カビの臭い
「……ということだ。予測にない事態が起こり過ぎたため、作戦は中止する」
「延期ではなくて、ですか?」
作戦状況の定時連絡もなく、生命反応を示す信号だけが送られてくるかと思えば、事前に連絡もなく唐突に帰ってきたメゾンとタタの二機に、作戦本部の面々はただでさえ戸惑いを隠せないでいた。その上、口を開いてみれば作戦中止である。
「巨大生物とタエ機が暴走して事態が混乱しているのはわかりますが……メストス階級を打倒し黒肌の民の権利が保障される政府を築く夢はどうなるんです?」
メゾンの計画には、メストス階級の打倒を伴う革命後の世界も視野に入っていた。狭い土地を、黒肌の民を使って奪い合う世界の不条理を正す。そのために、統一政府を作り人口分布に矛盾のない〝県〟の設置と県知事の選出を行う。県知事は黒肌の民、副知事はメストス階級のうち良心的な市民、そして監査役としてレジスタンスのメンバーを派遣するつもりだった。
革命である以上、間違った政治を行ってきた人間の弾劾と処罰の問題は避けられない。どのように罪と罰のバランスをとるか、暴徒化した一部の団体の私刑と後世の人間に嗤われないように、司法システムの構築まで議論しつくしての決起だったのである。
「メゾンさん? なぜ答えないんです」
貴方が作り貴方が育てた組織だろうに、なぜここでその本懐を遂げさせないのかと非難するような目を、メゾンは直視できなかった。
「わからない――ただ、古代書を読み直す必要がある。アルファという怪物にしろ、救世主の意味にしろ、私は大きな勘違いをしているのかもしれない」
正義というのだろうか。大志というのだろうか。ただ一つの目的に向かって、躊躇や回り道を全く経験せずに、一代で組織を巨大化させ、革命に着手し、その第一段階のメゾン区急襲による特権階級の無力化までこぎつけた人間の、深い迷いを湛えた目に、組織の人間のうち一部は、人間の中身がそっくり入れ替わったのではないかと思うほどだった。
「手伝ってはもらえないだろうか」
メゾンの隣に立つタタも、苦虫を噛み潰したような顔で視線を落とす。落としながら、なんとか機転の利く言葉を探そうとする。これではなにかの不吉な暗喩だ。皆がいるピロティは、三角柱の塔の建物の玄関に設置されている、敵襲に備えた作りのいわば櫓。一階部分が吹き放ちになっており、二階は武器庫なのだ。
混乱と不安が入り混じった玄関ピロティで、押し合いへし合いしながらメゾンに詰め寄る集団をどうやってなだめるか。
「資料室、長らく換気してないからかび臭いだろうが、まああれよ。協力してくれる人間に僕は礼は惜しまないよ」
「……」
衆人の目がタタに向いた。それでもなお、集団は、どうすべきか答えを見いだせないでいた。
「かび臭えも何も、俺たちの身体は機械だぞ? 一定値以上の臭気は
「……あ」
タタの額に汗が噴き出した。恰好をつけようとして、ダダ滑りした形である。
ドッとピロティが沸いた。それは笑い声だった。かび臭さは、瘴気に耐えるため肉体改造を施された彼らには問題にならなかったのである。
「……むう」
クールな皮肉屋で通っていたタタは、頬を膨らませて照れていた。場を和ませる目的は達成したが、達成の過程までは支配できなかった。何だか悔しさも抱えつつ、胸に微かに残る〝不吉な暗喩〟を避けるべく皆を建物の中に誘う。
「ともかく! ともかく、僕たちは疲れているんだ。中に入らせてもらえないかな?」
「あ、これは失礼」
メゾンとタタの前に道が開かれた。二人はその間を通り、古代書の分析チームを簡単に編成した上で、割り振られている個室で仮眠をとった。
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