143ノーサイド

「怪我は、いいのか?」


 静かに見守っていたルクレリアが素っ気なく訊く。

 その投げやりな姿に申し訳なさが滲んでおり、ルシルは『ぶっ飛ばしたお前が言うな』との言葉を呑み込んだ。

 嘆息を一つこぼすだけで許し、額を拭って見せる。


「まぁ、血は止まってるな」


「そうか。相変わらず頑丈な奴だ」


「あれ、今俺はお前を気遣ったんだけどな?!」


 なんて茶番を演じる程度には、ルシルの傷は浅い。

 あれだけ激しく叩きつけられたというのに。

 そういえばリゼットに治してもらってないな、と薄情な聖女に視線を向ける。

 今さら気付いたとばかりに治癒術を掛けてくる。

 仄かに体温が上がる感覚は相変わらず気持ちがいい。


「シエル、このヘタレ勇者の代わりに出られるか?」


「ふぁっ!? リア、急に何だよ。まだ荒らす気かよ」


「メンバーに入ってないので無理ですかね?

 あ、でも『勇者パーティ』には間違いないですし、相手が了承すれば……」


「馬鹿なの?! あんな大剣振り回して手加減とかできる訳ねぇだろ!」


「大声で『手加減』なんて叫んで大丈夫ですか?」


 視線が、痛い。

 実際に手加減されたとしても、わざわざ明言されるのは違うだろう。

 というより、本気にさせてやる、と全方位からの意思が伝わってくるようだ。


「自分で波乱を呼んでるな。アホ勇者」


「戦闘狂に言われたかねぇよ。まぁ、全員が良いなら頼むが?」


「おう、頼まれてやる」


 ゴツン、と拳を合わせて物見台を降りていく。

 その後ろにおずおずとしたリゼット、忙しない勇者一行に嘆息するカランディールが続く。

 負けることはないだろう。が、どちらかと言えば対戦相手の方が心配だ。


「あいつ、まさか《幻影ファントム》まで使わないだろうな……?」


 ルシルはぽつりとぼやくのだった。


 ・

 ・

 ・


「え、お前が来たのってこの大会ぶち壊すためじゃなかったの?」


 ルシルは食事の席で、わざとらしくスプーンを落としながら問い掛ける。

 個人戦、集団戦の全工程を終え、国の垣根を越えてノーサイドで互いを称え合い、情報を共有していた。

 死者どころか重傷者すら出さなかったのは、全員の高い意識と幸運だったと言えるだろう。

 そのままどんちゃん騒ぎに突入し、今は打ち上げの真っ最中である。


「こっちは盛り上げようと気を回してだな――」


「へーほーふーん? それで間違いなく相手を両断する斬撃を《幻影ファントム》も混ぜて何度も振り回したって?」


「それは少しばかり手違いが……」


「手違いで済むかボケッ!」


 一番の功労者であるルシルはダンッとテーブルを叩いた。

 黒曜の猫クロネコとまで謳われるルクレリアの言葉が小さくなっていく。

 それは集団戦二回戦の出来事。

 シード権を行使した勇者パーティの初陣に、ルシルの代わりにルクレリアが出場した試合である。

 前衛の入れ替えコンバートなので、何も問題がないように思われた――が、結果はルシルが話した通り。


 加減を間違え……いや、手加減の下手さは『振れ幅』を生み、むしろ攻撃の虚実や強弱を読む・・人を相手にすると致命的。

 それでなくともルクレリアの武器は巨大な剣……質量をぶつけただけでも人を叩き潰せてしまう。

 なのにいつもの調子で《幻影ファントム》まで扱えば――平和な競い合いの会場に人数分のミンチが転がる結果が待っている。


 そんなことを許すわけにはいかず、ルシルが何度となく割り込む羽目になったのだ。

 二回戦の相手にはまったくもって申し訳が立たない……が、意外にも『勇者と共闘できた』と好評で助かった。

 たしかに肩を並べて戦ったのは間違いない。

 ちなみに、それ以降はルクレリアに発言権はなくなっており、ルシルが数打ちの剣で出場していた。


 彼女を擁護するならば、ギルドが普段相手にするのは主に魔物。

