147剣の振り方

 御者台には襲撃を受けていた行商人、フレデリックが座り、護衛にルクレリアが同席していた。

 禁足地ほどではないものの、僻地とは未開拓と同義であり、森は深く緑が濃い。

 ゆえに彼らのすぐ後ろ、真ん中で身を乗り出すように陣取るミルムが、現在最も仕事をしていた。


「ルシル! これはどうなっている!?」


 御者台に乗るルクレリアが驚いて、クロエと二人で荷馬車を徒歩で追いかけるルシルに叫ぶ。

 それはそうだろうと荷台で揺られるシエルも同意する。

 彼女が同行していた時よりも魔術が遥かに洗練されている。

 何ならエルフ領での短い滞在期間で、新たに土魔術まで習得してしまった。


 教えられた魔術を十全に発揮し、枝垂しだれ掛かる枝木を断ち、蔓延る草花を切り裂き風で吹き飛ばす。

 デコボコの地面に水を含ませて緩ませて潰し、密度を上げて整地する。

 獣道のようなか細く険しい道を、現在進行形で拡張している。

 たった一人で何人・何十人分もの仕事を、だ。

 それも荷馬車が進む速度で、ガラガラと車輪のBGMを聞きながら淡々と。


「あぁ、それな。ミルムは腕利きの魔術士だから気にすんな」


「そんな適当な説明で納得できるか?!」


「事情はまた後で私から説明しますので」


 荒ぶるルクレリアを抑えるのは、すぐそばについていたシエルである。

 人が増える度に起きる一連の流れに既に慣れつつある。

 これでまた一人、ミルムの秘密を共有する者が増えることになった。


「くそっ。で、お前は何をやってるんだ?」


 悪態をつくルクレリアが、荷馬車を追って歩くルシルとクロエに視線を向ける。

 そこにはたとたどしい勇者の剣クロエの動きにルシルが指導する姿があった。


「見て分かんないのか? 接近戦の……拳闘の訓練だよ」


「何でだよ?! そいつは道具けんだろ?!」


 ふしゅ、ふしゅっ! と息を吐くクロエは、不格好な正拳突きしながら馬車を追いかけて歩いていた。

 あんな事をすればすぐにでも疲れる。というか、歩きながらする『型の稽古』に何の意味があるのか。

 誰もがぶつかる疑問を代弁するルクレリアに、


「おいおい、俺専用の剣がただ振るわれるだけとかダメだろ?」


 等と指を振りながら謎かけのような答えを返す。

 そのナチュラルにイラつく態度に、


「ダメじゃねぇよ! お前が一番強いんだから!」


 とルクレリアが認めたくもない事実を吐き捨てる。

 あらゆる武器を扱い、何なら無手でも強いルシルを剣士と呼んでいいのか謎ではある。

 だが、彼に扱われる武器は喜ぶに違いない。

 自身が持つ性能を限界まで引き出してくれる所有者などそうそう現れるものではない。

 だというのに、それがどうしてクロエが正拳突きしている事実に結び付くというのだ。


「リアは頭が硬いなぁ。

 意志を持つ剣クロエの存在に意味がないなら、普通の剣握った方がコスパ良いだろ」


「ルシルの頭がぶっ飛んでるだけだろ。

 剣に格闘技を習わせて何の価値があるっていうんだ」


「意思と動く肉体があるなら、持ち主と剣じゃない。剣を共有する二人組だ。

 なら、まず求めるのは俺の手を離れた先で生き残る自衛力。

 他者に使われることなく身を守り、俺の元へ戻ってこれる実力だ。

 そしてその延長線上には、戦闘時に互いの動きを読んだ連携までできるようになる!」


「……先は随分と長そうだな?」


 ぐっと拳を握ってルシルは熱く語る。

 勇者と肩を並べる強者が最低ライン……つまり、勇者パーティだと聞けば、ルクレリアの熱も消し飛ぶ。

 一体どれだけの時間鍛錬を積めばいいのだろう。


 というのも、ルシルとしてはやはり『折れた時』を考えれば、そう易々とクロエを使う気になれない。

 だから逆に、適当な『使わない理由』を作れば、問題をしばらく棚上げできるだろうと。

 一朝一夕で戦闘技術など身につくものではなく、引き伸ばしの手段としては確実性が高い。

 そして実際に身に着ければ、ルシルの心配など不要である。


「そういうわけでクロエには基礎からみっちり鍛えていくからな!」


「はい、ますたぁ」


 早くも息が上がりつつあるクロエは、健気にもそう言って震える腕を前に突き出すのだった。


 ・

 ・

 ・


「俺は勇者ルシル=フィーレだ。

 俺が来たからにはお前らももう終わり――なぁ、このくだり・・・要るんだっけ?」


「いえ、制圧してからで結構ですよ」


「りょーかい」


 運がいいのか悪いのか。

 それとも単に賊が蔓延っているのか。

 今まさに襲撃されている行商人をまたも発見してしまった。

 当然、一分ともたない非日常の一コマである。

 あっさり捕縛した山賊を引き連れ、次の村へと凱旋した。


 一つ目の村と同じく村長に部屋を借り、シエルの尋問にルクレリアが同席。

 手際よく情報を吸い上げた彼女に従ってルシルが出陣。

