149ルクレリアの後悔

「あた、しは、何てことを、したんだッ!!」


 ――ダンダンッ!


 ルクレリアは額をテーブルに打ち付ける、ワイルドな自罰行為に耽る。

 予想通り過ぎる結果に、ルシルは深い溜息を零す。

 だが大丈夫。彼女はきっとすぐに立ち直――


「あぁぁぁぁぁあああ!!」


「うっせぇな!」


 ――バァン!


 ルクレリアの悶絶への返答か。ルシルはテーブルを叩いて応戦する。

 なかなか末期な状況である。

 ちなみに彼女の額はテーブルよりも遥かに強度があるので腫れることさえない。


「そうは言うがな、ルシル……」


「何だよ。別に仕入れからちょうたつじゃなくて、ただの労働力てだしなんだから諦めろよ」


シエルあのおんながあたしの横で要求した中身を聞いているのか?」


「腕利きのBランク2人。一人前のCランクを32人だったか?」


「馬鹿なのか!? 一体いくらになると思ってやがる!」


「まぁ、軽く家が建つよな」


「そうだ。それも毎週・・だ! あたしはCランクを六パーティも雇うなんて聞いてないぞ!?」


 ギルドのランクは特別枠の『S』を最上位に、A、B、C、D、E、Fの七つに分類されている。

 紹介のない新人はFから始まり、ランクが上がるほどに待遇や報酬もよくなっていく。

 そうやって上のランクを目指す動機が強くなるように設計されているのだ。

 ちなみにルクレリアは特別枠のSランクで、状況によってはAランクすら招集できるほどの強権を持つ。


「まぁ、交渉はスムーズだったんだろ?」


「支部長の顔が引きつってる以外はな!」


「そうか。シエルの相手はたいていそうだぞ。

 もう終わったことをいつまでもくよくよすんなって」


「ルシル、お前は部下にどんな教育してるんだ!?」


「リア、むしろ俺があいつに何の教育できるっていうんだよ?」


「はいはい。じゃれ合いはそこまでです」


「「諸悪の根源がっ!?」」


「ひどい言われようですね」


 ルクレリアの盛大な愚痴を見守っていたシエルは、これ見よがしに溜息を吐く。

 こうした直情型は、思いの丈を吐き出させてスッキリさせておいた方がいいとの目論見で。

 それももういいだろう。先ほどから話が何回転もしている。


「ルクレリア様が何と言われようともギルドとの協力は必須です。

 貴方にも報告義務がありますし、黙って進めればどんなことで足元を掬われるかもわかりません」


「だからってなぁ……」


「そこに少しばかり刺激的な交渉が混じっただけですよ」


「少し!?」


「えぇ、少し、です。

 個人からすれば家が建つ金額でも、大工からすれば小さなことだと思いませんか?

 それこそCランクの魔物の討伐に、Cランクパーティかルクレリア様が挑むくらい難易度が違います」


「え、っと、それはどう……」


「要は『簡単だ』ということですよ。

 あと、複数パーティを引き入れたのは交代のためです。

 今のところ行商の数は三つで十分です。

 ですがこれからも管理地域は広がるので、合わせて数も増えていきます。

 それに交代人員がないのはあまりにきついでしょう?

