145偽勇者の国作り

「地方の山賊を潰して回ってるヤツがいる?」


 周囲ががやがやと騒がしい打ち上げの場で、ルシルは頭上にハテナを浮かべる。

 僻地の治安を守ってると考えれば願ってもないことだ。

 どうにも『狩る』という強い言葉に引っ掛かる点を除けば、だが。


「賊にも良し悪しがある。必要悪とでも言えばいいか。

 多少の上納金みかじめりょう周辺の治安なわばりを維持してくれるなら安いものだろ」


「まぁ、辺境の村が単独で自警団なんかを維持できないからな。

 そういう意味では一帯を牛耳る賊の存在はありがたい、ってことか」


「あくまで限度を越えなければ、だが。

 そういう意味で安定している僻地で『世直し』をしてる馬鹿が居てな。

 それ自体を問題にするわけでもないが、結局山賊の縄張りを喰ってる・・・・んだ」


 これにはルシルが閉口する。

 要は『代替わり』。それも正義の味方のお面まで被って。

 そういう意味では怪我や事故、老いなどで腕っぷしが無くなった時にも再就職はしやすかろう。

 だが、争いに身を置く者としては、何とも言い難い不快感を抱く。


「世直しを掲げてるだけの山賊?」


「どちらかと言うと傭兵の押し売り・・・・、だな」


「あー……地域巡回するタイプで? それで生活費をせびってる感じ?」


「そうだ。ここまでならそれなりの数が存在する」


「はぁ?!」


 自警団の立ち上げとなると聞こえはいいが、山賊が傭兵の『真似事』を始めただけで、中身はさして変わないという。

 たとえば周辺地域の治安維持を盾に、関所を設けて通行料を巻き上げたり。

 何なら難癖をつけて積み荷の一部をちょろまかしたり。

 もちろん、魔物や同業者さんぞくが出れば交戦も辞さないが、命までは懸けない。

 彼らは『楽をしたくて暴力を振りかざす』のだから。


「僻地にまで名が知れ渡っていて、取り締まれる者が居ない有名人を騙る。

 まんまと『入り込む』ことに成功した後は、適当なところで組織を残して『出奔した』とか言えばいい」


「それで残るのは『勇者お墨付き組織』ってことか?」


「そのネームバリューのせいで、地元も大きく反抗もできない。

 逆に威張り散らして国にまで報せが行かないように、本人たちも自重する。

 なかなかのバランス感覚だとは思うが、問題はそいつら・・・・を潰して回ってるやつらが居ることだ」


「んん? え、要は縄張り争いが佳境って話か?」


「違う。そうして蔓延った『偽勇者の組織』を配下にしてるやつらが居る、って話だ」


「……それは何が違うんだ?」


「どうにも噂が絶えなくてな」


「噂?」


「あぁ。『国を出奔した勇者の国作り・・・』。

 どこの誰が考えたのか。どうだルシル、まさにお前のような筋書きだろう?」


 ・

 ・

 ・


「拠点の場所を教える気はありますか?」


 金の髪を揺らす少女、シエルは優しく問いかける。

 土間に正座姿でバンザイ状態の男に、だ。

 滑稽なように感じる姿も、惨状をより正確に描写すれば、その凄惨さがうかがえる。


 たとえば、正座する太ももには金属の鎖が掛けられている。

 上げる両の手首も鎖が巻かれ、それが天井のフックに引っ掛けられて吊るされていた。

 身じろぎさえ許されないほどに伸びきっている腕は、血の気が引いて痺れているだろう。

 今は返答ができるように口が塞がれていないのが救いだろうか。


「言うわけねぇだろクソガキが」


「私を小娘だと思って侮っているようですね」


「そんなに知りたきゃケツでも振ってみろよ! ハハハッ!」


「んー。なるほど、では貴方の解答権は『それ』でいいですね」


「は? 何言ってんだこい――もがっ!!?」


 背後に立っていた黒髪の女が、すっと前に出て口に布を詰め込んだ。

 これで罵倒はできないだろう。いや、呼吸が随分と……ましてや舌を噛むのも難しい。

 大した未練も感じさせず、次の山賊の口布を外した。


「では次にお伺いします」


「がはっ……何がしたいんだお前」


「おや、聞いてませんでしたか? 拠点を訊いているのですが」


「言ったら殺される身で誰が言うんだよ。馬鹿なのか?」


「違いますよ。言わなくても極刑ですよ?」


「――ッ!!」


 金髪の愛らしいはずの彼女の目が、すうっと引き絞られる。

