153偽勇者討伐戦

 十倍に迫ろうかという戦力差の中で、ルクレリアが真理を言い放つ。

 目に見えて殺気立つ偽勇者たちを見ても、ルシルも嘆息するくらいで止める素振りはない。

 腕っぷしで成り上がろうとする彼らが、言葉で懐柔できるわけがないと知っているからだ。

 ただ、それでも結成の目的や組織運営の未来など、穏便に聞き出せるに越したことはない。


 それがシエルの交渉だった――が、残念ながら相手の弁が立ちすぎる。

 彼女の挑発に全く乗らず、何なら背後が殺気立つ姿すら眼中にない。

 のらりくらりと逃げられて時間を浪費するだけだろう。

 それこそ最初から、互いの主張が相容れないのを見抜いていそうである。


「なんや、選手交代か?

 それにしても正義の味方ゆうしゃを名乗るわりに随分と簡単に暴力に訴えるんやな」


「あたしは勇者なんかじゃない。ただの討伐者だ」


「討伐……って、あぁ、ギルドの? なんやあんたも戦闘屋かいな」


「何とでも言え。それにシエルも『勇者あたしたちにつけ』って誘っただろ。断られちまった以上、交渉の余地はなくなった」


「そりゃ横暴ってもん――」


 ――ガッ!!


「……邪魔すんなよルシル」


 ルクレリアが踏み込む瞬間、ルシルが首根っこを掴んでぶら下げる。

 後一瞬遅れていれば、神速の拳がクレイバーの顔面を爆散させていただろう。

 ジト目でぶらぶらと吊られるルクレリアに、ルシルは


「この下手くそが! 顔が潰れるだろ!」


「えっ、軽くはたくつもりだったけど……」


「もう闘技場の惨劇を忘れたのか?

 お前は『軽く』でCランクの魔物を圧倒するだろ。もっと自覚しろ」


 そう言ってぺいっと横に放り投げる。

 またも選手交代を果たした彼らに、クレイバーが呆れて額に手を当てる。

 交渉の場で何をじゃれ合っているのか……外野から見ればそんな風に受け取られるのだ。


「すまんな。こっちのじゃじゃ馬が痺れを切らして」


「かまへんよ。で、結局力ずくがお望みか?」


「そうだな。手っ取り早くいこう。勝った方が『勇者』だ。シンプルだろ?」


「そりゃまぁ、たしかに。でもその勝負、こっちに受ける理由はあらへんで。別に――」


「たしかに辺境でちょろちょろするくらいならな」


 ルシルは話を遮った。

 相手の言い分を聞く時間は終わった。

 だから勇者側こちら通達・・するのだ。


「だが残念なことに上手くやりすぎたな。本物の勇者ホンモノが『取り締まり』に来るほどに」


――何故だか気温が下がった気がする。


「……そう言って吹っ掛けて来るヤツが居なかったとでも?」


「たしかに。自称有名人のほとんどは見分けがつかない。

 実力を見せられる状況が限られてるからな。だが、勇者だけはただ一つ単純明快な答えがある」


――何故だか身体が震えている気がする。


「違う点?」


「『敗北は許されない』 ってことだ。

 負けた時点で勇者を名乗れない。まぁ、負ければ死んでるしな」


――何故だか、クレイバーは膝の力が抜けるような気がしている・・・・・・


「……そりゃぁ、随分と過酷な使命やな」


「だから素直に投降するなら話を聞いてやる。

 お前が信じる勇者が変わらないなら掛かってこい。どうだ。とても勇者らしくて優しい選択肢だろ?」


 シンプルすぎる理由と行動。ゆえにその覚悟と自信がストレートに伝わってくる。

 実際に相対するクレイバーが、そのことを一番理解させられ――勇者かもしれないとさえ思わされている。

 そんな彼が次の行動を選択する前に、状況が動いてしまった。


「調子にのんなよゴロツキが!」


「おいやめ――」


 痺れを切らした偽勇者側の一人が剣を抜いた。

 四肢の虚脱感を抑えるのに必死なクレイバーの制止も虚しく空振り、血の気の多いゴロツキ共が走り出した。


「いいね、分かり易くなってきたな」


 ここへは事情聴取に来ているのだ。数打ちとはいえ、剣を使えば殺してしまう。

 ゆえに選ぶべきは無手。そして彼には『不得意』など存在しない。

 ルシルは自然体で敵を待つ。


 戦いにおいて実は最も簡単かつ重要なのは『思い切りの良さ』だ。

 躊躇を刃に乗せてはいけない。鈍った意思で振れば、間違いなくしっぺ返しをくらう。

 相手を殺してしまう可能性までもを呑み込んだ者でなくてはいけない。

 当然、その不幸は自らにも襲い掛かることを重々承知している必要があるが。

 その点、偽勇者たちは『殺しが許されている山賊』を相手にしてきた。

 踏みとどまるべき躊躇いなどなく、剣には間違いなく殺意が乗っている――が、それがいつも届くとも限らない。


 身を投げるような全力の振り下ろし。

 力と速度の乗った攻撃を、ルシルはそれを上回る速度で懐に侵入。

 よれた軽鎧へ神速の突きを放てば、


 ――ガオンッ!


