一節 愛に飢えたけもの

No.4 さすが男子だね

 俺、桜井新の朝は早い。五時には起床し、まずは顔を洗う、そして身支度を整え台所へ向かう。母親も父親も他界してしまったため、食事含め、家事はすべて自分一人で行っている。

 まず、弁当用の卵焼きや、唐揚げを揚げる。同時並行で朝ごはん作りに取り掛かる。毎朝、目玉焼きとトースト、コーヒーと決まっていて、料理を始めたころより腕は、上達していると思う。しかし、今まで誰にも食べてもらう機会が無かった。友達いないからね。

 

 しかし、今日は二人分の朝ごはんを用意する。昨晩から俺の家に住むことになった聖少女エイラのものだ。

 あの後、無事退院をし、自宅に帰ろうとしたとき、一緒に住むことを懇願された。俺は結構必死に拒んだのだが、悪鬼が来たとき一緒じゃなきゃ困るだとか、いろんな理由で結局押し切られてしまった。悪鬼を倒すことに関しては、一度引き受けてしまった手前、文句は多少あれども飲み込むが。一緒に住むのはいろいろと困る。ほら、男子だし。一応武器だけどあんなに可愛いし。

 おっと、いかんいかん。朝から浮かぶ邪念を振りほどき、エイラの部屋に向かう。元は両親の寝室だったが、物置になってしまっていた部屋を渡した。

 

 ドアを開けると、いつもの埃っぽい臭いは無く、女の子特有の少し甘い香りが鼻をくすぐる。ちなみに、女の子の部屋に入るのは、これが初めてだ。大丈夫なの、足を踏み入れて。足を踏み入れた瞬間、地面から針が出てきて、ぐさっといったりしないよね。

 

 「起きろエイラ。朝だぞ」

 布団にくるまっているエイラの体を揺さぶる。昨日、朝ごはんを一緒に食べたいから起こせと指示されている。人使い荒いよ。

 「起きろって、朝ごはん出来てんぞ」 

 さらに揺さぶる。


 だめだ、全然反応が無い。まるでしかばねのようだ。

 こうなれば、仕方がない。残酷だが、強硬手段をとろう。

 

 「起きやがれぇぇぇ!!」

 俺は、叫び声と共に、毛布を無理やり引きはがした。


―――――――――――――――――――――――――――――――


「マスターはなんて残酷なのでしょうか」

 エイラがふてくされた顔で、朝ごはんを頬張る。布団を引っぺがされたことをまだ怒っているらしい。

「仕方ないだろ。全然起きなかったんだし」

 俺も同じく、朝ごはんを口に含む。うん、美味い。


「ごちそうさまです。マスター。とっても美味しかったです」

 そう言って食器を運ぶエイラ。自分の料理を美味しいと言ってもらったのは初めてなので、嬉しい。自然と口が綻ぶ。


「マスター、なんでニヤけてるんですか。気持ち悪いですよ」

 

 ひどくない。この天使。


 学校に行く支度を終え、玄関に向かう。だが、なぜか後ろにはエイラがいた。

 「なんで付いてくるんだよ。学校行くんだけど」

 「はい。私も行きます」

  これ、昨晩と同じパターンだ。このままでは押し切られてしまうだろう。しかし、俺は前回の敗北から学んだのだ。

 「エイラ。悪鬼が心配な気持ちも分かる。だけどな、俺にとっては勉強も同じくらい大切なんだ。分かってくれ、な?」

 これだ。彼女だって天使だ。誠心誠意お願いすれば、聞いてくれるさ。

 「嫌です。マスターと離れたくありません」

  秘儀上目づかいの発動。それに加え、少しうるんだ瞳。切なげに掴む俺の制服の裾。庇護欲を掻きたてられる声。どれをとっても完璧な美少女がそこにいた。

 

 脳内でコングが鳴り響く音が聞こえる。K.Oだ。

 完全にノックアウトされた。

 何も言えず立ち尽くす俺に対し、エイラは

「マスターはちょろいってやつですか?」

と、意地悪な笑みを浮かべていた。

これは天使というより、小悪魔だな。


――――――――――――――――――――――――――――


 授業が終了し、帰宅しようと下駄箱に手をかけたとき、担任に呼び止められた。

 「おう、新。ちょっといいか」

 「はい。何でしょうか。もしかしてまた手伝いですか」

 そうなのだ。この教師、事あるごとに面倒事を押し付けてくる厄介な存在なのだ。

 「俺の管轄の数学資料室の掃除を頼みたくてな。お前一人じゃ大変だから、もう一人頼んであるぞ」

 「え、誰ですか。出来れば一人でやりたいんですけど」

 「大丈夫大丈夫。学級委員の湯浅だから、きっと仲良くなれるぞ」

 だから、そういうのがやなんですって。なんて、抗議をしてもきっと無駄だ。俺が友達いないのを心配して、おせっかいを焼いてくるのもこの男のやっかいな所だ。

 こうなっては、仕方ない。気乗りはしないけどやるしかない。


「マスター、大丈夫ですか。女の子と二人でお話しできますか?」

「出来るわけ無いだろ。相手に任せるよ」

「情けないですねーマスターは」

 うるせぇ。ほっとけ


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あ、来た。桜井…君だよね。私、分かる?湯浅真美ゆあさまみって言うんだけど」

