完結記念スピンオフ~タエの日常~

 黒肌の民の戦闘員は、団結を恐れた上層部の方針で監獄のような一人部屋しか与えられず、死地に赴くときも、帰ってくるときも、いつも機械にしか迎えられない。

 相棒である戦闘機を収納専用の大型機械に託し、戦闘員用の寮の入口から自分の部屋に真っすぐに伸びる道を歩く。身体に埋められた識別機器が、ここから逃げることを許してくれない。

 ――とはいえ、息が詰まるだけでは自死されかねないからか、戦闘員には一つだけ娯楽を与えられる。俺は希望して、戦闘のない日は映画を観ている。

 字が読めないから、本や新聞は読めない。だから映画にしてみたのだが、映画は映画で難しい表現が多い。最初は何が面白いのかわからなくて眠りこけてしまうことも多かったが、同じ映画を何度も見るにつれ、映像で内容が徐々にわかってくるようになる。そして映像の示す状況から、セリフの内容も徐々に理解できるようになった。

 抑圧すべき対象でしかない俺に、見せられる映画は多くないらしい。だから、何度も何度も同じ映画を見返すことになる。フィルムが擦り切れ、何も見えなくなったころに新しいフィルムが支給されるが、そのころになれば内容を諳んじて言える程度にはなっているのだ。

 そんな俺が、ふと思うことがある。メストス階級のやつらは、もっと面白い映画を観れるのだろうか。戦いに勝利したことと引き換えに与えられる娯楽ではなく、生きているだけで映画を観る権利を有するのだろうか。

 うらやましいとうらやましくないが心の中で共存する。メストス階級は確かに壁と戦闘員に守られ平和を享受しているが、彼らは壁の外の世界も、空を飛ぶことで得られる快感も知ることはない。

 俺自身の人生は確かに閉ざされているが、彼らもまた、真実を見ることがないよう目隠しをされ偽物の幸福に甘んじている籠の中の鳥ではないか。

「可哀想にな」

 俺は呟いた。俺たち黒肌の民と、メストス階級がわかりあうことなんて、きっと未来永劫ありえない。

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【800pv】空域のかなた 春瀬由衣 @haruse_tanuki

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