152嵐の前の交渉劇

「着きました。中央へお進みください」


 行商人が案内した場所は、エルフの禁足地手前にあったような広場だった。

 均された地面には草が芝生のように這っている。

 フカフカの靴底の感触に、石や砂利のような硬さは存在しない。

 豪邸の中庭や広場と言われた方がしっくりくる。

 レジャーシートでも敷いてピクニックしたいくらいの環境である。


 だが、外周に整備されたようにそびえる生垣の高さは2メートルはある。

 それも隣に横たわるように絡み合っていて視界が通らず、まさしく壁のような風貌だ。

 確かに密会には都合がいいだろうが、囲いのように感じるのは穿った見方だろうか。

 いいや、たかだか『密会』に、こんな『広さ』は必要なく、そもそも辺境に居る時点で十分だ。


「それでは私は馬車の方に――」


 突然現れた人の手が入った空間に圧倒されるルシルたち。

 置き去りにしようとする商人に「まぁ、待てって」とルシルは肩を組んで制止する。

 その馴れ馴れしい所作でさえも、断れないほどの好感度を抱かせて。


「面通しも終わってないのに帰ってどうするんだ」


「こんなところに他の人が迷い込んでくることはありませんよ」


「周辺に山賊がひしめき合ってるのによく言えるな。まさかお前、仲間じゃないだろうな?」


 そう言ってやると行商人は「いえ、滅相もありません!」と離脱を諦めた。

 間違いなくこいつは犯人クロなのだ。

 ルシルがシエルに視線を向ければ、微かに頷いて肯定する。

 彼女の包囲網から逃れられるとは思えないが、手元に置いておいた方が手間はないだろう。


「『偽勇者たち』との待ち合わせは正午なので、軽食でも取りますか?」


「――ッ!?」


「どうされました? ルシル様の偽物・・・・・・・の招待でしょう?」


「え、えぇ、そうですね。ただ、私に声を掛けた方も勇者だと名乗っていられましたので」


「あら。でしたらどちらが本物だと思われますか?」


「それは……」


「シエル。案内人をあんまりイジメるなよ。言えるわけないだろ。

 こっちだと思ってたなら呼び出す理由がないし、そもそも実力見せてないしな」


「あ、ははは……」


 行商人は乾いた笑いでしか返せない。

 どちらも本物を名乗っているので、こうした衝突は予想できる。

 むしろここまで強気に『本物を語れる』ことが、より本物感を抱かせる事実に行商人は危機感を募らせていた。


 ・

 ・

 ・


「……待たせたな」


 言葉を詰まらせながらも何とかルシルたちへと絞り出した。

 集中する視線をたどれば、数十人の集団が居る。

 広場の面積を考えれば大したことはないが、まともな『話し合い』をする気なのかと疑う数だ。


 ルシルが事前に存在を感知していたのは、おそらく外周の一角で陣を張って時間を潰していたからだろう。

 要は『遅れて到着』を演出して、こちらをらすのが目的だと推察できる。


 当然、そんな輩を相手に心をすり減らす訳もない。

 身の置き場がない行商人を他所に、こんなところまで持ち込んだレジャーシートを広げていた。

 ごろりと寝転ぶ子供まで居て、和気藹々と軽食をつまむ。

 随分とくつろいでいる様子。

 そんな平和な様子に度肝を抜かれる『偽』勇者一行が先ほどの何とも言えない一言だったのだ。


 手に持っていたドーナツの欠片を口に放り込んだルシルは、


「ん? あぁ、少しばかりな。そのお陰でこの広場の調査も終わっちまったぞ」


「調査、か。何も無かったろう?」


 ふっと笑う男が人垣を割って前に出て来た。

 短い茶髪、軽装の服の上からでもわかる筋肉質の身体。

 腰に質のいい剣を佩き……いや、装備自体がなかなか充実していた。

 たしかにルシルに似ている。兄弟と言われれば否定できないほどに。

 ただ、


「ルシル様にして年齢がいって・・・ます。身長も足りてなっ――」


 狂信者シエルが口走ったように、ルシルよりも10歳は上で身長は7センチは足りていない。

 だが、それでもまだ追及するタイミングではない。

 背後のリゼットが慌てて狂信者かのじょの口を塞ぐ。

 それでなくとも行商人との心証は最悪なのに。


「……その娘は俺と面識があるのか?」


「あー、この子も商人で勇者の商会バベルとも関係がある。

 ちょっと妄信的アレなところがあるから、印象が違うことが許せないとかあるんじゃないか?」


 頭を指差してクルクル回し、『ほら、狂信者ファンってやばいだろ』なんて言葉でルシルは相手の疑問を払拭する。

 シエルには大概失礼だが、何一つ嘘は言っていない。むしろ彼女は胸を張ってすらいる。

 それでも彼の背に変な汗が出るのは、慣れないことをしているせいだろう。


「有名税ってやつか」


「似てるヤツはそれなりに居るしな」


「にしても、偽勇者おまえら勇者おれに気後れしないんだな」


「本物があんたなら間違いなく負けるし、俺だったら逆の結果だ。

 そんな決まりきった結末に、いちいち気を揉む必要はなんてないだろ」


「なかなかの胆力だ……俺のかw――」


「はいはい、ボスはもう引っ込んでな。交渉については参謀のわいが担当するで」


 偽ルシルとの話に別の男が口を挟む。

 灰の髪に狐目が印象に残る線の細い男だ。

 口調は軽く……いや、雰囲気自体が軽薄だった。

 辺境の、それも人の生存権の外側に居るにも関わらず随分とラフ。

 街歩きの延長と言えるほどに、薄い服装はひらひら舞って場違いだ。


 いくら非戦闘員うらかたと言えども、あまりに――と一瞬の内に分析するルシルは、自分たちの姿を思い出す。

