142戦利品の少女

 謎の少女が突然現れたせいでルクレリアとの一戦が切り上げられた。

 元々おかしな形だったエキシビジョンは余計に混迷を極める結果に……。

 いや、ルシルと優勝者との一対一は、しっかり勇者の勝利で終わっていたか。

 ともあれ、会場の動揺を運営の手腕でねじ伏せ、集団戦の第一回戦が始まっていた。

 そんな会場を見下ろしながら、ルシルはうんざりした表情で床にドカッと胡坐をかく。


「どうしてお前がこっち・・・に居るんだよ」


 その背後に仁王立ちしている黒曜の猫ルクレリアが「細かいことは良いだろ」などと無茶を言う。

 怖ろしいことに、何故かルシルの右膝には謎の少女が腰かけていて、反対の左側にはひそっとシエルが付き添っている。

 闘技場のあちこちから「見せつけてくれるじゃねぇか」というような視線をもらうが、本人からするとはなはだ不本意。

 これはもう軟禁に近い、とルシルは天を仰ぎたくなる。


 ちなみにこの物見台ひかえしつには、カランディールを始めとし、リゼットとミルムも……それこそ魔鳥たちも居る。

 これだけ注目を集める面々が集えば、見世物小屋の『檻の中』だと錯覚してしまう。


「んで、お前は何なのさ」


 膝に乗る少女に、誰もが聞きたいだろう、疑問を投げ掛ける。

 腰まで伸びる新緑を思わせる長い髪。

 作り物めいたつるりとした白い肌に、白地に金のラインが入った艶やかなワンピース。

 幼くあどけないながらも高貴さを抱かせる、くりっとした銀の瞳を向けてくる。


「何と申されましても」


 言われてみれば『自分が何か』なんて問いに答えようがあるのだろうか。

 ルシルは急に哲学的な思考に陥り、二人はジッと見つめ合う。


「お名前はありますか?」


 シエルが割って入るまで時間はかからなかった。

 そうである。頭を使うのはルシルの仕事ではないのだ。

 気付かされる彼は、尋問……もとい、問い掛けを任せるが――


「……」


「おい?」


「何でしょう、ますたぁ」


「その、マスターってのはやめてく……いや、今シエルが名前を訊いたろ?」


 無視している、という雰囲気ではないが、シエルの問いには答えない。

 ルシルが声を掛ければ反応するようなので引き継ぐうように問い掛ける。


「『名前』とは何ですか」


「……貴方は、剣ですか?・・・・・


 伝承に数えられる装備ものにありがちな御伽噺せってい

 あらゆるものに変化したり、持ち主に忍び寄る厄災を払ったり、必勝を約束する武器だったり。

 そして――知性を有していたり。

 人々の妄想は飛躍し、そんな『存在しえないもの』を夢に見る。


 変形する道具や強度の高い防具、殺傷力の高い武器は作り出せる。

 遺跡から出土する、再現不能の古代遺物アーティファクトなんかも、それらに近い……が、現実には存在しえない。

 そう、ルシルの持つ翠扇スイセンでさえ、持ち主の『剛力』を効率よく暴風に変換する、ただの便利な道具である。


 そんなありえない御伽噺せっていなのか、と誰もが可能性を否定する中でシエルは訊いた。

 ルシルの傍に突然現れたこと。そしてその手から剣が失われていた・・・・・・・・こと。

 それらを踏まえれば、変化して、知性があって、反応する……御伽噺でんせつの武器そのものだ。


「だから、剣なのか、って――」


「はい。わたしはますたぁのつるぎでありたてです」


「――そうか」


 ルシルは深々と息を吸う。まさか肯定されるとは。

 というか、今更そんな幻想ファンタジーが舞い込んで来ても、遅い。

 彼の絶頂期ハイライトは魔王討伐で終わっているのだ。

 それならもっと早く欲しかっt――


「って、そんなわけあるか?! つーか、剣が人に化けるわけねぇだろ!」


 びしぃっ! と頭上から少女を指差す。

 そもそも武器なんだから、人の形を取るより前にすることがあるだろ!

 古代遺物アーティファクトか何か知らんが、どんな性癖でこんなものを作り上げんだ!

