声は語りかける

「……――」

 奇妙な敵機の思惑を推し量るなんて、無駄なことをした、タエはそう思った。目の前を滑空する敵が、挑発するように散光弾を撃ってきたからだ。被弾しても装甲が凹む程度の銃弾だが、目をくらませ平衡感覚を失わせるという効果がある……ただ、それは並以下の兵士にだけ効く技だ。タエ自身は発射の直前に視線を虚空に流しておいたおかげで視界にダメージを受けていない。

「単に新兵だったというだけのこと、のようだな」

 たまにいるのだ、操縦に不慣れな人間が、誘い込むように逃げる振りをして散光弾を撃ち、相手の目をくらまして撃墜させる。ただ、それは暗黙の了解で卑怯な戦法とされていた。

「腕の未熟な操縦士が、俺なんぞに当たってしまったか。運命を呪うがいいさ、せめて楽に逝かせてやろう」

 せめて、黒肌の民として生まれない未来を――それはタエが一番欲しているものでもあったが――……。

「……ん?」

 再びの、違和感。確かに散光弾を撃ってきては交戦の意思を示したはずの敵機が、一向にタエの後ろに回ろうとしない。

「こやつ……?」

 戦闘機は前にいる敵を撃つようにできている。照準を合わせるにしても集中力が必要だ。自機が生き残り敵機を撃墜させるには、後ろに回って機を見て照準を合わせ、銃弾を撃ち込むしかない。

 しかし、現実として目の前の敵は一向にタエの前をフラフラと蝶のように飛び続け、たまに振り返って散光弾を振りまく。理解不能にもほどがない。

「相討ちか……? 奴が狙っているのはそれなのか?」

 敵を沈めた上で自分も相手に撃墜される。それは、タエにとっては考えたこともない奇怪な行動方針ではあったが、タエ自身も脈絡なく不意に思いつけるだけあって、黒肌の民の境遇を経験した者には馴染む考え方だった。

 相手を殺した上で自分も死ねば、自らが殺した者の断末魔を聞かないままに、罪の意識に長い間苦しむこともなく、それでいて名誉は守られる。敵前逃亡者は墓すら作られない。

「フ……面白い。だが俺は殺されるわけにはいかない」

『〝約束〟のためか……?』

「――ッ?! なんだ?」

 いつもとは違う――いつものテレパシーとは違う。初めて戦闘機に乗り天地が逆転したときに感じたような酔い、いや、違う。もっと何か――身体の最奥に語りかけるような――そんな声。

『そう。君は似た感覚を既に知っているはずだ。初めて君の愛機と身体の識別機器をドッキングさせたときのことを覚えているかい? 機械と自分の彼我の境がわからなくなったろう?』

 タエは失われいく平衡感覚を懸命に維持しようとしていた。しかし、謎の声の次の言葉に、タエは身体の力が抜けた。

『無駄だよ……君はもう操縦能力を失っている。君の機体は私が操っている』


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