148シエルの洗脳教育
新たにできる武装勢力の調査は、戦力を派遣するギルドにとっては重要課題だ。
ゆえに単独でも生還できる精鋭……ルクレリアに白羽の矢が立った。
だが、ギルドはあくまで戦力の派遣業。派遣先の情報であればともかく、謎の新興勢力を調査する能力はない。
一戦交える際にはギルドのバックアップが保証されているが、その実態は丸投げである。
というより、戦うだけならルクレリアで事足りる可能性が高い。
ルクレリアにしても、戦闘IQは高くとも情報戦には疎い。
そこで頼ったのはあらゆる情報網を持つバベル……いや、
もしかするとギルドは所有者であり
しかしバベルが行っているのは諜報ではなく商売である。
飯の種にならない僻地まで根を生やす必然性がない。
そして
だからこそ、ルシルたち経営者自らが足を運んでいる。
故にこれはあくまで慈善事業。それも『ギルドの思惑』が多分に含まれるのだ。
結果、今のように現地調査に邁進しているわけで、当然ながら得られる成果は小さい。
シエルからすれば『ルシルを頼れば
だが、
ゆえにバベルの力を動員することに躊躇はないのだが……。
「せっかくなので捕まっていた人たちを雇用しようかと」
「随分といきなりだな?」
「いえ、襲われていた人はそれぞれ雇い入れて居るんですよ」
「手が早いな。この辺の地理にも詳しいからか?」
「それもありますけど、実はあの中には行商人も混じってまして。
身包み剥がされて困窮する人たちの行く末は身売りか。物乞いか。
それならバベルがパトロンになり、仕事を与えた方がお互いのためかな、と。
しかも彼らは世界でも指折りな聖女リゼット様に治療していただけるのですからね」
「その前が絶望的過ぎんだろ。で、本音は?」
「『信用』って重要だと思いません?」
「なるほど」
いくら人の往来が少ない僻地を巡る行商人が歓迎されても限度はある。
それこそ新参者など信用されるわけがない。毒でも盛られれば全滅するからだ。
その点、長年掛けて信用と人脈を得た商人を引き入れるメリットは大きい。
特に今は情報収集が必要だし、そもそもバベルから人を呼び寄せるのも大変だった。
だが商会を営むバベルが本当に必要なのは行商人ではない。
「護衛はどうする気だ? すぐに用意するのは難しいだろ」
「そうですね。バベルには護衛部門が存在しませんからね」
「そうなのか? お前にも護衛がついてたろ」
「居ますけど、私個人の護衛はギルドからの派遣も多いですよ」
「わざわざギルドから?」
「えぇ、今のバベルは各部署が個別に人を雇っているんですよね。
『私専用の護衛』とか『○○地区の護衛』とか、そんな感じです。
もちろん自前の護衛の方が使い勝手いいんですが、わりと『ギルドの箔』が欲しい場面があるんです」
「はく?」
「彼らは『戦力を売り』にしている商会ですからね。
その点において、ランク別の信用と価値は周囲に知れ渡っています。
なので『
「そんなもんなのか」
「まぁ、物乞いのような姿より、貴族みたいな身なりのいい服の方が信用されるのと同じです」
シエルの身も蓋もないような物言いに、ルクレリアは「力を飾り扱いか」とぼやく。
だが、この意見も仕方ない。
「だって高ランクのギルド員って、安全圏に居る高官の護衛に使われるんですよ?