 数学資料室には、すでに湯浅がいた。学級委員として、クラスの中心に立ち、っ男女ともに好かれる優等生。おまけに顔もいい。

 俺に対しても、他の子と変わらない笑顔を向けてくれる。不覚にもドキッとしてしまう。

 「マスター?ニヤけてますよ」

 エイラがジーとこっちを見てくる。

 

 「あ、ああ。分かるよ。もちろん。同じクラスだし、学級委員やってるし」

 平常を取り繕って答える。さっきからエイラの目が痛い気がするけど、気にしたら負けだ。


 「そう?よかった。憶えてもらえててよかった」

 「そ、それにしても掃除が大変そうな部屋だな」

 部屋を見渡す。全体に物が散乱しており、床は埃が積もっている。窓は傷だらけで、長らく使われていなかったことが分かる。さすがあのズボラな先生が管轄していた部屋と言ったところだ。

 「そうだね。協力してちゃっちゃとやっちゃおう!」

 湯浅は大きく手を上げる。その元気につられて、俺も一緒に手を上げた。


「じゃあ、私は床を拭くね。桜井君は、重いものを外に出してもらっていいかな」

「ん、了解」

 そう言い俺は、大量に積みかさなっている、段ボールの山を崩し始める。彼女は、黙々と床を拭き始め、俺はその手際の良さに驚いた。


「湯浅は普段から、家事とかするのか」

「まあね、元から綺麗好きで、掃除とか好きなの」

 彼女は手を動かしながら答えた。陽気に鼻歌も奏でている。

 俺も負けじと、作業に没頭した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「すごいきれいになったねー」

 二時間ほどの掃除で数学資料室は見違えるほど綺麗になった。俺も出来ることはやったが、大方は湯浅の力だ。テキパキと仕事をする姿は、凛とした優等生像そのものだった。


「集中してやったからな。まあ、けどほとんど湯浅のおかげだよ。ありがとう」

「いいや、桜井君のおかげで力仕事が無くて楽だったよ。桜井君細くてスラーっとしてるのに力もしっかりあるんだね。さすが男子だね」

 彼女は全力の笑顔を向けてくれた。人と話すことが苦手な俺にも、積極的に話しかけてくれたおかげで、後半は楽しく会話することが出来た。ここまで話しやすいのは、湯浅の人柄なんだろうな。


「結構暗くなっちゃったな。送ってくよ」

「ほんと?じゃあ、お願いしようかな」

 俺は、奥で暇そうに座っているエイラに、目配せしそろそろ帰ることを伝える。エイラは掃除中ずっと暇そうにしていたのだから、先に帰ってればいいものを、ずっと待っていてくれた。


「じゃあ、荷物取ってくるね。げた箱で会おう!」

 湯浅は、元気よく飛び出していく。

「エイラ。悪かったな、またせて」

 誰もいなくなったので、エイラに話しかける。

「いいえ、いいですよ。マスター頑張ってましたし。掃除だけじゃなく、会話も」

 エイラが意地悪く笑った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「このあたりで、いいよ。大丈夫」

 学校から少し歩いた先で湯浅は言った。街灯が少なく、暗い道がずっと続いている。少し不気味な道だ。

「そうか。じゃあ、また明日学校で」

 俺はそう言い振りかえり、家の方向に歩みを進める。


「ねえ、桜井君」

「どうした」

 湯浅が俺を呼び止めた。下を向き、何か言いたげな湯浅からは、さっきのような明るさは感じられなかった。まるで、夜の闇に同化したような、黒。街灯が、ついたり消えたりと点滅を繰り返している。虫が街灯にぶつかる音が、小さく響き、不思議と不安な気持ちに包まれた。


「やっぱ、なんでもない。気にしないで。じゃあ、また明日」

 一瞬で、いつもの湯浅に戻った。彼女は笑顔で走り去り、遠くで振りかえり大きく手を振った。俺は、さっきの湯浅の顔が脳裏に焼き付いていた。                             

                               つづく

 

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