No.3 俺が解放してやる

え…?悪鬼…?


 こんなもの初めて見た。全身を黒に染められた人型のそれは、微かに呻き声を上げながら、俺を見下ろしていた。あまりにも強すぎる負の感情に包まれており、見ているだけで嫌悪感で吐きそうになる。


 体が、動かない。震えで体が支えられず、尻もちをついたような形になってしまった。


 だが、悪鬼は俺を攻撃せず、ゆったりとした動きで歩きだすと、路地裏の奥へと進んでいった。


「大丈夫ですか!急いで追わなきゃ、あの不良たちが危ないです!」

 天使が駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫。大丈夫だ。あいつがさっき言ってた悪鬼ってやつか」

「そうです。そして私たち聖少女ワルキューレがあれを日々、討伐しています」

「じゃあ、お前、あいつ倒せるのか」

 天使は下を向きながら首を振った。

「いいえ、私だけでは倒せません。さっきも言いましたが、私たちはあくまで、武器でしかないんです。使用者がいないことにはどうしようもない」

 適合者が…とか、授業中に話していたことを思い出した。つまり、今から俺は、この天使を使ってあいつを倒すということか。

 俺に、出来るのか…?


「迷っている時間はありません、向かいますよ」

 天使は返事を待たずに、俺の手を引っ張り、路地裏の奥へと歩みを進めた。


――――――――――――――――――――――――――――

 

 着くとそこは悲惨な光景が広がっていた。

 「やめろ、やめてくれ。何なんだよ。お前ぇぇぇ」

 不良グループの一人が首を絞められ掲げられている。泣きながら助けを請うその様子からは、先ほどのような威勢は無い。

 鉄のような臭いと悲鳴に包まれた空間はまさに地獄と呼ぶに相応しい。


 天使は、手を前に出した。 

 「マジック『ファイヤアロー』」

 そう唱えると、火の塊が飛んでいく。それは、見事に悪鬼の背中に命中し、こちらを向いた。まったく効いていないようだが、意識をそらすことには成功したようだ。

 不良たちは、その隙にさらに奥に逃げた。


「今から私が言うことを続けて言ってください。って聞いてますか。ボーっとしていないでください。私が守るのもそろそろ限界です」

「あんなのと、どうやって戦えばいいんだよ」

 喧嘩はおろか、人を叩いたことすら無いんだぞ。あんなヤバそうな奴相手に俺が出来ることなんて、一つもない。

「大丈夫。私を信じて下さい。あなたを見つけたのはきっと偶然なんかじゃありません。神様が導いてくれたのでしょう。神様はほんとにいるのですよ?私、天使ですもん。きっとあなたにしか出来ないことだから、私とあなたは出会ったんです」

 彼女は、微笑む

「それに、あの少年。と言っても悪鬼に飲み込まれてしまっていますが。このままでは、意識は完全に消滅して、永遠に帰ってくることはありません。まだ、間に合います。私とあなたの力であれば、彼を助けることが出来ます」

 

 悪鬼がこちらにゆっくり近づいてくる。しかし、途中で大きな雄叫びを上げたかと思うと、頭を抱え蹲ってしまった。何か、小さく喋っているのが聞こえる。

「なぁ、ンで。僕ば、、っカり。つ……い。たす……ケ、、、て」

 少年の心の声だ。彼は、今も必死に助けを求めている。日々、搾取され続ける生活に心を痛め悪鬼に落ちてしまった。彼は、なにも悪いことはしていないのに。しかし、彼も戦っているのだ、必死に悪鬼に抗っているのだ。

 助けられる可能性があるのに、見捨てるのは違うだろ。

 こうなる前に救ってあげられなかった、償いをしよう。


「教えてくれ、天使。俺は、何をすればいい」

「そう言ってくれると、思いました。私の後に続けて言ってください」


『我、聖少女エイラと適合者の盟を結ぶ。悪しき鬼を打ち滅ぼす力を我に授けよ!』


 瞬間、まぶしい光に包まれた。

 光が晴れると、右手には白銀に輝く長槍が握られていた。槍は、電撃を纏っており、白銀と相まって、美しく輝いていた。

 エイラはこの槍に変化をしたってことか。

 「はい、そうです」

 うわ、びっくりした。脳内に直接響いてくる。もしかして考えてることが聞こえてるのか。

 「もちろんです。私はもうあなたの一部ですから。一緒に戦いましょうマスター

 そうなのか。不思議なシステムだ。


「来ます。警戒してっ!」

 悪鬼は、立ち上がりこちらに向かってきた。そして、大きく右手を振りかぶると、地面めがけて叩きつけてきた。

 俺は後ろに下がって回避をしたが、叩きつけられた地面が抉れクレーターのようになっている。この攻撃、振りは遅いが、当たったらひとたまりもなさそうだ。

 俺は、全力で走り悪鬼の後ろに回り込むと、高く跳びあがり背中を駆け上がる。

 (捉えたっ!)

 そのままの勢いで、首筋に槍を突き立てる。深くまで刺さった槍から電流が流れ、悪鬼が痛みに暴れだした。

 手を大雑把に振り回し暴れまわる様子は、泣きじゃくる赤子のようだ。

 「もう一発、くらえ!」

 首元の槍を抜き取り、落下しながら悪鬼の正面を切り伏せた。血のようなものはでないが、傷口から黒いオーラが染み出ている。たちまち傷は再生し、元の形に戻ってしまった。

 おっと、どうしよう。一気に破壊するか?

