150疑心暗鬼
「どういうことだ?」
ミルムとクロムに訓練の続行を言い渡し、ルシルは本腰を入れて話を聞く。
助けた相手が敵でした。というのは戦場ではよくある話だが、平時では珍しいだろう。
そうそう分かり易い悪者はどこにも居ないのだから。
「勇者役が行商人を助け、仲間に引き入れます」
「俺たちみたいに?」
「はい。ただし私たちのように雇用関係にはありません。
それに偽勇者から護衛がつくわけでもないので、契約もないただの口約束です」
「それに何の意味があるんだ?」
「『(偽)勇者の後ろ盾がある』と言えるようですよ」
「後ろ盾ってのは『俺に手を出したら報復がひどいぞ』って話か?
そんな常套句を山賊が信じるって? あーでも近辺を清掃してるし現実感はあるのか」
「恐らくは。抑止力としては心許ないですが……」
「まぁ、報復にしても発覚しなきゃいいだけだし、目の前の脅威には無力だよな」
だが、それでも。命を繋ぐ手段はいくつあってもいい。
何なら証書か何かを持っているのかもしれない。
ある意味それが契約の代わりと言えなくもないが……。
「ともあれ、そうした約束を交わす際に山賊の情報を得ているようです」
「
「はい。また、もしも賊と
「はぁ?」
「要は意図的に敗走するってことですね」
「それがマッチポンプの相手?
だが、そんなことを何のために山賊が受けるんだ?」
「その地域では山賊たちの顔は知れて、悪名も立っていますよね?」
「そりゃなぁ」
「ですので別の無名な地域で偽勇者役……正確には『偽勇者の
「……つまり演技の報酬は山賊から自警団に鞍替えを許してくれるし、そのお膳立てもしてくれるってことか?」
「はい。雑な表現をすればギルドの模倣です。最低限の戦力は既に持っていますからね」
「なんだとっ!?」
「落ち着いてくださいルクレリア様。
戦闘集団と衝突することで、人員はどうしても目減りしてしまいます。
僻地で貴重な働き手を奪うわけにもいきませんからね。
どうやって確保しているのか不思議でしたが、ようやく繋がりました。
彼らは『勇者を旗印にした別の自警団』を吸収するだけでなく、敵対するはずの『山賊団』まで
シエルの溜息は深い。
腐った組織をぶち壊し、刷新してやり直す。
ある意味で真っ当な
少なくとも過去の清算を終えてからでしか世間は……いや、
「偽勇者側の目的はまだ分かる。
だが、山賊がわざわざ危険を冒してまでそんな話に乗るか?」
一般社会から離脱したからこそ犯罪者なのに、今さらどの面下げて……。
ふつふつと沸き立つ怒りにルクレリアを横に置き、ルシルは否定的な言葉を投げる。
転落するのは簡単でも、復帰するのは難しいのが世の常である。
「どうでしょうか。やって居る内容だけ見れば単なる『配置換え』ですからね。
「自業自得だろうが」
ルクレリアは吐き捨てるように言った。
しかし一部には間違いなく『選ばざるを得なかった者』も居る。
飢えに苦しんだり、家族を養うためや、それこそ誘拐された者も『仕方がない』と言えるだろう。
やり直せるなら、と考える者が居てもおかしくはない。世間が許せば、だが。
「ですが、いい手だと思いませんか?」
「はぁ?」
「これって何処かに潜伏してる山賊を、指定した場所に引っ越しさせられるんですよ」
「あぁ、なるほど。上手くいけば探す必要すらないのか。そりゃ楽だな」
「どういうことだ?」
合点するルシルとは違い、ルクレリアはピンとこない。
戦闘は得意でも戦略までは分からないのかもしれない。
その点、ルシルは戦闘に関わればある程度理解できる。
「いや、だから『引っ越し』だよ。素直に従えばお宝抱えて全員で来る。
少なくとも偵察くらい送ってくる。なら、そいつを捕まえれば所在不明の拠点はわかるって話だ」
「だが勝てるとは限ら――」
「偽勇者が指定した場所で勝てないなら頭おかしいだろ」
「それに
さすがに
シエルがすかさず現実を突きつける。
素直に従ったところで仲間に引き入れるとは限らないのだ。
「投降したヤツを罠にはめるのか!?」
「あくまで乗って来れば、の話ですが」
「それが
「いつも正攻法が取れるとは限りません。
何より結果が求められますし、そもそも相手が犯罪者集団なので極刑が前提ですよ」
これまで選んできた結果の自業自得。
更生の機会を与えるだけマシ、とさえ言えるだろう。
ただ、その合否は一方的な主観であり、それも偽勇者の利益に準ずるかという基準であることを除けば、だが。
「でもそうなると行商人が完全に共犯になってくるぞ。
捕まってるやつらを見てもそこまでの悪人には感じなかったが……」
「賢いのは
まさか行商人も本気で仲間に引き入れるなんて思っていませんよ」
「それは……演技がばれないか?」
「まぁ、そこは商人の腕じゃないですかね。
嘘も真も『相手の利益』に見せることが重要ですから」
「知恵が回りすぎないか?
いや、待て。その行商人は
いくら山賊を別地域に移しても、
「鋭いですね。ですが
「頭が、イカレてやがる」
話を聞いたルシルは頭を抱えて唸る。
状況によって二重三重に対策する柔軟さ。
犯罪組織、いや、
清濁併せ呑む必要のある国家運営にはたしかに必要なのかもしれない。
だが、組織や国を興すために
それこそクーデターが簡単に成功せず、したところでまともな政府として機能しないのがその例だ。
どうやら現在地は社会不安の最前線らしい。
「まぁ、先のことをどこまで考えているかはわかりませんからね。
そもそも国を興すなんて考えてること自体がぶっ飛んでいますし」
「いや、お前、俺にオーランドを乗っ取れとか言ってなかったか?」
「あぁ! ついに決断していただけましたかっ!?」
「やらないけど!? やっぱり諦めてなかったのかよ!」
「ケルヴィン様も抱き込みましたし、当初より遥かにスムーズに!
不穏分子はルシル様が殲滅するので、世界一平和な独裁国家を作り上げられますよ!」
「やらねぇよ!? てかリアも隣で頷いてんなよ!」
「そうなのか? 残念だな。その時は肩を並べて戦ってやろうと思ったのに」
「いいですね。ちなみに無償でですか?」
「あたしの
「はい♪ それはもう!」
勝手に進む国家転覆のすゝめ。
ケルヴィンがオーランドの債権を買い集めているのだ。
破綻の危機を回避するにはルシルたちに逆らえず、実はすでに所有物に近かったりする。
もはや王族と言えどもルシルたちを軽く扱うことなどできない。
だが、そんなルシルは今まさに世界情勢の不安の芽を摘むために暗躍している。
真逆の行動をしているというのに、この娘たちは――
「いちいち国家転覆を狙ってんじゃねぇよ! もっと平和を噛みしめろ!」
何故か社会不安の種を蒔こうとする仲間たちに頭を抱えて叫ぶのだった。
彼の嘆きが聞き届けられるかは後の歴史が語ってくれるだろう。
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