146詐欺と商売の境目

「どうして勝手にあんなことを言った!?」


 不本意にもスムーズに進む尋問を、黙って堪えたルクレリアが発した言葉だ。

 尋問していた納屋から離れ、ルシルの待つ部屋に入る直前。

 ダンッ、とシエルを壁に押さえつけて問いただす。


「あんなこと絶対にルシルは認めない」


 ギリッと口の端を噛みしめ、シエルに迫る。

 奴らは間違いなく殺しをしている。あの濁った眼を見ればわかる。

 少なくとも、シエルの『被害者を帰したのか』の言葉に突っかかる程度には、自覚があるのだ。

 そんなケダモノを助ける義理など毛頭ない。

 たとえ巨悪を屠るためであっても、許しを与えるべきではない。


 激情に支配されるのを何とか押し殺すルクレリア。

 彼女を前に当の本人はというと、シレっと「そうでしょうね」などと口にした。

 一瞬呆気に取られたルクレリアだが、怒りは収まらない。

 このままでは減刑される。窃盗だけなら四肢の一本ほどだろうか。

 いくら生きにくくなるとは言え、何人殺したかもわからない相手に許されるものではない。


「だったらどうする気だ! あんな小悪党相手に魔術的な契約まで結ぶなんて!」


「ご心配おかけしました。けれど大丈夫ですよ」


「大丈夫、だと?」


 口約束なんて言い訳は通用しない。

 互いを拘束するために結んだ魔術契約は、取り決めがないなら内容に比するだけの罰則ペナルティが伴う。

 特に今回は罪人とはいえ、命が天秤に乗っている。

 一方的に破棄するようなことになれば、間違いなく命に触れることになるだろう。


「『罪を問えるのは法務官』とは言いましたが、こんな僻地に現れると思いますか?」


「は?」


「こうした僻地での賞罰の扱いは、その地域の有力者に一任されています。

 いちいち領主や国王が出張ってくるほどの一大事なんてそうそうありませんからね」


「……どういうことだ? 嘘だったのか?」


 今度こそ呆気に取られるルクレリアは、押さえつけていた手の力が抜ける。

 剛力から逃れたシエルは、すっと襟を正してにこりと笑って続けた。


「いえいえ。罪科の判定は、正しく法務官の役割です。

 ただ、今回のケースでは土地の有力者が代行……正確には黙認されいて、要は『判断する者が違う』ってことですね」


「だとすれば契約など結べないのではないか?」


「そこがポイントですね。 

 どんな契約でも手間とコストが掛かるので、普通は意味や結果を求めます。

 だから『無意味な契約』なんてしないだけ・・・・・で可能なんです。当然意味はありませんけど」


「意味がよくわからないのだが?」


「今回の場合は内容ではなく『契約という様式美』に意味があったわけです。

 仮に法務官預かりになったとして、私は・・『窃盗に手を染めていたと報告する』ことになるでしょう」


「ならっ――!」


「はい。なので・・・『余罪』については、ルクレリア様にご報告をお願いしたいと思っていました。ご都合いかがですか?」


 改めてにこりと笑うシエル。

 誰を相手にしても信用を勝ち取り、必要なものを揃える。これが百戦錬磨の商人か。

 あれだけ怒り心頭だったはずのルクレリアの肩から力が抜けてしまう。


「魔術契約はあくまで手段です。

 彼らはその手段さえまるで理解せず、中身も確認せずにサインしました。

 そうして『拘束力のない証言』を勝手に・・・行ったです。ルクレリア様、くれぐれも中身のわからない契約にはご注意を」


 感心するのと同時に、詐欺に遭った山賊に少しばかり同情してしまいそうだ。

 だが、腹の底から痛快さを感じるルクレリアは、大笑いしながらシエルの肩を抱いて扉を開けたのだった。


 ・

 ・

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「さて、拠点も潰したし、次は対抗組織探しが仕事だな」


 シエルが三十分ほどで手にした情報を受け、ルシルは単身で拠点を襲撃。

 その電撃的な襲撃で無警戒の山賊団は、何の見せ場もなく壊滅した。

 拠点には監禁されていた人も居たため、救出して現在身を寄せている村でリゼットが手当てを行っている。

 聖女直々の治療とは運がいいものである。


 盗品についてはシエルが担当し、ルクレリアが荷物運びについている。

 救出と盗品で三往復してようやくすべて回収し、一仕事終えたルシルはググっと身体を伸ばして指針を確認したのだ。


「残念ですがスピード解決しすぎて周辺に噂が広まりませんでした。

 当初の予定だと先に村で情報収集と周知してから出陣でしたからね。