 女五人の内、子供が二人。

 いずれもかなりの軽装で、唯一ルクレリアが胸当てと長剣を腰に佩いているくらい。

 ルシルにしても防具と言えるものは大してない。

 そういう意味では『どちらが勇者か?』と第三者に尋ねれば、ルシルが選ばれる可能性は非常に低い。


「そうか。ならこっちも参謀が話をする」


「何やあんさんの一人パーティなわけやないんかい」


「馬鹿言え。世界でも選りすぐりの精鋭だぞ。この辺りなら一人きりでも生きて帰れr――」


「では私が応対いたします」


 今度はシエルがルシルの言葉を遮って割り込む。

 正直な彼が情報を引き出されるのを止めに入ったのだ。

 『勇者』に関わらなければ、彼女はすこぶる優秀なのである。


「誰や?」


「参謀ですよ。シャローと申します」


「シャロー、ね。わいはクレイバー=ハミットや」


 軽薄な笑みを浮かべてクレイバーは手を差し出した。


 まずはクレイバーが自警団の組織化ビジネスプラン説明プレゼンを始める。

 シエルがこれまで情報収集して組み上げた内容とほぼ同じ。

 偽勇者を組織に組み込み支部化する。

 だが、そこには『山賊を取り込むプラン』が抜け落ちていた。


「私どもが聞いていた話と随分と違いますね」


「聞いてた話やて? そこの商人が何か言うとったんか?」


「いえ、むしろ彼は大した話をしてくれなくて困りましたね。

 結局事情が分からないから、ここまで足を運んだ経緯がありますので」


「そりゃ申し訳ない。ただ時間経過とともに状況も変わるもんでな。

 事前に言伝できる情報も、基本方針くらいに限られるんよ。

 ここも何十日に一回くらい寄るようになっててな。不測の事態が起きれば残念、って感じやな」


 滑らかに飛び出る話は用意されたものか。それとも頭の回転が速いのか。

 問いには明確に。だが、答えたくないものは綺麗にはぐらかす。

 他の傭兵参謀と同じく、ゴロツキをまとめ上げる侮れない相手である。

 だが――


「山賊相手に敵役を持ちかけてマッチポンプしていると聞いていましたのに」


 シエルはあっさりと本題をぶっこんでいく姿にルクレリアはギョッとする。

 しかし相手もる者。一息と入れずに「あぁ、それな」と応答する。


「山賊どもにも改心の機会を与えてやらんとな、っていう勇者様の慈悲、っていう建前・・や」


「あら。お認めになるのですか」


「そら山賊どもを誘き出すために流してるわけやしな。

 ここで否定したらおかしなことになんで。もしかしてブラフかいな?」


「いえ、情報収集の成果です」


「こっわい姉ちゃんやな。変なこと言ったら食われそうや」


 ヘラヘラとつかみどころがない。

 本当に危機感を持っているのかさえ分からない。


「しかしそうなると自警団加入のリスクは随分と大きいですね」


「そうかい?」


「どこへ配置するかは貴方が仕切るのでしょう? 参謀様」


「いやいや、勇者様のご意向やで? そりゃ助言ぐらいはするけどな」


「『助言』、ですか。ともあれ配置先を勝手に決められるなら、相手を選べないのと同じ。

 たとえば山賊や魔物の被害が甚大であったり、競合ひしめく過酷な地域を指定されかねません」


「自信がないって話ならしゃーないな」


「そう受け取ってもらっても構いません。

 こちらとしてはマッチポンプの相手が居ることを前提に考えていましたからね。

 ですが、今より状況が悪化するのなら、窮屈になってまで所属することに意味があると思いますか?」


「なるほどな。メリットが分からん、って話か。ほないくつか挙げたるわ。

 所属すはいれば自警団わいらの管理地域内の情報は共有したる。

 同業者やから悩みも聞いたれるし、協力できることも多々あるな。

 それに間違いなく『勇者勢わいら』と競合しなくなるし、共闘だってできる。何なら装備も用意するで」


「所属するとそれが課される・・・・わけですね」


 目を丸くするクレイバー。

 メリットの紹介のはずが、シエルの受け取り方は違うようである。

 ルシルは首をひねって「どういうことだ?」と問い掛けた。


「他者が『やってくれる』ことは、自らが『やらされる』のと同じです。

 情報提供、共闘、協力、装備・備品の融通は義務だ、という話でしょう?

 当然、他地域へのちょっかいは許されません。それらを破れば制裁もあるでしょうね」


「そりゃ、当然やろ」


「えぇ、当然です」


「……一体何が言いたいんや?」


「私が求めたのはメリット。しかし貴方が提示したのはギブアンドテイクの一例です」


「ふーむ、ならそっちに具体的な要望はあるんか?」


「本物の勇者はこのルシル様です。

 貴方たちがこちらに合流するというのなら受け入れましょう」


「ぶはっ! そりゃ大きく出たなぁ。

 ただそこは見解の相違や。わいも本物やと見込んで参謀を務めとる。

 そういう意味じゃお互い条件は同じイーブンやろ。何ならオーランドに問い合わせしてみるか?」


「同じっ!? 同じなわけがありもがっ――」


「はい、終わり終わり」


 痺れを切らしたルクレリアが、暴走を始めるシエルの首根っこを掴んでリゼットへ投げ送る。

 選手交代。このままでは不毛な言い争いが続く未来しか見えない。

 それこそ――


「どうせこういう奴らはどっちが上かを決めてからでないと話にならねぇよ」


 ルクレリアは獰猛な笑みを浮かべて拳を握った。

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