第3話 あるはずのない後悔

「お前は後悔があるか。」

おっさんが横目で聞いてきた

「そうだな、コーヒーを二杯も飲まされるくらいには後悔はないと思ってる」

「そりゃあ、間違いないな。ここの連中は皆、後悔無しで訪れてきた。今もこれからも」

「何が言いたい」

「無意識に限界を感じたってことさ。疲れた、疲れたなんて言っても、歩けるなら疲れていない。寿命も同じ。無意識のうちに自身の限界、悔いを自身が知ったら終わりだと私は思う。」

人によってそれぞれだと思うが、あながち間違いではないと思った

「私は、体の限界を知らない。病にどれだけ弱いのか、事故をして生きていられる強さもわからない。今だってそうさ、これから歩いて進んでいけるかもわからない。」

君は全身をみたことがあるかと聞かれ、そういえば相手の顔しか見ていなかったから、服装とかも気にしていなかったが、青年もおっさんも自分が来た時と比べて全身が新しくなっているような気もする。自分もそうだ、最初がどうかわからないが、徐々に新品になっていく服を着ている

そうか。代金を払わず帰っていった客も、飲んだコーヒーが苦くもなんともなく思い出が蘇ってきた理由も段々わかってきた

「もしかしてここって」

「ええ、そのもしかしてですよ」

無意識に自身の限界を自身が知った老若男女が立ち寄り、後悔のない喫茶店。

「死んだのか。」

「死因は何だと思いますか?」

「それよりも、ここに来る客は条件に当てはまっている奴だけなのか」

「はい、選別はしておりませんが、通り道みたいなもので」

「変わり者だなとは考えなかったのか」

「初来店の方は皆おっしゃいます。限界は自分で決めるものだろうと」

「でも、世界には早死にする人もいれば生まれる前に亡くなる子もいる。そんな方に限界なんて決めれるのでしょうか」

「答えはでたのか」

「もちろん。自分で決めるのも決まっているのを理解するのも、人それぞれですから。手遅れだなんて思うときは一切ありません。」

「これから、貴方も青年もおっさんも来店する日が来ると思います。次もきっと来てくれると信じています」

自分の中で何かが変わったわけでもない。強いて言えば説教された気分だ。自分がどういう人間だったのかも、何で死んだのかもわからない。今じゃそんなことも気にしない。ただ、皮肉だとは思わなかった。この喫茶店の客は皆同じことを思っているから。

「そろそろ、行くよ。」

青年とおっさんが答えた。自分も行かなくては。

「心もとないですが、仕方ありません。またのお越しお待ちしております。」

「思い出させてくれてありがとう」

店主は笑顔で見送った

カウベルを鳴らし、喫茶店を振り返った。

“喫茶 リグレット”の旗がゆらゆらとなびいていた。

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店主の笑みの裏には 西ノ宮 亮 @syuzi0080

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