 もしくは悪人が対象であり、捕獲や制圧の依頼もあるものの、ほとんどが討伐がメイン。

 ルクレリアも類に漏れず、いいやむしろ誰の手にも余るようなものを討伐かるのが仕事。

 ゆえに素材の品質を気にしたとても、命の有無はあまり関係ない。

 それらは結果が物語っていた。


「ますたぁは何故わたしを使ってくれなかったのですか」


「……まだその時期じゃないからな」


「そうでしたか」


 何とか捻り出した答えを聞いて、禁足地で拾った剣クロエは目の前のご馳走に舞い戻る。

 剣のくせに飲み食いするんだな、なんてルシルは暢気に考えていた。

 いや、彼女の主体は『人』だったか。ともあれ、彼女を使うだけの情報が足りない。

 ルクレリアの攻撃を止めただけあって強度は申し分ないが、せめて『折れたらどうなるか』くらいは知っておきたい。

 これだから逸品ユニークは扱いにくい、とルシルは溜息を零す。


「優勝おめでとうございます」


 次にすすすと寄ってきたのは、打ち合わせを終えたシエルだ。

 今後の流れを説明するために来たのだろう……にしてはいやに距離が近い。

 いつもの悪ふざけが発動しているようだ。


「既定路線だろ。それよりエルフの心境が心配だな」


 個人、集団とどちらも優勝できなかったエルフ陣営。

 いいや、勇者とさえぶつかれずに敗退していた。

 まさか人族に負けるとは思って居ない彼らは、観客席のあちこちで息を呑む姿が見られた。

 下手をすると『鍛え直しさいきょういく』が施されるかもしれない。可哀想に。


「たかが人族と高を括っているからだ。油断していた我らが悪い」


「カランは厳しいねぇ。

 どちらかと言えば、エルフに全力を出させなかった人族を褒めてやって欲しいがね」


「まったくだ。我々をたった一戦、二戦だけで分析して対策して来るとは人族は侮れぬ」


 カランディールはギリっとカップを握り込んだ。

 指揮官からしても人族の適応力の高さは見過ごせない。

 ただの一撃で殲滅でもしない限り、何処かで凌駕して来ることだろう。


「あぁ、どちらも決勝で敗退していましたか」


「武力は示せたと思うか?」


「『脅威こわさ』と『対策あんしん』を与えられたと思いますよ」


「まぁ、能力スペックだけはどうにもならんしな。

 『攻撃するには厄介だ』程度の認識さえ埋め込めればいいんだな」


「メリットをデメリットが上回ればいいだけですからね」


 広げられた食事をつまみ、シエルは舌鼓を打つ。

 これらの料理はエルフが提供している。

 三千人にも上る宴会料理を大盤振る舞いしているのも、国力を見せるにはもってこいだ。

 倉庫が空になろうとも、一度は出した方がいいとシエルの入れ知恵である。

 ちなみに、補填はバベルから行う予定なので、これが遠征における対外的な唯一の出費になる。

 それも後払いなので、もう少し先の話なのだが。


「それで、こっからどうするんだ?」


「そうですね。五日ほど闘技場でルシル様指導の訓練を入れたいですね」


「一応、それが名目の遠征だから仕方ないか」


「ミルム様とメルヴィでゴロゴロしたいところ申し訳ありません」


「……根に持つなよ。それくらいやってやるさ」


 これが休暇を取り上げられた弊害か。

 ルシルははぁ、と息を吐く。働きづめの気がしてならない。

 実際はイベントが少し重なった程度である。


「で、ルクレリアそっちの用件は何だ?」


 ようやく水を向ける。

 茶化しはしたものの、ギルドの秘蔵っ子ルクレリアが乱入する案件だ。

 緊急か。はたまた高難度か。

 どちらにしてもまた面倒なことになりそうだ。

 ルシルは人知れず覚悟を決める。


「偽勇者が出たんだ」


 ごつい鎧の奥から出て来た声に、ルシルは思わずずっこけた。

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