遺跡ーもう一つの科学ー
ピラミッドの中に踏み入る。音が、消える。急に息さえできなくなったような圧迫感を、なにもない空間から感じる。恐怖の上にあげたはずの声も、聞こえない。タエとメゾンは顔を見合わせ、口をパクパクと動かすだけの双方を目にしては、自分が感じた恐怖が勘違いではないことを確認する。その恐怖で、メゾンとタエは慌てて後ずさる。音が、戻ってくる。二人は胸を押さえて目をむいて、しばらく動けなかった。
「あ…………」
なんと説明すべきかわからない。しかし、確かにそうなのだ。
中では空気が震えない。
発した言葉が、誰の耳にも届かぬ間に消えてしまう。喉は確かに震えているのに。
「これは……?」
「宝を狙う盗賊を殺す施設です」
青年はこともなさげにそう言った。
「……」
「ここに入り体験されたあなた方ならわかるはずです。高度な技術により音の反響を極限までなくしたこの部屋では、人間はいとも簡単に気を狂わしてしまう。音がしない、というただそれだけの細工なんですけど、ね」
喉が震え、唇が震え、発せられた音が、聞こえない。ただそれだけのことが、これだけ恐怖だったとは。
「お陰でこの建物は、何千年も盗掘にあっていません。しかし私たちはその宝の全貌を目にすることができました。かつて我々の先祖がこの土地に居着きこの遺跡を発見したとき、元々耳の聞こえない、
青年は袖のなかから親指の先ほどの小さな器具を取り出す。それはきっかり人数の二倍分あり、二個づつ二人にも配られる。
「これは一種の通信機器です。これを耳につければ、無音の道も従来と同様に話ができます」
半信半疑で二人はそれを耳につける。そうして先ほど入った空間に再び足を踏み入れた。
一方タエは、不思議な感情を抱いていた。機器を耳につけた瞬間、体内を巡った電流のようなものが、タエに現実にはない風景を見せる。
手を繋いだ親子が、四角錘の巨大な建造物と真っ赤に染まった太陽を背景に歩いている、そんな風景。孤児として誰にも頼らず生きてきたタエにはありえない光景でありながらどこか懐かしさを感じ胸が痛む。
「――……ッ」
目の前に広がる光景は親子に焦点が当てられ、その姿は大きくなった。
「メシア」
母親とおぼしき親の口が動いた。音のない白昼夢に、なぜかタエは母親の唇の動きが意味する言葉を“言い当てる”。
「タエ……?」
タエは震えていた。幻影はたちまち霧散し、本来の光景が戻ってくる。地に足をつけている感覚すら忘れていたタエは、足場の悪い場所に立っているようにふらつき、やがてうずくまって肩を抱いた。
「タエ、どうした」
メゾンの心配する声さえも鬱陶しい。タエは自分に戸惑っている。幻影が消えてなお、聞こえる声、それは確かにタエに話しかける母親のものでありながら、タエ自身には全く身に覚えがないものだった。そして、タエはメストス階級にも黒肌の民にもないはずの語彙の意味を知っていた。
「救世主《メシア》、あなたは強くなりなさい。そしてこれから世界が直面する課題を克服するのです。これから土地は毒に侵され人類が生息できる地域は少なくなる。――五百年後あなたは甦り、人類の土地を取り戻すのです」
タエには母親と子が真っ赤な太陽とピラミッドを背景にしている光景をまざまざと思い浮かべた。子の肩を掴み、諭すように言葉を紡ぐ母親が、次にすることは――
真っ赤な光景に、血飛沫が舞い踊る。母親は子の頸動脈を、小さなナイフで真一文字に切り裂いた。子は反抗する間も与えられないまま真後ろに、体中の関節を曲げることなく倒れた。
「あれは……あれが、俺だというのか……?」
タエは意識を失った。
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