141ルクレリア=ザイン2

 バッ、ザス、ガン、ドン……!


 互いに遠距離攻撃の手段を持たず、片や鎧の防御力を突破できず、片や攻撃を当てられない。

 それゆえの千日手。

 ある意味で延々と続く輪舞に、観客は食い入るように前のめりで固唾を飲む。

 息もつかせず目まぐるしく入れ替わる攻防は既に10分もの時間を数えていた。


 何処の誰がこれだけの時間、動き回れるというのか。

 それも互いに戦闘を継続しながらである。

 いくら戦場に身を置いていても、四六時中剣を振り回しているわけではない。


 ギインッ!


 鎧が上げた悲鳴に、ルクレリアは自身の初動よりも早い《幻影ファントム》を放つ。

 脇下らからルシルに向けての刺突を仰け反りながら廻る。

 掬い上げるような斬撃は、股下から胸元までを撫でてルクレリアの鎧に傷を増やす。

 鎧の振動と共に出現した二体目の《幻影ファントム》は、ルクレリアの真正面。

 ルシルを挟むように出現した《幻影ファントム》が下段、本体が上段を担当し、巨剣をお互い目掛けて横薙ぎにフルスイングした。


「無茶苦茶しやがる!?」


 ルシルは叫びながら跳んで下段を回避。

 上段ほんたいの攻撃を受けることを選択させられる・・・・・

 《幻影ファントム》の攻撃は消えるかもしれないが、ルクレリア本人の動作は止められないからだ。


 豪速で迫る大剣に、一撃で折れそうな長剣を添えるように乗せる。

 押し寄せる衝撃を逃しき――るよりも先に、二体目の肩上から三体目の《幻影ファントム》が振りかぶる姿で現れた。

 跳んで身動き取れないルシルの上から、隙間をなくすような刺突が繰り出される。

 いずれも自傷も辞さない暴挙。いいや、それにしては殺意が余りにも高すぎた。


 三体目の大剣の側面に手を添えたルシルは、ぐいっと押して軌道を逸らす。

 いかに『空間に焼き付く影』と言っても、動きを再現する以上、虚像が全く動かないわけではない。

 ゆえにその先にはルクレリアの本体が――


 ――ガシャンッ!


 胸元に吸い込まれていった虚像の剣は、ルクレリアの鎧を貫通することなく消失していた。

 ここでまさかのフェイント……いや、《幻影アレ》の攻撃はルクレリアに届かないだけ・・なのだろう。

 色彩が消えるほどに加速する思考で、ルシルはそう答えを導き出す。

 音が重なるほどの刹那の攻防。余裕を削られ続けるルシルの背後に四体目が出現。

 未だ身体は宙に浮き、両手はそれぞれ巨剣の処理に追われている。

 何とか後方へ逃れようかというタイミングでの追撃に、今度こそルシルの命運が――


 ――ガンッ!


 四体目が繰り出す剣よりも早く、ルシルの足が《幻影ファントム》の鎧に到達する。

 そう、《幻影かれら》は『空間に焼き付く影』である。逆に言えば足場にさえできる・・・・・・・・のだ。


「ははっ!!」


 これほどまでに自分に肉薄する戦いをする者を前に、ルシルは思わず笑いが漏れる。

 ルクレリア本人に《幻影ファントム》四体の総攻撃、合計五人分もの猛攻を辛くもしのぎきった。

 まさに間一髪。一手でも間違えば、軽装のルシルは巨剣を受けきれないだろう。


「んなっ!?」


 楽し気な弾む息を零すルシルを追って天を仰ぐルクレリア。

 その頭上を宙返りで飛び越え背後に着地。ルクレリアの背に自らの背を添わせ、わずかに腰を落とした。

 ルシルが一瞬ブレたような錯覚を残し――


 ズバンッ!!


