151念願の来訪者
偽勇者たちの手段が分かったところで、ルシルたちの暗躍の方針は変わらない。
山賊を狩るのはもちろんのこと、魔物の駆除にまで精を出す。
一時的な治安向上でしかないが、やっておかないと名乗ったルシルの名声が下がってしまう。
それに護衛者の到着はまだ先なのだ。
ちなみに魔物駆除はルクレリアが担当している。
彼女は有名人でありながらも、トレードマークが黒の重鎧と明確だ。
逆に言えば、それを外すだけで別人を装えるので、プライベートで大変重宝しているらしい。
現に今回も素顔かつ数打ちの長剣で参戦することで存在を悟らせていない。
そうしてルシルたちの暗躍は広がりを見せ、じりじりと偽勇者の領域を侵し始める。
「ついに接触がありましたよ」
「早いなっ!?」
「ルクレリア様はリアクションが大きくて嬉しくなっちゃいますね」
「ぐぬぬ……」
成果まで半年と聞かされているのに、シエルは毎日のように何かしらの情報を手に入れてくる。
慣れているルシルからすると当然でも、スポットでしか関わることのなかったルクレリアには刺激が強い毎日だ。
ルシルは訓練中のミルムとクロムに休憩を言い渡し、シエルの方へと歩いていく。
「で、どこの誰が来たんだ?」
「本日到着した行商人です」
「……なぁ、この地域やたらと行商人が多くないか?」
ルシルが呆れて疑問を口にした。
客が訪れる店持ちに比べ、配達がを主とする行商人の利益率は比べるまでもない。
仕入れが現地調達と不安定で移動中は販売ができず、巡回する辺境は
というのも、彼らの生活は物々交換で成り立つので、金を必要としない。
そんな無用の長物である獲得手段は外貨くらい。
そして外貨となるとほとんど存在しない旅人か、新規の入居者、それこそ行商人くらいしかない。
そんなところへ高頻度で行商人が訪れても売れるわけがない。
逆に言えば一ヵ月に一回でも行商人が訪れれば十分なくらいだ。
「気付いちゃいましたか。一応、私たちの移動速度が早すぎるって理由はあります。
ですが世間一般で言う行商人に加えて、偽勇者の仲間も偽装で回っているようですね」
「割合は?」
「半々、ってところでしょうか」
「え、多くね?」
「目的が周知と勧誘なので利益を求めてませんから。そうなると数は多い方がいいってことでしょう」
「はた迷惑な」
吐き出すようにルシルがぼやく。
そう、正規の行商人からするとたまったもんではないだろう。
それにしても。日々得られる情報から読み取れるのは周到さ。
それも偽勇者を目標に定めなければ、繋げられないほど小さなピースに分けられている。
たとえそうした仮説を積み上げて真実に至ったところで手遅れなのだ。
覆せるほどの武力や組織力を持つ者は限られている……ルシルたちは数少ない対抗者なのだ。
「で、その接触ってのは?」
「山賊狩りの功績を持つ勇者に、
「
「まったくです」
だが、騙る輩を相手にこの打診が効果的なのは間違いない。
こんな報せが届けば一目散に逃げ出すか、平伏して傘下に加わるだろう。
もしかすると相手も偽物だと割り切って対応するか……。
どちらにしても、自分が偽物であることは本人が一番理解しているのだから。
「場所は?」
「先触れの行商人が案内してくれるそうですよ」
「なるほど、案内、ね」
「まともな地図がないので理解できますが、目的は事前調査させないことでしょうね」
「せっかく有利な場所を陣取ってるわけだしな」
「受けますか?」
「もちろんだ!」
「ま、そうなるよな」
会話に割り込むルクレリアに、ルシルは苦笑する。
彼女はこの機会を首を長くして待っていた。
それこそルシル捜索からこれまで、一ヵ月はくだらない。
ようやく尻尾を掴んだのだから逃す手はない……が、
「恐らくこちらに不利な場所ですが……」
「構わん。すべて踏みつぶすまでだ」
「なんでお前はそんなに脳筋なんだよ。よく生きてこれたな」
「ルシルも同じだろう!?」
「一緒にすんな。俺はちゃんと考えて戦ってる」
やいやい言い合う二人だが、実力が高次元になるほど罠や策略は無意味になる。
そんな
ともあれ、必勝を強いられるルシルと、討伐を求められるルクレリアでは意識の持ちようが違う。
対策できるのであれば、それに越したことはない。だが――
「私たちにこの地域の地理はわかりません。
調べる時間もありませんし、罠を警戒しておくくらいしか手がないんですよね」
「ほらみろ、シエルもこう言ってるだろ」
「分かってるって。でもまぁ、少なくとも各国の対策戦くらいは想定しておけよ」
「対策? あれは陣形程度だったろ」
「あほう。あんな公衆の面前で全力対策で迎え撃つ国が何処にあるんだよ。
自分の手札を明かしたら実戦までに対策されるだろ。だから予備動作くらいで止めてんだよ」
「……そういうもんか? その割に蹴散らしてただろ」
「俺たちは『情報を与えない側』なんだから、戦術や技術より単純な力量の方が都合がいい。
だから今回の実戦は、各国の知恵を絞った『
「対人戦は頭を使うな」
「
「あいつら自信過剰で傲慢だからそんなに警戒しなくても――」
「まったく。そういうところだぞ。まぁ、辺境の『強者対策』がどれほどって感じでもあるがな」
直面した際の臨機応変とは違い、準備のできる困難は警戒すると同時に意識しすぎないことが重要だ。
この相反する考えを乗りこなして難局を打開する。
ルシルはそうしてここまで生きてきたのだから。
・
・
・
行商人が操作する荷馬車に乗って森を行く。
歩くような速度で進む馬車は、路面状況を完ぺきにトレースしてがたごとうるさい。
一般的な荷馬車とはいえ、快適さからはかけ離れている。
不快感を《
きちんと整地するのも必要だ。これでは商品も傷んでしまうだろう。
「来たか」
「ん? あたしにはまだわからんぞ」
「正確には待ち伏せだな。
この
「地図では今この辺り、ですか……方角はわかりますか?」
「北、、、いや、北北東か。距離からするとこの辺……」
「たしかに地図上には何もありませんね」
「地図なんて方角がわかるくらいの価値しかないからな」
かつてオーランドから放逐された際の経験である。
軍事用の地図でさえ、街道を外れれば大した指針にはなりえない。
ある意味、この辺境に地図があること自体が異質なのだ。
「勇者様方、ここからは歩きになります。私の後ろについてきてもらえますか」
御者台から行商人が荷台をのぞき込んで声を掛けてきた。
ルシルは「ほらな」と周囲に声を掛け、ミルムとクロエを抱き下ろす。
その際、シエルが両手を広げて『私も』と合図を送っているのを知らんぷりして。
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