 殺しを日常に取り込む極悪人の背に冷たいものが走る。

 思わず同業者を……いや、その程度のレベルではない。

 視線に殺気を乗せられるならば本業アサシンだ。

 その筋のプロでなければ……だが、だからこそ情報は生死を分かつ。

 こんなところで軽々に出しては――山賊は頭をフル回転させて逃げ道を探す。


「とはいえ、これでは誰も話してくれませんよね」


 にぱっ、とすぐさま笑顔に戻る。

 先ほどまでの圧が消え失せていた。

 殺気の出し入れが自由なことに、山賊はさらに肝が冷える。


「有益な情報には、その分便宜を図りましょう」


「べ、便宜、ってのは?」


「罪科を問うのは法務官です。

 なので私は、これまでの犯罪を過少報告いたします。

 たとえば……『貴方たちは窃盗に手を染めていた』なんてどうでしょう?」


「おい、そんなことを勝手に――」


 背後の黒髪女が制止するも、金髪は視線を向けるだけで黙らせる。

 これは取引である。相手がその気にならなければ、一生ダンマリを決め込むだろう。

 こんな奴らとの根競べするなど、彼女の人生の浪費でしかない。

 さっさと終わらせてルシルの下へ戻りたいのだ。


「……そんなことをしてお前らに何の得があるんだ?」


「得? 得ですか。説明いりますかね?

 貴方たちがせっせと集めた盗品モノを丸ごといただくためですよ」


「なっ――」


「法を守らない者を、法は当然のように守ってくれません。

 つまり『正義の味方わたし無法者あなたに何をやっても良い』ってわけですね。

 どうです? 財宝を溜め込む竜種ドラゴンよりも、その辺をうろちょろしてる盗賊狩りバウンティハントの方が楽に儲かると思いません?」


「……持ち主に返す、わけじゃないんだな」


「明確な証拠があれば別ですけれど。そもそも生かして返してます?」


 にこり、と笑う表情には、有無を言わさぬ迫力が乗っかっている。

 この尋問でぶら下げた減刑メリットが飲めないのなら、これからは・・・・・凄惨なものになると暗に言っていた。

 これまでの経験から想像力豊かな犯罪者かれらに、彼女の言葉に抗う術は残っておらず、先を争うように口が滑る。

 彼女が告げた『罪科を問うのは法務官』の本当の意味を知るのはもう少し先である。


 ・

 ・

 ・


「で、自称勇者おれたちを潰しにくるヤツを釣るために勇者役をするんだな?」


 勇者を騙る者が乱立する地域に潜入したルシルが口を開く。

 村長が解放してくれた部屋に全員が集まっている。

 合計で三部屋。部屋割りはルシルとミルム、クロエ。

 その残りのルクレリア、シエル、リゼットで、最後の一部屋は尋問用の納屋である。


「勇者が勇者役ってトンチみたいですよね」


 ベッドでゴロゴロするルシルは、シエルが笑顔で告げた言葉にぐったりする。

 何が悲しくてわざわざ『自己主張』せねばならないのか。

 普段はむしろ肩書きを隠して生きているルシルからすると、気恥ずかしいとしか言いようがない。

 そのせいで割を食ったカランディールは、ミストフィア大森林での残務に追われていたりする。


「とりあえず納屋の山賊が吐いてくれれば、シエルの作戦。

 ダンマリ決め込まれたら、しゃーなしリアの方って感じだな」


「随分とあたしとの扱いに差があるな?」


 ギロン、と目と口を尖らせるのは、黒髪をポニーテールに結い、澄んだ青い目をした女だ。

 黒と赤をベースに白のラインが入った外套。

 その隙間から身体に沿う軽装が見え隠れし、瑞々しさを感じさせる。

 黒曜の猫クロネコの代名詞である、黒い全身鎧を脱ぎ、巨剣を置いた彼女を、誰がルクレリアだと思うだろうか。

 彼女はその黒い重鎧トレードマークによって、ある意味匿名性を保っているのである。


「だってお前のは『待ち』だから時間読めないだろ」


「そんな簡単に『命綱じょうほう』を吐くと思ってんのか?」


「この場には馬鹿みたいに交渉に強いヤツが居るから心配すんな」


「……お手並み拝見、とさせてもらおうか」


「はい、お任せください」


 シエルは、ルクレリアの訝し気な視線をものともせず、ルシルの期待に応えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る