それに個人ではなく
「護衛ってのは『抑止力込み』なんだから戦わないに越したことないだろ」
「はい。ですので『箔を買う』のだと解釈しています」
それこそ『高い金を払う価値があるのだ』と、シエルは自分に言い聞かせるように息を吐く。
強者は存在自体が『抑止力』になるため、剣を抜く頻度が極端に減る。
そして言うなれば
例外的にルクレリアのように最前線で戦い続ける者も居るが、衰えを考えればいつまでもできることではないだろう。
シエルが『お飾り』だと評するのは、この
そうした不都合な真実を『部外者が利用している』ことにルクレリアは苦笑するしかない。
「まぁ、そんなわけで。今回はギルドに頼ろうかと」
「今の話の流れでどうしてそうなる?」
シエルの言う『勲章』である、最高ランクのルクレリアが呆れて問う。
素朴な疑問である。今しがた『使えない戦力』だと鼻息荒く語ったではないか。
「そこは品質管理の信頼度ですね。
ギルドのランク評価の信頼性は高く、要求した水準を下回る無能は来ません。
要求ランクにもよりますが、ある程度教育が徹底されているので会話ができますからね」
「あー……比較対象は傭兵か?
あいつらは犯罪者
「団長とか参謀なら問題ないんですけどね。
まぁ、少なくとも破天荒さを押さえつけるのには随分と労力が割かれます。
しかも傭兵団って個別で商談が必要なんですよね。
その点、ギルドに話を通しておけば、所属している数多のギルド員が派遣されるので楽なんですよ」
うむうむと話す二人。どちらとも数えきれないほど利用したので間違いない。
まぁ、ギルドであっても支部や時期によってはダメだったり。
傭兵団でも騎士団かと思うくらい規律が整っていたりするのであくまで傾向であるが。
そうしたことを
「それに僻地であっても人員を派遣してくれますよね?」
「そりゃぁ、依頼があれば出向くが……」
ギルドには多くの者が所属しているため、誰かは派遣できる。
ルクレリアがそう答えると――
「それではやはりギルドも参戦していただきましょうか。
大丈夫、情報の精査はこちらで行いますので、行商人について回っていればいいだけです」
「ん? いや、依頼を出すんだろ?
なんであたしに向かって『依頼内容』を話してるんだ?」
「
「……えっ、」
「あぁ、まさかまさか。
成り行きで作ることになった『物流網の資金援助を断る』ばかりか、
「ちょ、え、まっ、待て。何の話だ?」
混乱するルクレリアの制止は、当然のようにシエルは待たない。
何なら大袈裟までに手をルシルの頭に沿えて別の話題を放り込む。
「そういえばルシル様。頭の傷って大丈夫です?」
「それって闘技場の……
「そんなわけあるかっ! おい、勇者! あの程度で――」
「
いかに勇者とはいえ、無傷とはいきませんよ。現に血を流していましたし……もしや被害者を嬲ろう、と?」
「おまっ!」
「おいたわしや……私のルシル様」
「おい、どさくさに紛れて抱き着くんじゃねぇよ」
ギャーギャーと罵り合いが始まり大混乱していく中、スッと素面に戻ったのはシエルで。
こほん、と冷静に咳払いを一つ入れて二人を黙らせる。
「大丈夫ですよルクレリア様。
ギルドは
しかも自分たちが知りたいことの調査です。むしろ諸手を上げて協力したいと懇願してきます」
「……えっ、えぇ? ここまでってのは?」
「
私やルシル様、リゼット様が出張っていることに加え、『物流網の整備』までしますが」
平然と巨額の投資を始め、にこりと笑うシエルが恐ろしい。
たしかに最初はルクレリアがルシルを焚きつけた。
そう、解決策の手札が
そして判断の場に居ながらも、ルクレリアは物流網を『バベルの事業』だと考えていた。
そうしてきちんと「一口乗るか」と声掛けまでされたのを
つまり『依頼主のくせに何もしていない』と指摘されれば言葉はない。
「まずはギルド本部と相談してみてください。
その際にこんな『たとえ話』をすればいいのです」
たとえば、この『協力』を断った場合。
シエルはバベル商会長の肩書きで、ルシルを連名にしてギルドに抗議する。