 特筆することなく襲撃を終え、血なまぐさい収集物を回収する。

 というのを二回・・も終えたルシルは深い溜息を零す。


「どう思う?」


「意図的、でしょうね」


「だよなぁ。いくら何でも同じパターンばっかりだ」


 余りにも高頻度で訪れる行商人の危機。

 見込める利益にリスクが釣り合わなすぎる。これでは商売が成立するはずなどない。

 というより、僻地なのに商人の数が多すぎやしないか。


 今思えば捕らえられていた人々にも違和感が残る。

 いかに販売価格が高かろうと、人を囲うのはそれなりに手間が掛かる。

 保管期間が延びるだけコストが増すことを考えれば、まばらな僻地で収穫するのは怪しいものだ。

 『副業』かもしれないが、せめて販売ルートが確立していれば、どちらにせよ釣り合いそうにない。

 ともあれ、そうした計算ができそうなほど山賊たちには大した学はなさそうである。

 賢いのか愚かなのか……判断が難しいところだった。


「しかも何か緩い・・んだよな。あいつら山賊だろ?

 言うなれば周り全部が敵なんだから、いくら自陣でもくつろぎすぎだと思うんだよな」


 ギィ、と椅子を傾けながらルシルがぼやく。

 これまでルシルが一人で遠征したのには訳がある。

 勇者の存在を広めるのが大きな理由だが、ルクレリアでは手加減ができず全滅させてしまう。

 賊に堕ちた者が極刑であっても、発見サーチ殲滅デストロイではいくらなんでもやりすぎだ。

 そう、賊討伐といっても作法があるのだ。

 特に比類なき力を持つ勇者には、ある程度の『寛容さ』が求められる。

 だが、その周囲が強いる寛容さでも、現地で首が飛ばないだけで末路は決まっている。

 だというのに生きる必死さが足りない。

 観念して大人しくできる者がどれほど居るというのか――


「これはもしや『マッチポンプ型』では……?」


 想定していた一つの解。

 問題を作り、それを解決することで信頼を得る。

 今回の場合は


「わざわざ山賊被害を演出して討伐するってことか?」


「そうとしか考えられません。

 こんな頻度と確率で賊に出遭えば村が孤立、枯渇してしまいます」


「シエルの尋問ですぐに吐いたのは、『解決組』に情報提供が必要だったから?」


「それだけは絶対に違う。間違いなく敵対者への態度だった」


 傍で聞いていたルクレリアが断言する。

 そもそも手を組んでいるのなら問いかけなど不要である。

 何なら襲われていた行商人の証言だけでも十分だろう。


「そうですね。もしかすると行商人を救出するだけで終わりって筋書きだったのかもしれませんね」


「だとすると予定狂いまくりだな。そりゃ焦るか」


「段取りが違うことで、私たちが『本物べつくち』だと判断したのでしょう。

 であればあの迫真の命乞いにも説明がつきます。

 逆に私たちはそんな態度に勘違いさせられた、と考えるのが妥当でしょうか?」


「なら拠点は本物ってことか?」


「恐らくは。盗品の質もそれなりでしたし。

 わざわざ演出のためだけに作る必要ないですからね」


「ならあいつらが『本物の賊』なのは確定としよう。

 んで、それぞれには直接の関連性はなさそう、ってことか? ややこしいな」


「はい。別組織だと考えていいでしょう。

 尋問の際に複数の拠点を申告していないのがその証拠です」


「要は裏で糸を引いているヤツが居るって話だろ?」


 そんな風にルクレリアが指摘する。

 元々彼女はその『黒幕』を引っ張り出すためにルシルを連れ出したのだ。

 可能性を考えるなら、偽勇者が最も大きい。

 だが――


「マッチポンプだとすると何だか変だと思わないか?」


「変?」


「各村での滞在期間は約一日。移動中の遭遇が三回連続・・・・ですからね。

 タイミングを合わせるなら、私たちと同行していないと難しいと思いませんか?」


「たしかに」


勇者ルシル様と黒曜の猫ルクレリア様が居て、尾行に気付かないわけはありません。

 それにマッチポンプの相手が『見ず知らず』っていうのはかなりのリスクですよね」


「実際に俺に取っ捕まってるわけだしな」


 ふぅ、と息を吐くルシルは頭を振る。

 山賊に遭遇したことで得られた情報は多い……が、どうにもまとまらない。

 決定打に欠けるとでも言うべきか。

 誰も意見が出ずに沈黙の時間が流れる。


「……今まで捕らえた者の中に伝手がないか、改めて調査いたします」


 シエルはサッと身を引いて出て行き、ルクレリアが後を追う。

 だが優秀な彼女の尋問に穴はないだろう。

 何か新たな切り口がない限り、この再調査は難航しそうだ。


「あの山賊たちが『偽勇者の噛ませ役』なら分かり易いんだけどなぁ」


 残されたルシルは溜息交じりにぼやく。

 次の指針が出るのはしばらく先になりそうだった。

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