたも〝N〟出身?」

「いや。でも、伊達にこの仕事してないよ。そういう気持ちはよく見てきた」

「……なるほどね」


(まだまだね)


 世間は広い。自分の狭い視野じゃ足りないほど。

 だから視野を広げなきゃ。

 そしてその先に見えた景色をカメラに収めなきゃ。


 真央は反省と決意を新たにして、シートに体を預けた。


 ただ、いくら正しい事を言っていようが、やはり目の前の、この軽薄そうな男の事が、真央は何故か気に食わなかった。

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異能レポーターしずくの小さな記事録 右川史也 @migikawa_fumiya

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