 というような、いろいろな思いがこみ上げる。


 武器の目的は、何よりも『敵』を殲滅することにある。

 無駄を削ぎ落した機能美の結晶ぶきこそ、ルシルが最も望むものだった。

 だが、指摘を受けた当の本人は、


「逆です。人が剣に化ける・・・・・・・のです」


 などと謎の供述をし、手首から先を刃物へと変化させた・・・・・・・・・

 淡々と行われた所作に、一同は驚きの視線を集中させる。

 だが、ルシルは驚くよりも前に、観衆の視線を遮った。


 珍しくはあるが、形態変化メタモルフォーゼする魔物も居る。何なら魔術でも再現可能だったりする。

 しかし、どちらかと言えば『最後の手段』である。

 基本的に相性のいい者、自らよりも優れた者へ形態変化メタモルフォーゼしたいだろう。

 だが、そもそも発動コストが高く、変化時間の制限タイムアップ待ち時間クールダウン弱体化プアなどの制約が付きまとう。


 それだけで済めばまだいい。

 無茶な要求には、当然のようにしっぺ返しがくるものだ。

 最悪、見た目しか模倣できず、元に戻れない……なんてことさえ起りえる。

 確実性を求めるなら、もっと別の方法があるだろう、というのが通説だ。


 だから今回のように、気軽に変化するなんてことは絶対にできない・・・・

 もしそんなことが可能であれば、平然と魔物が屋内に入り込み、他国にはスパイが蔓延る。

 それらが不可能な程度には難易度も制約もすさまじいはず……だった。

 まさかこんなに容易く形態変化メタモルフォーゼを成し遂げようとは……と深々と溜息を吐く。


「……何でしょうか?」


「人前で簡単に変化するな」


「りょーかいしました」


 ルシルの言葉を素直に聞き入れ、変化を解いて人の手に戻る。

 こうして目の前で実演されれば、信じる他ないだろう。

 実際、先ほどまで振り回していたルシルからすると、同一人物かどうかはさておき間違いなく剣であった。

 むしろ少しでも違和感があれば、その時点で腰に佩いたりしない。

 それにしても、何故ルシルを『マスター』と呼ぶのだろうか。


「マスター、ね……。俺はお前の主人ってことか?」


「はい。ますたぁ」


「どうして? 俺とお前は初対面だろ?」


「そう決まっているからです」


「……決められた経緯は分かるか?」


「わかりません」


 ふるふると首を横に振る姿に、ルシルはシエルへ視線を向ける。

 彼女からすると、ルシルが神域から持ち帰った剣は初見だ。

 それに今回に限らず、彼の剣は常に入れ替わっている。

 剣一本で成し遂げられるほど軽い道のりではないのだ。


「ルシル様、あの剣はどこで手に入れたのですか」


「禁足地の主からの戦利品ドロップだ」


戦利品ドロップ? 普通は素材では?」


「正確には戦闘跡地に落ちてたのを拾ったんだよ。

 昔の誰かが持ち込んだものだろうけど、古びた様子もないから予備つなぎでな。

 数打ちよりも上等だから森長には申告したんだが、特に記録にもないからくれるって言ってな」


「それで……所有者マスターですか」


 なるほど、とシエルは嘆息を入れながら納得してしまった。

 御伽噺にあるような『武器が所有者を選ぶ』ことはわりと起こる・・・・・・

 それは運よく出逢えるだけでなく、ずっと『保有し続けられるか』が問われ続けているのだ。


 そして、こと武器に関して、ルシルほど最適な者は居ない。

 敵対する相手も、本人の技量も超一流。

 何より、富や名声までも持つ彼が、外野によって引き剥がされる可能性は絶無だ。

 そういう意味で、禁足地の主の剣かのじょは、あるべくしてルシルの手に渡ったとも言えるだろう。


「いや、そんな理由ってあるか? 物ならともかく、こいつの言葉が本当なら人だろ?」


「どちらが正しい姿か、というのはこの際どうでもいいのです」


「何もよくないが?! 剣を拾ったら子供になった、なんて誰が信じる!?」


「あぁ、なるほど。ルシル様は『人攫い』を懸念してるのですね。

 でも大丈夫です。あそこで目を輝かせて集団戦を眺めるミルム様ぜんれいがいらっしゃいますから」


「それは大丈夫とは言わないだろ!?」


 頭を抱えるルシルだが、名無しの剣を名乗る彼女は、すでに彼を所有者マスターだと認めてしまっている。

 この状況で彼女を引き離すには、ルシルが所有権を手放すしかないだろう。

 だが、それを情に厚いルシルができるか――シエルには既定路線が見えていた。


「ちなみに剣と人の姿では、どちらの方が楽ですか?」


「……シエル、彼女の質問に答えてくれ」


「剣、のような気がします」


「まぁ、拾ったのは剣だしな……何でそんなことを?」


「何となく。興味本位で」


「おまっ……!」


「あ、でも剣の置き忘れはなくなりそうですよね」


「そんな便利グッズみたいに言うなよ……それに使えねえだろ」


 思わずルシルは項垂れる。

 乱暴に扱って人を折る・・・・わけにはいかない。

 だが、荒事で使う道具に気を遣うなんて、訳が分からない。

 むしろそうしないために数打ち品をルシルは使っているのだから。


「使って、もらえないのですか?」


「……お前は人だろ? 剣じゃない」


「わたしはますたぁの剣です」


「『人が剣に化ける』って言ったろ? なら本質は人だろう」


「はい。ですが、わたしはますたぁのつるぎでありたてです」


「あれ、話通じないぞ?」


 聞く耳を持たないとはこのことだろうか。

 ともあれ所属も名前も……いや、この場合は記憶ごとないと思った方がいいだろう。

 それに神域で生まれたのか、囚われていたのかさえもだ。

 ミルムの件もあるし、見た目通りの年齢だとは思わない方が賢明か。

 あれやこれやとルシルは考えを回すが、難しいことは周りが考えてくれるはずと棚上げした。


「そうか。お前は俺の剣ってことでいいんだな?」


「はい。ますたぁ」


「そうか。なら今後そう扱う・・・・ことにする。名前……は無いんだったな」


 ルシルはそう言って視線を切って考える。

 『深窓の令嬢』なんて言葉が似合いそうな彼女の名前――


「ならクロエってのはどうだ?」


「あぁ、地方の言葉で若草ですか。ルシル様にしてはセンスがありますね」


「辛辣ぅ!?」


「クロエ……」


「気に入らないなら別の名を――」


「わたしはますたぁの剣、クロエです」


「そっか、気に入ってもらえてよかったよ」


 ルシルはそう笑い、集団戦へ視線を向ける。

 この勝者が次の対戦相手だからだ。

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