その時点でギルドの信用は下がるが、対応しないのなら今度は『偽勇者』にまつわるあらゆることを暴露する。
ルシルたちにタダ乗りしようとしたギルドを
「ななななっ……!?」
「ふふ、だから大丈夫です。絶対に、乗ってきます」
「だ、だが、あたしが任され……」
「えぇ、ルクレリア様に『丸投げ』するとはギルドもやり口が汚いですよね。
ですが、裏を返せば丸投げとなれば、その責任と共に権限も一緒に受け取っているはずです」
「そう、なのか?」
「ルシル様一人で戦争に勝てないように、権限が皆無なら何も成せませんよ」
「たしかに……」
「それにバベルは国家事業を一商会で立ち上げるのですよ。
ギルドが何の手出しもないなんて、さすがにおかしいと思いませんか?」
「こ、国家事業、だって?」
「物流網ですからね。普通は国や領主の仕事ですよ。
ちなみにきちんと認可得ておかないと、完成後に接収されたりするので注意ですね。
あと、オススメはしませんが、物流網を諦めて地道に進める手もあるにはありますが……」
「そっちで行こう!」
青い顔、血走った眼のルクレリアが、がばっとシエルに迫る。
追い詰められている彼女の心情が現れていた。
そんな鬼気迫る相手に、シエルはにこりと笑って続ける。
「調査が年単位で掛かるかもしれませんよ?」
「ね、ん? そんなに掛かるのか?」
「というより、先行きが見えないと言った方が正しいでしょうか。
明日にでも真相が分かるかもしれませんし、十年掛かるかもしれません。
ただし物流網を築けば、最長でも半年で何らかの結果を得ることは可能です」
「そ、そんなに、、、変わるのか?」
「調査内容が『事実確認』ではなく『噂の検証』ですからね。
内容からしてふわふわしていて確定情報がないのですから仕方ありません。
ところで
物流網を諦めても、金額にすることすら不可能な『人類圏最高額の
少し情報をもらうだけ、と考えていただけのルクレリアは「そ、それは……」と言い淀む。
だが彼女を責めることはできないだろう。
少なくともギルドは『高水準のメンバーを
ただ、そんな思惑が、まさか『
本来なら
矢継ぎ早に手を打たねばコストが日増しにかさんでしまうのだから。
「大丈夫です。ギルドも承知の上です」
「そう、なのか?」
「人を使う裁量もなく一体何を成せるというのです? いくら何でも無茶振りすぎません?」
「たしかに。一人でできることなどたかが知れているからな」
「えぇ、私たちも組織で動いていますからね。ここまでは
「協力を取り付けたことか?」
「その通りです。ですので、
「なるほど、それは道理だな」
緩急をつけた揺さぶりで
そこへ
徐々に丸め込まれていくルクレリアを、ルシルは外野席で眺めている。
ちょくちょく遭遇するシエルの交渉は悪魔的だな、と。
ちなみに口を挟まないのは『一緒に話を聞くと取り込まれるから』で、むしろルクレリアのためである。
ここ一番で止めに入るために、ルシルは外側から観察しているのだ。
「それにもしも何らかの規制を掛けたいのであれば、無責任に丸投げなんておかしいと思いません?」
「あたしを信用していた、とか?」
「はい! ではその厚い信用に応えた経過をお伝えしましょう! 断るはずがありませんよ!
ですが、もしも。もしもですよ?
無責任にも難色を示すようなら、先ほどの
「なるほど。いきなり言われたときは訳が分からなかったがそういうことか」
「少し性急でした。すみません。
それではギルドに
「お、おぅ。ギルドに一言言ってやらないとな」
取り込むことに成功したシエルは、ルクレリアの手を握って何故か窓の外を指差した。ただの雰囲気である。
きっと彼女は後で『あたしは何てことをしたんだ』と正気に戻るだろう。
そんなただならぬ様子に、ルシルはシラケた視線を送るに留めた。
やはりルシルからしてもギルドの対応の悪さは気になったようである。
こうしてルクレリアは脅迫の片棒を担がされたのだった。
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