144世直し勇者

 偽勇者。

 実在する英雄や有名人を騙る者は一定数現れる。

 最も身近なものは関係性を匂わせる・・・・、当人の『知り合い』を騙る例だろうか。


 そんな下駄を履いたような評価で何を成すかは非常に重要である。

 というのも、善行を積むのならお目こぼしもされるが、悪行に手を染めるのであれば話は変わる。

 名声に少しでも傷をつける行為は、口コミや噂が支配する世界で許されるものではない。

 ちょっとした罰則などでは済まず、極刑すらありえるほどの重罪となる。

 だが――


「いまさらだろ、そんなの」


 バッサリと切ったルシルは、倒した椅子を立たせて頭の後ろで手を組んだ。

 行儀悪く口でカップをカタカタ揺らして息を吐く。

 取り締まりがどれだけ厳しかろうとも、誰かが何処かでやっていることだ。

 そんな些細な事に首を突っ込むとなると、全国民を監視するくらいしないと取り締まれない。


「どうにも今回は事情が違う」


「力自慢が騙ってるわけじゃないって?」


「国の目が届きにくい片田舎なのは定石だが、問題は『勇者ルシル』を騙っているところだ」


「そんなの今までいくらでも居ただろ。いまさら何が問題なんだよ」


「お前、自分の状況が分かってないのか?」


「状況って?」


「オーランドから出奔して、片田舎に引っ込んだ勇者だぞ」


「……俺のことじゃん!?」


「だからそう言ってるだろ。お前のせいで『片田舎』は勇者が蔓延ってる・・・・・・・・んだよ」


 衝撃的な話を聞かされたルシルは、今度こそ一時停止に追い込まれる。

 事実ベースで騙られるほど厄介なものはない。

 それはシエルとの付き合いで嫌というほど理解している。

 そして状況に拍車を掛けるのは、


「ここ最近、目立った動きもなかっただろ。

 出奔してからあちこちで噂を流したくせに、急に所在不明だぞ。

 つまりどこに居てもおかしくない。

 それにしたって普段から僻地なのに、さらにこんな辺鄙なところに居るんだ?