 ちなみに足りなくなった護衛や商人はバベルこちらで補充するのですから、これ以上の譲歩は無理ですよ」


「それは、まぁ……」


「それにギルドが『何も出さない』のは問題です。

 『ルクレリア様の独断』ってことで処理される可能性がありますからね。

 きちんとギルドの関与の痕跡を残しておかないと、本当に痛い目見ますよ?」


 というのが、シエルの理論いいぶんだ。

 まったく、いい笑顔で言ってやがる、とルシルはやはり呆れてしまう。

 何よりそっと利になることをねじ込んでいる辺りに商魂が感じられる。


「ギルドが全面的に条件を飲んだのがいい例です。

 彼らも『無関係を装う危険性』を察知したから即断したのですよ」


バベルおまえを敵に回さないためじゃなく?」


「少しは含まれてるかもしれませんね?」


 やはりにシエルはこやかに笑う。

 ついには納得こうさんしたルクレリアは、最後に息を吐いて呼吸を整える。

 こうして、人材派遣の一幕は終わったのだった――


 ・

 ・

 ・


「流刑って知ってるか?」


「孤立した辺境に送られるヤツだろ」


「俺らみたいにな」


 周囲を歩く彼らと共に、ガラガラとゆっくり進む積み荷満載の荷馬車。

 長閑な景色……とは名ばかりの、ただただ緑の濃い森が広がっている。

 ギルドからの指定依頼で派遣された彼らの仕事はこの馬車の護衛。

 行き先で商人と合流して、そのまま最低三ヵ月。しかも延長アリという無茶苦茶なもの。

 払いはいいものの、断ることはできず、彼らからするとまさしく『流刑』だった。


「俺ら何か悪いことしたかぁ?」


「何一つ思い当たらねぇ……」


「ちょっと前に酒場で羽目外したのが悪かったか?」


「そんなことで追い出されてたら町に誰も居なくなるぜ」


「つーか、妖精の森ティタニーも時間を置いて行くらしいぜ」


「あー聞いた聞いた。不滅の輩イモータルとかも呼ばれたみたいだな」


「まったく、あんな辺境に何があるってんだよ」


「俺が不甲斐ないばかりにすまんな」


 御者台に座るリーダーが、断り切れなかったことを悔やみ、肩を落として謝る。

 むしろBランクにまで昇ったというのに、左遷に等しい扱いを受けている彼こそ同情を誘うだろう。

 愚痴っていたパーティメンバーは互いに顔を見合わせた。


「リーダーのせいじゃないですよ」


「そうそう。まとまった休暇だと思えばいいさ」


「それいいな。だらだらして金まで入るとか最高か?」


「ったく、お前ら」


 リーダーの目尻がかすかに光るのは気のせいだろうか。


 ・

 ・

 ・


「さて、情報が入ってきましたよ」


 何事もないようにシエルが話し出す。

 そのお相手は絶賛待機中でミルムとクロムの訓練を見守るルシルとリゼット。

 そして顎を落とし、目を剥くルクレリアだ。


「は? いや、待て。つい一昨日・・・交渉はなしして来たばっかりだろ?」


「えぇ、リゼット様には大変お世話になって。

 地道にギルド支部まで行けば一週間は掛かる道のりですからね」


「リゼが居るかどうかで活動範囲が桁違いだからな」


「お役に立ててよかったです」


「じゃ、なくてっ! 護衛なんて下手すりゃ出発すらしてないだろうが!」


 地団太を踏むルクレリアが言う通り、ギルド支部長との交渉はまさしく一昨日。

 対象パーティの選別と招集、それに長期依頼の説得と出発までのハードルが高い。

 さらには足の遅い荷馬車も連れているはずなので、すべてが上手く進んでも最速で十日後になるだろうか。


「え、あ、はい。そうですね?」


「何だその気の抜けた返事は!?」


「物流網の構築と並行して、関係者からも改めて話を聞くとお伝えしたじゃないですか」


「たしかに。なら――」


「ダメですよ。先日も言ったようにギルドの介入は絶対です。

 それに立案時に伝えたように、成果の成就は半年後。

 本来ならその半年分を要求するのを、ルクレリア様に免じて・・・半分の三ヵ月と大幅に短縮しています。

 しかも以降は随意契約に切り替え。延長時には誰が出すかはまだ決まってませんが、これ以上は譲れませんよ?」


「ぐっ……さ、三ヵ月、な……」


 シエルが一週間で家が建つ資金を三ヵ月分放棄したと言われれば、強く返すことなどできない。

 実際、高収入を誇るルクレリアも支払えるが、おいそれと出せるほど安くはない。

 金持ちと言っても色々種類があるということだ。


「ちなみに情報では第一陣が出発したところですね」


「そう、か……。それまでに片付けば……?」


「到着って意味ですか? 護衛契約は三ヵ月。何も変更はありません。

 ギルドも物流網構築の片棒を担いで初めて意味がありますからね。

 まぁ、早く終わって人類圏最高額の人件費わたしたちが抜けるだけでも十分な節約になりますよ?」


 にこりと笑うシエルに、ルクレリアは今度こそ何も言えない。

 逆に言うと、そんな額を平然とベットしてくるルシルの資金力が桁違いだということだ。

 いや、シエルという頭のおかしい資産運用担当者ファンドマネージャーを抱えるバベルのお財布事情は個人と全く違うものなのだろう。


「それで情報ってのは?」


 見かねたルシルが声を掛ける。

 シエルは弾むように


「どうやら被害者の行商人が、山賊への『伝令』を担っていたみたいですよ」


 しれっと爆弾発言を投下した。

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