 予定が繰り上がったのはよかったのですが、少し勇み足過ぎたかもしれません」


「『待ち』だったか?」


「ルシル様の性格上、被害が広がるのを知ってて放置は無理ですよね」


「ま、まぁ……大局的に見るのは苦手だが」


「負けたら滅亡する、みたいな状況でもないですし、目の前の人を切り捨ててまで急ぐ必要はありませんよ」


「そう言ってくれると助かるな」


 シエルの言葉にルシルはホッと一息入れる。

 少なくとも監禁されていた者たちは救出できた。上々の結果だと思うべきだろう。

 それに彼女には腹案があるからこそ、止めなかったのだ。


「この周辺の治安は改善されたので、このまま隣の村へ足を延ばしましょう」


「『世直し』の範囲を広げるのか?」


「はい。やることは相手と同じ『勢力の拡大』です。

 いずれルクレリア様の警戒している組織とぶつかるはずです」


「ここはどうするんだ?」


 二人の話を聞いていたルクレリアが疑問を投げ掛ける。

 旗頭が動けば村は無防備になる。

 個々の能力が高いため、誰かを置いて行っても何とかするだろう。

 だが、頭数の少ないルシルたちは、分割するにしても二つが限度。

 『勢力を伸ばす』となると、あまりにも心許ない数である。


「バベルからこちらへ護衛を付けて行商を出す予定にしています」


「こんな僻地に理由もなく人を連れて来て大丈夫か?」


「『勇者の商会』の理由で十分ですよ。

 それにこれから商圏を拡大していく予定・・・・・・・・・・・なので問題ありません」


「あー……なるほど。広げた世直しエリアを巡回するってことか。

 まぁ、戦力を連れ回すなら行商と護衛を装ってた方が不自然じゃないか」


「僻地を行き来するとなると、随分とそのヵ……コストが掛かるだろ?」


 話を持ち込んだルクレリアが気まずそうに口にする。

 たしかにギルドや彼女が関わっているとはいえ、大した額が動かせるわけではない。

 それなのにルシルへの直談判からすぐに行動に移せたのは、シエルの後押しがあったから。

 騙るだけの木っ端ならともかく、勇者の名誉を毀損しかねない極悪人を叩くのは、彼女にとって当然のことである。

 むしろルシルが首根っこを掴んで制止しなければ、この辺り一帯が焦土と化していたかもしれない。


「本来なら現地に突撃して即殲滅、が好ましいのですが」


「お前のその好戦的な姿勢はどこから来てるんだ?」


「ルシル様でしょうか?

 ともあれ、全容を解明する前にそんなことしても逃げられちゃいます。

 結局現地調査は必須で、けれど取り込まれては意味がない。

 そのために『偽勇者側』なんですから、この件を受けた時点である程度の時間もコストも織り込み済みですよ」


「そう言ってくれると助かるが……」


「それに一見すると寂れていますが、余地はありますよ」


「よち?」


「地域差って格差を含めて結構重要でして。

 行商はその差を広げたり埋めたりすることで利益を得ています。

 つまり商売が成立することは確定的なので、次の障害は物流です。

 それをバベルが活性化させて周辺地域と繋げば一気に発展しますよ」


「でも分かってて誰もしないってのは何か理由があるんだろ?」


 得意分野しょうばいの話になると元気になるのは、シエルであっても同じ。

 この『切り替わり』が分からずにハテナを浮かべているルクレリアに代わり、ルシルは呆れるように声を掛ける。


「見返りが大きい分、物流の投資額は桁違いです。

 道路整備を始めとして、村に宿泊施設も必要です。

 それこそ店一軒建てるのと比べるなら、二つ三つ四つ桁が変わってくるレベルです。

 なのでそこまで自分の先見性に賭けられる人ってそうそう居ません。

 まぁ、私はルシル様せいぎ下僕しもべで、バベルは基本的に必要に駆られてけいひで運営されているので問題ありませんが」


「……それをギルドに請求したりしないよな?」


「一口乗る気なら受け付けますが?」


「いや、いい! あたしの判断で出せる額じゃない! 間違いなく!」


「それは残念ですね」


 予見できた返答に、シエルは口ほども残念そうな気配もなく引き下がる。

 これでまたバベルからルシルへの借金が増え、今後も赤字会計が続くことだろう。

 商人は日々利益を出そうと必死にしのぎを削っているはずなのに。

 ルシルは未だにシエルの商売のやり方がまったくわかっていなかった。

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