第3話 誰かの為の小説

“誰かのために書いた小説なんて、何の価値もない”


これは、僕が昔読んだ本に出てきたセリフだ。

誰かの為に書いた小説なんて、他人が読んでも面白いとも思わない。小説は誰かの為でなく、皆が面白いと思う、つまりは売れる物語を書かなくてはならない。

確かに、小説なんてものは皆が面白いと思わなくては意味がない。そうじゃなきゃ、その物語は誰にも読まれもしないのだから。


ーーあるところに、もの書きの青年がいた。

その青年が書く物語はいつも自分のを主題にしたものだった。

『自分という醜い人間の物語を、もの書きとしての自分で書く』

それが彼の書き方だった。

普段の彼は、物書きの彼から見たらまさに悲劇のヒーローにでも見えたのだろう。

それを物語とすることで、自分という存在を保っていた。

そう、彼が小説を書くのは自分の為だった。

そんなもの、誰も面白いとは思わない。

当たり前だ。他人の悲劇の物語なんて誰が読みたいと思う?

ほんと、価値のない小説だった。


しかし、そんな彼はある日、一人の女性に恋をした。

今までであった中で、この人しかいないと思えるほどの本気の恋だった。

それからの彼の頭と心は、彼女のことでいっぱいだ。

いっぱいでいっぱいで……溜まりに溜まったその想いは自分を変えた。今まで自分の為に書いてきた小説を、今度は彼女のために書くようになったのだ。

その作品の数は2桁を行くほどだろう。

周りから見れば彼は、恋という毒に侵された重症患者だろう。


僕もそれらの作品を読んだが、やはり面白くない。それは本人も分かっていた。

だから僕はある日、彼に聞いた。

「何で、そんなにかけるの?面白くなきゃ誰にも読んでもらえないのに」

そしたら彼はこう答えた。

「たとえ面白くなくてもいいんだ。どうせ三流以下の文章、誰にも読まれやしないよ。ただ……」

それでも彼が物語を書き続けた理由。それはーー

「彼女が面白いと思ってくれれば、それでいい」


あぁ、彼はきっと……


今一度言おう。誰かのために書いた小説なんてなんの価値もない。


その “誰か”を除いては。

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