No.2 あなたしかいないんです

 優雅だ。とても穏やかな昼下がり、俺、桜井新さくらいあらたは静かに古典の授業を受けていた。五時間目の授業ということもあり、数人か眠りの世界に落ちた生徒もいるみたいだ。

 高校二年生の春が終わりを迎え、夏に向かおうとしている今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。俺は、変わらず元気です。

 ふと、窓の外を見てみると、校庭でサッカーを行っているのが見える。教室まで届く掛け声に、青春の香りを感じた気がした。

 ああ、いい午後だ。


「ちょっとー、聞いてますー?」

 こいつさえいなければ。


 何とこの天使、昼休みから付きまとっては、ずっと話しかけてくる。しかも、ただ話しかけてくるだけならまだしも、ひたすら周りを浮遊し続けるのでとても邪魔だった。翼の出し入れは自由らしく、さっきから出したり引っ込めたりと非常に鬱陶しい。他の奴には見えてないらしいが、さすがにもう無視も限界になってきた。


「なんなんだよ。さっきから」

 授業中なので小声で話す。


「やっぱ、見えてたんじゃないですか。反応してくださいよ。まったくもー」

 あざとく頬を膨らませて怒る。こんな幼稚な怒り方も、可愛く見える。『可愛いは正義』とは本当のことだったのか。

 彼女は、美しく流れる金髪をたなびかせながら、続ける。

「あなたの力が必要なんです。私が見えているってことは、適合者の資格あるので、安心してください。というかあなたしかいないんです」

「適合者?なんだそれ、悪徳商法かなんかなの?よく考えれば、こんな可愛い子が俺と話してくれるなんて、あり得ないしな。詐欺と言われても納得してしまう」

 我ながら捻くれた性格してると思う。


「可愛いだなんてそんな…。自分で言うのはまだしも、人に言われたのは初めてです。なんか気恥ずかしいものですね」

 恥ずかしそうに頬を掻いている。てか、自分では言うんだね。まあ、可愛いからいいけど。


「あなたには、悪鬼を討伐してもらいます。私と一緒に。私の持ち主として!」

 そう言いながら俺の手を握ってくる。やめて、そういうの、耐性ないから。


 いまいち理解していない俺を見兼ねたらしく

「んー、説明するより実際にやってみたほうが分かりやすいかもですね。じゃあ、早速行きましょう」

 そういうと、彼女は、握っていた手を離すと、教室の天井に向けて掲げた。

「マジック『テレポート』!」

 掛け声と同時に、一瞬の浮遊感を感じた。その瞬間に広がったのは、教室の景色では無く、この町の駅前広場だった。


「え、駅?なんで、ここに」

「説明は全部後でします。行きますよ!」

 俺の優雅な午後は、しばしお預けになりそうだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――

  

 「てか、大丈夫なのかな。クラスとか。急に消えた俺を不思議に思わないかな」

 「そこんとこは、ご心配なく!天界には記憶置換管理局があるので、そこにまかせとけば大丈夫です」

 怖っ。常に見られてるってことかな。天界なんて、ほんとにあるのだろうか。だが、さっき起こったテレポートは紛れもない現実だった。


 「いました。あの男の子ですね」

  彼女が指をさした先には、下を向いて歩く少年がいた。しかし、様子が明らかにおかしい。真っ黒なオーラ、負な感情に支配されているのが


 「あれは、まだ悪鬼にはなっていませんが、後ほんの少しの刺激で体現してしまうでしょう。今のうちから対処しておきましょう」

 「対処って言ったってどうすれば」

 「話しかけてきてください」

 「何言ってんの?」

 「だから、話しかけてきてください。そして悩みを聞いてあげるんです」

  知らない人に話しかけるの?無理だよ、ぼっちなめんな。


 「まどろっこしいですね」

 「ちょっ、やめ」

  天使に引っ張られ、無理やり少年の前に立たされる


  少年は知らない男に対し、とても警戒している様子だ。無理もない、この子に天使は見えてないんだし、一人でしゃべっている変な奴に見えるだろう


 「や、やあ。元気?」

 なんだそれ。明らかに元気じゃないのに聞いちゃったよ。

 

 「え、えっと。誰ですか、あなた」

 「そりゃそうだ。しかたない。君の、知らない人を警戒するその精神はとても正しい。昔、俺は知らない女子に優しくされ、その行為を好意だと勘違いしたという苦い過去がある。きみはこうならないように警戒するんだぞ」

 「は、はぁ。そうですか。もういいですか。僕ちょっと用事あるので、これで」

  

 行ってしまった。

 

 「まったく。何をやっているんですか」

 「仕方ないじゃないか。こういうの苦手なんだから!」

  えなりかずきみたいになっちゃったじゃないか。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 「おらっ!金、もっと持ってるだろ。お前んち金持ちだもんなあぁ」

 急いで後を追ってみると路地裏に辿り着いた。そこで、さっきの少年は不良グループに囲まれ、暴行を受けていた。


 あまりに、悲惨な光景に思わず身が竦んでしまう。

 

 「もう無いんです。本当です。父の会社も今経営難で、ほんとにお金がなくて。ごめんなさい。ごめんなさい」

 「つまんねぇの。金持ってないお前に価値なんてないから」

  不良たちは、キャハハハといやに響く笑い声と共に、路地裏の奥へと消えていった。


  やっと動けるようになった俺は急いで駆け寄った。少年は一言も発さず、うずくまっていた。

 「大丈夫か!怪我は、してるよな。ごめん、なにもしてあげられなくて」

  少年は、目を開けるのもやっとのようで、全身にあざが広がっている。あんな短い時間で、ここまでの怪我はできないだろう。日頃から暴行をされているに違いない。


 「今、救急車呼ぶからな。頑張って耐えてくれ」

  そう言って携帯に手をかけたその時、少年のまとっていた黒いオーラが急速に成長する。あまりにも大きくなった負の感情は、限界を迎え大きな衝撃波を生んだ。あまりにも強い衝撃は周りのモノを一斉に破壊した。


 「マジック『シールド』!!」

 天使が唱えた魔法によって、ぎりぎり当たらなかったが、壁のコンクリートがえぐれるほどの威力だ。当たっていたら、粉々になっていただろう。

 唐突に訪れた、死の恐怖に呼吸が速くなる。


 「早く下がってください。悪鬼が!」

  え…?悪鬼…?


 見上げるとそこには、二メートルを超える人の形をした異形の化け物が立っていた。

  

                                  つづく

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