意図がわからぬままに

『知りたくはないか……戦わずに済む方法を』

 声がまた、体内に岩を打ったように響く。

「これは――もしや、体内の識別機器と反応しているのか?!」

 苦しげに呟かれたタエの言葉にも、謎の声は遅れることなく追随する。妙に息が苦しい。

『慧眼だ。さすが私が見込んだだけはある』

「見込んだ、だと……?」

『ああ、私は君を見込んだんだよ――それより、早く質問に答えた方がいいんじゃないか? そろそろ君が命を張って守っているメストス階級の豚どもも、君の愛機の異変に気付いたんじゃない?』

 命を軽々しく扱われておきながら、彼らメストスはどう足掻こうと主であって、領土拡充の一番の功労者である黒肌の民たちは従なのだ。死地に赴けと言われれば従うしかない。死ねと言われれば死ぬしかない。

『私を撃墜したことにして、ボスに詭弁でも弄するか? 〝やつらの科学技術は絶対〟だってのに? 君が逃げるだけの私をただ見ているだけだということは大層不審に思われているんじゃないかい?』

 続け様に投げかけられる問いは、タエの体内で確実に熱量を帯びてきていた。タエの身体はすでに自由を失い、意識だけがやっと〝こちら側〟に繋ぎ止められている状態だった。そんな苦しい状態のなか、妙に頭だけは回転する。餓鬼こどものかけっこよりも気の抜けた攻防を見せられて、タエが敵機と〝通じた〟と見なされてしまっていてもおかしくはない。そうなれば、無事帰還したところで憲兵に両脇を掴まれて連行され弁解の余地も与えられずに絞首刑だ。タエ(四)の位に上り詰めた彼とて命は風前の灯火、メストス階級のてのひらの上にあるのだ。

『敵機に妙な術をかけられて動けませんでした、なんてオカルトじみたこと言うつもりじゃないだろうね』

 オカルトの本体が何を言う、そう思ったが無駄口を叩けるほど精神を正常に保てているわけでもない。身体のなかに正体不明の声が響いているのだ。鉦を鳴らされているがごとくに。

 もう何もかもどうでもいい――そういう気持ちが、タエをかろうじて戦場に繋ぎ止めていた。どうせ殺し殺される運命にあるのなら、殺し続けていよう、と。しかし、もし戦わなくてもいい場所があるのなら? これ以上「人を殺したという悪夢」を増やさなくてもいい地平があるのなら……?

 どうせ敵機を撃墜できなかった咎であるじに殺されるのなら、所属不明の謎の声の言葉を信じてみてもいい。そうタエは思うに至った。依然謎の声の意図はわからなかったが。

「俺は――知りたい。黒肌の民の俺が、戦わなくてもいい世界を」

『……まあ、次第点だね』

 意味深な言葉を謎の声が残したころには、タエの意識は身体から完全に抜け落ちていた。それでも、謎の声の力によって、タエの愛機は自然な軌道で飛行を続けている。だらりと全身の力を抜き操縦席に寄りかかる、操縦士にあらざるべき無防備な姿を視認して、謎の声はふふ、と意地悪く笑った。

『まあ、メストスの豚どもの監視システムなんて当の昔にハッキングしたから、今頃彼と私は相討ちの末海の藻屑となったっていうデータが送られているはずなんだけど』

 不審に思われて絞首刑になるくらいならこちらに来い、と脅したやり口は、いわば不必要だったわけである。タエは無事、敵機を撃ち落とした功労者として、そして早くに死んでくれた被差別階級やっかいものとして、丁重に葬られるに違いない。タエにとっては図らずも、〝敵機撃墜の末死亡〟と同じ結果になったわけである。晴れて自由の身となったタエだが、果たしてそれは本当に自由なのか。

『普通の人間なら耐えられないほどの違和感に耐えたことで、つい健気に思えてきてね、つい、嗜虐心っていうの、発露しちゃったなあ』

 タエは完全なはずの監視システムに依然として海の藻屑を見せ続けながら――部品の破損の具合や水面みなもに発生する波紋まで完全に再現し解析部隊が不審に思う点など一つもない嘘の仮想空間だった――タエの愛機を遠隔操縦し、地上でいうなら牽引するような形でその空域を去っていく。

 タエの意識が完全になくなってから、声の主は誰にも聞かれない独り言を漏らした。

「……というのは嘘で、やっと見つけたから一刻も早く連れて帰りたかっただけだ」

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