 周辺の大気を巻き添えに、簡素な鎧がひしゃげて真後ろに切り揉みして吹き飛んでいく。

 そうして草原の終端。生垣の壁に消え、勇猛果敢な第一人者は脱落した。


「おらぁっ!」


 そんな一人目の惨状に目もくれず、二人目が横薙ぎを放つ。

 攻撃後に訪れる大きな隙を狙った斬撃が迫り来る。数で押すなら『間髪入れず』が正解だ。

 そういう意味ではみな思い切りがよく、何なら十分に戦闘集団をしている。

 だが――それもルシル以外が相手ならば、だ。


「よっ、と」


 軽い調子で手の甲を振り上げただけの動作で、手入れの雑な剣を根元からへし折った。

 宙を舞う剣身を、振り上げた手で迫る三人目のブーツ目掛けて叩き落とす。

 ザクン、と地面に突き立つ剣身は、踏み込みの足と薄皮一枚の距離。

 つまりは靴を地面に縫い付けたのだ。


 ――バカンッ!


 硬質な装備同士の激突音。

 呆気に取られる二人目を、片足が拘束された三人目に向けて肩で押し出した結果である。

 激突で目を回すのに加え、固定されていた靴は引きちぎれて二人まとめて仰向けに倒れ込む。

 すぐ前の二人が瞬殺されたことに思わずたたらを踏んだ四・五人目の視界には、ルシルの手が全面に広がっていた。


 ドンッ!


 それぞれ顔を掴まれた二人の後頭部が地面に叩きつけられた。

 余りの速度に宙に残っていた足が後からパタン、と落ちるのが物悲しい。

 これがほんの数秒の出来事。

 山賊狩り……対人戦を数多くこなしてきた戦闘集団プロフェッショナルが、ただの一人を相手にだ。


 これにはさすがのクレイバーも絶句する。

 というより何一つ目で追える速度ではない。

 ただ結果だけを小間切れに発見したようなものだ。

 先走った者たちのそんな惨状に、『加減しろよ』と笑っていた者たちの意識がバチンと切り替わる。


 アレはマズイ・・・・・・、と。


 そんな視線を一身に受けるルシルは、余裕を見せるかのようにゆったりと立ち上がる。

 好感を抱かせる男の印象ががらりと変わっていた。

 押し寄せる威圧感プレッシャーは、敵対してはいけない強大な魔物を相手にしているようである。


「まぁ、あれだ。戦端は開かれた。後悔しない選択をな」


 ルシルはヘラっと笑い、腰を少し落として半身になった。

 右腕を前に差し出して構え、手は握らず、さりとて開かず。脱力を維持して相手を待つ。

 ここで退くならシエルに交代になる。

 だがこんなことで下に就くのなら、こんなところで破天荒な生活に身を投じていないだろう。

 そんなルシルたちの予想を裏切らない。


 恐怖に駆られた行商人・・・が、背後からクロムをガッ、と羽交い絞めにして距離を取る。

 名前は何だったか……ルシルはそんな抜けた感想を抱いていた。


「お前ら何なんだよ! お前らが勇者であってたまるか!

 俺が、俺たちが! どんな思いで勇者を見つけたとっ!? 何でもいいから忠誠を誓えよ!!」


 縄切り用にでも使っている匕首あいくちをクロムの首筋に突き付ける。

 有り体に言えば人質だ。

 どうやらこらえ性がなかったのは、ゴロツキだけではなかったらしい。

 いや、もしかすると行商人に扮したゴロツキだったのか。


「とんだ正義の味方だな」


 ルシルは一瞥だけ送って嘆息する。

 正義とは、『大衆が賞賛する働き』だ。

 とてもあやふやで、ふわふわしていて捉えどころがない。

 ゆえに選択肢は無限であるにも関わらず、手段を選ばされる・・・・・のが正義である。

 当然『自らが被害者を作る』ような人質などもってのほか……まぁ、必要悪を演じる者も居るには居るが。


 そんな不文律を知ってか知らずか。

 偽ルシルは手を水平に伸ばしてゴロツキ達を制する。

 それでもなおジリジリと前進してしまうのは、構えを取ったままのルシルへの恐怖だろうか。

 ともあれ。一線を越えて来た行商人に情けは不要だ。


「クロム、持ち手を貫け・・


 敵味方共に身動きが取れなくなった中、ルシルは一言呟いた。

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