 重厚な全身鎧ルクレリアが……いや、金属の塊が地面と水平に吹き飛んでいく。

 当然のようにすべての《幻影ファントム》は掻き消えており――飛んだ先で新たに二体が顕現してルクレリアを受け止めた。

 ゆっくりと身を起こすその姿に、ルシルが


「相変わらず繊細な魔術を豪快に使いやがる」


 と笑って褒めれば、対するルクレリアは


「飽和攻撃で捉えきれないお前の方がどうかしてるぞ」


 と巨剣を正眼に構え、見えない兜の下で悔し気に歯噛みする。

 この一瞬の攻防にどれだけ神経をすり減らされたか。

 そしてどれだけの者が二人の攻防を理解しただろうか。

 挑んだルクレリアは、ルシルの変わらぬ化物ぶりに打つ手を見いだせない。


 だが、これまでは『受け手』だったからこそ、『動き』を追う必要があった。

 逆に言えば、自分から『先』を取れば状況が変わる――。

 無防備にしか見えないルシルに、ルクレリアは遠距離で・・・・幻影ファントム》を発現させた。


「ぬおっ!?」


 予期せぬ攻撃に慌てて飛びのく。

 体勢の悪いルシルに、さらに追加の《幻影ファントム》、《幻影ファントム》、《幻影ファントム》と追撃を繰り返す。


「それ、射程どれくらいだ!!」


「この会場程度は網羅している!」


「おまっ、この範囲を予備動作無しで一撃離脱って鬼だろ!」


 今のように俯瞰していれば、ルクレリアもついていける。

 横、縦、斜め、体当たり、突き、と空を切り続ける《幻影ファントム》の攻撃。

 だが、振るわれる一撃ごとにルシルの体勢を悪くしながら近付いていく。

 限界を迎えるのももうすぐ――《幻影ファントム》を間断なく放ちながらもルクレリアは腰を落として身構えている。

 だというのに、


「ん……? ちょっとタンマ!」


「いまさら何を言っている!」


「いや、待てって! 何かおかしい!」


「そんなものが通じるかっ!」


 速度、重量、剣筋。すべてを兼ね備えたルクレリアの一撃が、体勢の崩れ切ったルシルへ向けて放たれる。

 まさに空間を断つような一閃は、吸い込まれるようにルシルの胴を薙ぐ。

 命に届きうる危険な一撃を、驚異的な技量でもって剣を差し挟み受け止める。

 だが・・、その『受け』には技術を乗せる時間は残されていない。

 ルシルは自らの膂力で対抗するしかなく――


 ――ギンンッ!


 剛力で握られた柄。巨剣を受け取めた剣身は軋みを上げる。

 当人たちには無限とも思える、刹那の邂逅。

 ほとんど拡散しきれなかった威力は、ルシルの身体を軽々と吹き飛ばす。

 衝撃に痺れる身体は受け身を取ることさえ許されず、錐揉みして吹き飛び無防備に背中から壁へ激突して埋まる。

 砕け散る瓦礫をガラガラと崩れさせ、土煙が辺りを覆う。


 個人戦優勝者が挑む、勇者との出来試合エキシビジョン


 それが、まさか飛び入り参加を許し、このような結末に至ろうとは……。

 誰も想像しなかった光景が目の前で繰り広げられていた。


「ふ、はははっ!」


 そして当人こそが信じられず、呆けていたルクレリアは思わず空笑いを上げる。

 誰も持ち上げられない巨剣を掲げ、ついぞ『剣が届いた』と高らかに。

 だが、


「いってぇな。リア、これは殺し合いじゃねぇだろ?」


 ――ゾン、と闘技場の空気が凍った。

 底冷えする洞窟に裸で放り出されたような感覚に襲われる。

 全身に怖気が走り、カタカタと身体が勝手に震え出す。

 それも戦場に出たこともある、歴戦の猛者が一様に、だ。

 が、その異常も、ルクレリアが巨剣をガンと地面に突き立てた瞬間に掻き消える。


 そうして――


「まったく。手加減てもんを知らんやつだ」


 土煙の向こうから平然とした足取りで中央に歩いて来る。

 あの光景を思えば重傷なはずだ。

 いや、間違いなくダメージはある。ルシルは額を血で濡らしていた。


「本気でやってようやく手が届くお前が悪い」


「無茶苦茶な言い分だな。それより話を聞けよ。止まれって言ったろ」


「戦いの中の言葉なんて無意味だろう」


 何故か加害者が被害者を言葉でなぶる。

 束の間の小休止インターバル。お互いが理解している。

 昂った戦人の血は、この程度では収まらない。

 だが、肝心の剣が……とルシルが視線を落とせば、そこにはわずかに曲がっただけの姿が存在する。

 あれほどの衝撃に折れたりひしゃげたりしない耐久力は、たしかに禁足地の主あいつ落とし物・・・・に違いない。

 潰してしまうほどにルシルはぎゅっと剣の柄握りしめれば――


 ――ご、、、、ま


「んなっ! ほら、聞こえるだろ!?」


「……何のことだ?」


 周囲をわたわたと見渡すルシルに、ルクレリアは理解できないと兜の奥で目を細める。

 勇者のすべての挙動に注意を払うべく。


「アレ? いや、だからあの声だよ」


「声? どうしたヤバい薬でも始めたのか?」


「おまっ、勇者になんてことを……」


 陽動にしては変だ。実際、さっきの攻撃で負傷までしている。

 ルシルが戦闘に関して、そんな『小手先』を使う必要性すらないはずだ。

 あの怪我でさえ、何かに気を取られていたか――だが、知ったことではない。

 勇者ルシル=フィーレと剣を交える機会がどれほどあるか。

 ルクレリアは大剣を緩やかに構えて応じる。


 ――大丈夫ですか、ますたぁ!


 会場アナウンスのような大音声が空間に響く。

 固唾を飲んで見守っていた観衆含め、全員がビクリと反応する。

 ルシルが「ほらな!」とルクレリアを指差した瞬間、ボンッ、と彼が小さな爆発と共に白煙に消えた。


 包まれた白煙から一瞬で飛び出るルシルと、距離を取るルクレリア。

 互いに『意図しない』ことをアイコンタクトで済ませて白煙を見守ると、そこには――


「わたしのせいでお怪我をッ!!」


 アヒル座りの少女がめそめそ泣いてるのだった。

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