記憶ー過酷な運命ー
タエは夢を見ていた。そこで生まれた者は大人になれずに死ぬ、人類の住めない穢れた地で、生き延びる術は一つしかなかった。それは何らかの手段で壁を越え、清浄な空気の土地に行くこと。しかしその目論見は、ただ一つの、受け身の事象でしか果たせない。
自分たちだけは分厚い服に身を包み、きれいな空気を吸いながら、黒い肌の子どもたちを物色する大人。稀に来るその大人を、子どもたちは複雑な思いで見守る。
あの大人に連れて行かれれば、清浄な空気の土地にいける。その期待の一方、なにをされるかわからない恐怖もあり、自分たちを虐げる者への恨みもあり。それを踏まえても、なお囚われたいと願う心。
スラムで一番強いのは年長者ではなかった。年を経るごとに身体に毒素が溜まり、徐々に肺を病んで子どもたちは弱っていく。だからといって小さき者が強いわけでもない。力なき乳幼児は殺され、貴重なたんぱく源にされるだけのこと。ろくに育たない草々と奇形で醜い小動物しか食べられない子どもたちにとって倫理は二の次である。
幼くても年長者でも生きられない世界において、年をとりきらないうちに強さを買われて奴隷になる、それだけが生き延びる手段だった。だがタエはその適齢期を、とうに過ぎていた。
どうせ自分はここで朽ち行く定めなのだろう。そう諦めつつ、興味本意で防護服の大人の視線を追っていた。それ自分に止まったとき、信じがたい思いだった。
一歩、二歩、防護服が近づいてくる。差し出された手が救いなのか破滅なのか、当時のタエには知る由もない。――もっとも、それは今もわからないままだが。
防護服は外された。黒肌の民を拾い持ち帰っていくだけの、メストス階級の大人が自分の顔を子どもに晒した。
『君を探していた――君と私は約束をしたい。君はツェーになれ。そして世界を変えてみせろ』
白い肌の特権階級の人間が、黒肌の民たちの前で、進んで瘴気を肺いっぱいに吸い込んでみせた。案の定、彼は勢いよく咳き込み、鮮血を口から垂らす。
『これは、約束だ。君なら、できる。そして君には教えなければいけない。この世の不条理の、元凶を』
彼は言った。ここにいる子どもたちは、元はメストス階級の子どもである、と。
『信じられないっていう顔をしているね。でも君も疑問に感じたことはなかったかい? 大人になる前に人が死ぬ世界で、なぜ子どもの数が減らないのかと。』
大人になれないと子どもを産めないことすら、経験がないためわからなかった。しかし、皆食べることに必死な世の中で人間を増やす行為に割く体力はないだろうとも感じていた。タエは防護服の大人を見つめる。話を聞く価値があると判断しただけのこと。
『君たちは人口抑制計画のうちの一人っ子政策で捨てられた第二子以降の子どもだ。
当時何を言っているか全くわからなかったことを、メゾン区第一空軍の戦闘員として戦功を積むうちに、徐々に理解していった。生き延びられるならと防護服の男の手を掴んだが、やがてタエは約束を心の支えにして戦うようになった。
「……懐かしいな」
そんな日々も、昔と思えるほどに月日は過ぎた。
「やれやれ」
タエは目を覚ました。この眼差しには、今までになく強い光が宿されていた。
「俺はとうとうツェーになれなかった――だから、あなたとは違う方法で、世界を救ってみせる」
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