 しかも周辺国に情報封鎖までしやがって……お前の不在が辺境にどれだけ迷惑を掛けてるかわかってるのか」


「それは深い訳があってな」


「……シエルの仕業か」


 ぴとっと横にくっついているシエルへ視線を向ける。

 まったく、人目も気にせずに何て様だ。

 大商会のトップとは思えない軽さに、ルクレリアのこめかみが滾る。


「はい。勇者の愛人シエルです」


「何でそんなことを?」


「相変わらずですね。ルクレリア様。端的に言えば面倒ごとを避けるためです。

 ルシル様捜索に人手が必要で一計を案じたわけですが、あまり周知されると収拾がつかなくなりますからね」


「……行方不明だったのか?」


「あ、俺、つい最近までここの神域に捕まっててな。

 しかも悪いことに時差ありの閉じ込め系で結構苦労してんだぜ」


「お前は戦争が終わっても何かしらに巻き込まれているんだな」


「まったく嬉しくないけどな」


 ざっくりとした説明をすると、そんな風に同情される。

 面倒ごとが押し寄せるのは今に始まったことではない。

 にしても、騙りが横行するのは有名人の常である。

 いくらあちこちで話題になったとしても、だからこそ調査をされて潰されるだろう。

 いたちごっこのような勃興は、それこそ今に始まったことではない。


「つっても引退決め込んだ有名人の騙りはいくらでも出るだろ。

 なんで俺の時だけ目くじら立てて来るんだよ? リアが処理を任されたからか?」


「それもある。だが、奇妙なことが多くてな。たとえば『潰して回ってる勢力が居る』とかな」


 ・

 ・

 ・


「俺はルシル。オーランドの勇者、ルシル=フィーレだ。

 今まで好き放題してたみたいだが、俺に出くわすとは運が尽きたらしいな」


 荷馬車が止められ、今まさに襲撃が行われている真っ最中。

 そこへ現れた腰に剣を佩く茶髪の男は高らかに宣言した。

 その大音声に、襲っている方も襲われている方も一様にはたと静止する。

 というのも、三人の女と二人の子供を連れているからだ。


「宣言せず叩き潰せばよかっただろ」


 隣に立つ黒髪をポニーテールに結んだ女がちっ、と舌打ち交じりにルシルをけなす。

 外套を纏いながらも、豊満なボディラインが見て取れる。


「『俺』を広めるって話じゃなかったっけ?」


「証人が居れば十分だと思いますよ」


 反対側の長い金髪を流す小娘は覗き込むように笑う。

 名声なんてのは勝手に上がっていくものだ、とでも言わんばかりだ。


「えーそんな段取りなかっただろ?」


「それでも早くしないと行商の方を人質に取られてしまいますよ」


 琥珀の髪をシニヨンにした小娘が、少し後ろから男を突っつく。

 極めつけが、何だかキラキラした目をしているのと、危機感の薄い顔でぼんやりする子供二人だ。

 何を見せられているのか……強盗たちは、恐ろしく場違いな闖入者に向けて、思わず噴き出した。


「くはははっ! 勇者様がこんな田舎に居るわけねぇだろ!」


「よっしゃ、獲物が増えたぞ! あの黒髪は俺のだからな!?」


「俺は金髪だな!」


「上物だ。傷はつけんなよ! あいつらはみんな高く売れそうだ」


 がはは、と笑い合う。

 勇者を前にして……いや、ただの『死にたがり』だと思われている。

 剣を持ってるだけの青二才に、百戦錬磨の山賊団が負ける訳が――


「遺言は済ませたな?」


 距離があったはずの男の声が、すぐ真下・・・・から聞こえる。

 今さらにして高鳴る鼓動。追い付けるのは視線だけ。

 そこには眼前でしゃがみこみ、拳を握りしめる男の姿が映る。


 ――ドゴンッ!


 金属の胸当てが鈍い音を上げ、ヘラヘラ笑っていた山賊の身体が真横に吹き飛び木をへし折った。


「ルシル様、もう少し手加減を。生け捕りでお願いします」


「したんだよっ! くっそ、武器持っただけの素人かよ」


「戦闘訓練するほど勤勉なら賊になるかよ」


「あぁもう、わかったよ! 優しくぶちのめしてやるさ」


 状況に追いつけないまでも、残りの山賊の血の気がさぁっと引いていく。

 だが、それさえも遅く、五人も居た山賊は、瞬く間に眠らされるのだった。


 ・

 ・

 ・


「というわけで、勇者ルシル様です」


 救われた行商人は、目的地の村長にルシルを紹介する。

 彼の背後にある荷馬車には、きっちり拘束された男が五人詰め込まれていた。

 その実力を疑う余地はなく、被害に悲鳴を上げていた村人たちは、勇者ルシルを歓迎した。


「ところでどうしてコヤツらを連れて来たのです?」


 一度でも『手軽な手段ぼうりょくを行使した経験』があれば、二度目はより容易く手を染める。

 回数を重ねるほどに忌避感は失われるため、賊に身をやつした彼らが信用されることはまずありえない。

 もちろん、周囲が個別の事情を汲んでくれる例外は存在しているが、それを期待できるほど『賊』への評価は高くない。


 ゆえに対処はその場での極刑……討伐・・が普通。

 連れ歩くにも荷物になるし、反乱の危険まで付きまとうからだ。

 村長の痛い視線も『処分品ゴミを持ち込まれた』と解釈すればごくごく自然なものである。

 そんな村長の疑問に口を挟んだのは、背後に立っていた金髪の女性だ。


「この五人だけで山賊業が営めるとは思えません。

 生きるには奪うだけでは足りないことが多すぎますから」


「えっと、どういうことでしょう?」


「要は拠点ねぐらを吐かせて、根絶するって話さ」


「なるほど!」


「なのでしばらく私たちが寝泊まりできる場所をお借りできますか」


「はい。宿などという上等なものはありませんが、何部屋かご用意いたします」


 ルシルが言葉を引き継ぎ補足すれば、怪訝な顔だった村長は破顔した。

 歓迎ムードでとんとん拍子に話が進む背景には、やはり山賊の被害は小さくなかったのだろう。

 事情を深掘れば、もしかすると『みかじめ料』まで払わされているかもしれない。

 対抗すべく自警団でも編成できれば別だろうが……こんな僻地の村では、専属兵力を用意することは不可能だろう。

 よくて兼業……これでは専門家さんぞくに対抗するのは難しい。


 それに近辺ににらみを利かせて縄張りにしていた山賊を撲滅するのも危険を孕む。

 というのも、突然できた空白地帯を目指してゴロツキが押し寄せる。

 店が勃興するように、雨後の筍のように、新たな縄張り争いこぜりあいが起きやすい。

 世の中、何かを諦めることも大切なのだ。

 村長がそんな当然の事実を知るのはもう少し先のことである。

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