 「体の中心、人間で言う心臓の位置に核のようなものがあります。それをこの槍で穿つことで、少年の心を救いだすことが出来ます」

 なるほど。分かった。心臓の一点狙いで行こう。

 悪鬼は怒っているのか、体ごと突っ込んでくる。

 さっきと同じように避けようとしたその時、悪鬼は大きく手を横に広げ、俺の頭を捕えた。そのまま、壁に叩きつけられる。

 「無事ですか!」

 天使が、声を荒げる。壁に頭を打ちつけられ脳が揺れる感覚がある。口から空気が漏れる。肋骨に折れたような痛みを感じる。

 「くっそ、一発でこれかよ」

 エイラの加護だろうか、通常の状態なら今頃バラバラだろうな。

 だけど、これで上手くいった。


 悪鬼は、追撃のため俺を壁から離そうとする。しかし、体が動かない。まるで、体が何かに固定されているかのように。

 

 壁に叩きつけようと手を広げたその時、核の部分が無防備になった。そこに槍を刺そうとしたのだが、悪鬼の勢いが余りにも強く、止めることは出来なかった。

 しかし、核に確実に槍を刺すことが出来た。

 顔を掴まれたまま、俺は刺さっている槍を全力で引き抜いた。


 悪鬼は、一瞬抗うような姿勢を見せたが、間に合わず。大きな咆哮と共に、消滅した。倒れた悪鬼の中から、あの少年が意識を失った状態で現れ、悪鬼の完全な消滅を確認した。


 「やった…みたいだな」

 「すごい。すごいです。初戦でこんな」

 「とりあえず、救急車って。あ、ダメだ」

 「え、マスター。マスター!」

 

 俺は意識を失った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「…スター、マスターってば。起きて下さい」

 目が覚めるとそこは病室だった。

 「あ、やっと起きましたね。二日間も寝てましたよ。大変だったんですから、あの後」

 エイラの話によると、俺はあの戦いの後そのまま倒れこみ眠ってしまったらしい。救急車を呼ぼうにもエイラは人には見えないので、霊感のある人間を必死に探し、無理やり誘導したそうなのだ。

 あの路地裏には幽霊がでると、噂になっているらしい。

 

「まったく、ひどい話ですよね。幽霊だなんて。私は聖少女です。一緒にしないでください」

「まあ、仕方ないだろう。見えないならどれも一緒だ」

「マスターまでそんなこと言うんですか。というか、マスターはなんで見えるんでしょうね」

「それが、全く心当たりが無いんだよ」

 霊感があるわけでもないし、ましてや天使なんてみたことが無かった。

「んー、まあ、考えても分かんないですし、気にしないにしましょう」

 考えることに飽きたのか、めんどくさそうに言う。もうちょっと頑張ってくれよ、自分のことだから気になるのに。

 そう言えば。あの少年はどうなったのだろうか。


「あの男の子だったら、無事です。昨日退院しました。と言っても天界の記憶置換かかってるので悪鬼になった記憶はありませんけどね。あの不良グループたちも」

「二日間も家に帰らなかったのに、誰も心配してないのもそれが理由か」

「まあ、それもありますけど、マスター友達とかいないんですか?記憶置換部の友人が、マスターの記憶いじってもいじんなくても、みんな違和感持たないって憐れんでましたよ」

「そんなひどいこと言わないで!」

 俺は、天井に向かって叫ぶ。届け、天界へ。


「大丈夫ですよ。あの少年なら。彼は強く成長します。たとえ、忘れてしまっていたとしてもあなたに救ってもらったことは、残りつづけますから」

「そうだな。それならよかった」

 彼は、きっと強くなる。もう二度と負の感情に支配なんてされないだろう。また、どこかで会いたいな、と思った。


「ところで、エイラ。お前もう天界に帰るのか?」

「いいえ、帰りませんよ」

「え、なんでだよ。悪鬼を倒しに来たんだろ」

「言ってませんでしたっけ、悪鬼十体倒さなきゃ帰れないんです。追い出されたので。ということで、これからもよろしくお願いしますねマスター!」

 にこやかにほほ笑む

「詐欺だーーーーーーーー!」


 まったく。こいつのせいで騒がしい人生になりそうだ。


――――――――――――――――――――――――――――――


「隊長。少しお話したいことが」

 彼女が持っているのは、報告書だ。二日前に起きた、悪鬼発生事件。発生した直後に、討伐隊を派遣したものの、到着する前に悪鬼反応が消失するという怪事件だ。

「何だ。何か分かったのか」

「はい。それが…。」


「何だとっ!」

 驚きのあまり声が大きくなる。あり得ない、そんなことは。人間が聖少女の適合者になった、だと。そんな事例は今までなかった。

 我々聖少女が見えるほどの強い霊力の持ち主が、下界にもいるということか。


「先日追い出された、エイラ第三王女によるものだと思われます」

 何ということだ。あのエイラ王女が?

「これは、機密情報とする。私とお前だけのものだ」

 お父様も、無茶をしたものだ。いくら、エイラ様の身が危ないからと言って、一人で下界に下ろすとは。これが、公になれば、またエイラ様が狙われてしまうかもしれない。しばし、様子を見よう。

「そこでだ、お前に特別任務を与える。地上に降り、エイラ王女と適合者である桜井新の監視を命じる。頼んだぞノエル」

 ノエルと呼ばれた少女は、大きく敬礼をする。


 桜井新。どんな人間なのか。しっかり見届けさせてもらうぞ。



                                つづく

 



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