139開幕

 大観衆の前から控室に下がると、一気に静けさが増す。

 各自、与えられた控室に向かっていく。

 この闘技場の外観は円形だが、中心が片側に寄っており、観覧席は扇形である。

 というのも、観覧席と反対側に参加者用の控室が並んでいるからだ。

 そして、その部分だけが二階建ての構造になっていた。

 シエルがあちこちに説明して回ったように、情報収集がやりやすいように、だ。


 団体戦の参加グループにはそれぞれ控室が与えられている。

 また、サポート役として参加者以外に少数の同行者が認められていた。

 だが、負ければ次回戦から追い出され、高さのない観客席に戻される。

 臨場感はあっても、情報を求めるならやはり俯瞰の視点が欲しいところ。

 腕試しと情報収集が目的の各国はそれなりに必死になる仕組みと言えそうだ。


 ところで。バベル商会シエルはこの期に及んで『何一つ支出していない』のだから詐欺である。

 各国が参加者兼運営者でもあるからできる離れ業だった。


「彼女を恐れる理由がわかる気がする」


 そんな交渉力に腕力まで加われば暗殺ですら難しい。

 全てを見て来たカランディールは絞り出すように吐き出す。


「そうか、カランも今日からこっち側だな。

 単純に誰が強い、弱いって話より意味深で怖いよな!」


「何の話をしているのですか」


 カランディールの様子にカラカラ笑ってルシルが同意すれば、控室で待ち受けていたシエルが、二階席からジト目で見ていた。

 その横には、ミルムが物珍しそうに会場を見下ろしている。

 これから行われるのは原始のコミュニケーション。

 人同士が傷付け合う、お子様には見せられない過激なショーだがミルムは別枠だ。

 それにルシルと一緒に居れば危険が伴う。『その時』が来てからでは遅いという判断だった。


 にしても。

 主催者のシエルは、開催中の今が最も忙しいはずである。

 なのに何故だか彼女は自由時間が多い……。

 疑問に感じるルシルに、カランディールが「運営国が全部やっている」とそっと耳打ちしてくる。

 呆れの視線を送られる前に、シエルがにこやかに牽制する。


「彼らは一番高い位置を大会中は独占していますよ。

 その代わりに腕試しができないことでバランスを取っているわけです」


 シエルが指差す控え室中央の『三階』が運営用の本陣らしい。

 二階席より高ければ、さぞ見晴らしは良いだろう。

 ちなみに開いた控え室の管理も運営国の仕事なので、二回戦からはあらゆる角度から見物できそうだ。


「相変わらずシエルは優秀だな、って話だよ」


「随分とニュアンスが違った気がしますが?」


「気にすんなって。それで、俺たちは優勝すればいいのか?」


「八百長しなければそうなりますよね」


 んーっと顎に指を添えてシエルが答える。

 イベントの終わらせ方までは考えていなかったのだ。

 順当に行けばルシルが負けるわけもなく。

 何なら団体戦参加者全員を勇者パーティが迎え撃つ、くらいの衝撃があってもいいかもしれない。

 まぁ、そんなことをするとオーランドの国際的な発言権が大きくなりすぎるので却下だが。


「バベルで得るものがないのはもったいないですからね。

 せっかくですし各国が考えているであろう、勇者・聖女・エルフの対策を正面から受けてみますか?」


「何でわたくしが入ってるんですかっ!」


「各国に影響力のあるフォルーノ聖教の聖女は戦線に立つと有名ですからね」


「前線に出ることなんてほとんどありませんけど!?」


「補佐と治癒対策、って意味ですよ。ルシル様に一体どう扱われたのですか。

 一兵卒が精鋭になったり、倒しても片っ端から戦線復帰されては勝ち目がありませんから」


 そう言ってシエルはため息を零す。

 少なくとも入っていた時に着ていた法衣は襤褸切れになっていた。

 聞いたところによるとミルムも随分と酷使されていたようだし、神域内は相当に過酷だったのだろう。

 だというのにルシルに疲れさえ見えないのがシエルには不思議で仕方ない


「となると期待がでかいのはオーランドか」


「あぁ、ルシル様が訓練と称してかわいがり・・・・・した……」


「言い方が悪い!?」


「かわいがり?」


「カランディール様も興味がありそうですね。一国の精鋭三百人に囲まれて全滅させ――」


「待て待て! 最大でも打ち身だぞ!

 それにまじめな話、俺やリゼットがブチ切れた時に誰が止めるんだ。

 統治ってのは平和を維持するのが最低限の仕事、繁栄はその次だろ?」


「打ち身程度で三百人を制圧してる方が異常だぞ」


 相変わらずハチャメチャな奴だとカランディールは溜息を零す。

 『勇者パーティ』が和気藹々としている中、個人戦が始まる。

 彼らに個室を与えるほど部屋に余裕はない。

 ゆえにAとBの二部屋に分かれ、自分の番に出場していくスタイルだ。

 勝ち上がる度に次の部屋が決まるシステムらしく、こちらはどちらかと言えば『あそび』に近い。

 というのも――


「軍ってのは『戦争の道具』だ。基本的に大規模戦闘が想定されていて、個人でぶつかり合うような局面はないからな」


 胡坐の膝に頬杖をするルシルがぼやく。

 だが、一対一というのは、観戦者からするととても見やすい構図になる。

 盛り上げる手段としては最良だし、各国の装備や戦術の一端を見れ、集団戦の予行練習にもなるだろう。

 最初の出場者は、互いに金属鎧プレートメイルを着込んでいる。片方は槍、片方は剣と盾を握っていた。


「たまたま防具が被ったようですが、どんな装備でも自由です。

 また、殺したら負け。後遺症を残さないように配慮もお願いしていて、気絶や怪我で戦闘不能でも負けです」


「手っ取り早いのは気絶か。怪我させるのも忍びないし」


「選べるだけの余裕がある者がどれだけ居るでしょうね」


 溜息を零すシエルに、カランディールが「まったくだ」と同調する。

 その横では目を輝かせて前のめりになっているミルムが、場の雰囲気に当てられて「うぉおおーーー!!」などと声援?を送っている。

 楽しんでもらえて何よりだが、やはり教育には悪そうだ。


「しかし槍はやっぱり距離がある。剣が届かない距離から一方的だな」


「カラン注目の槍装備構成ビルドは身体強化がメインっぽいな。装備が結構重そうだ」


「逆に剣の方は動きは早いが攻撃に威力が乗っていないな」


「距離が合わないから弾くしか手がないんだろうな。盾で受ければいいのにな」


「ルシル、あの装備らは軽量化されてないか?」


「んん? 強化でのブレ幅・・・対策に軽くしたってことか?

 でもわざわざ軽くするくらいなら、最初から軽装で良かような気がするが……」


「防御術式を軽装に持たせるより、重量防具を軽くした方が合理的と考えたのでは?」


「あー、なるほどな。素材と術式のバランスか。国で技術の特徴も特産物も違うしな。

 でもそれで剣に重さが乗らないのはもったいない気が……どちらかと言えば鋭さの方が欲しいか」


「そうだな。どちらにせよ攻撃力が圧倒的に足りていない」


「まぁ、それでも槍の筋力強化よりスタミナ切れの心配が薄いし、案外生存型装備ビルドかもしれないぞ」


「それはより硬そうな槍側では?」


「それもそうか」


 ふむふむとルシルとカランディールは対戦者を値踏みしていく。

 そんな二人を見て、リゼットはシエルに「あの二人は何を言っているのですか」と聞いてしまった。

 何故なら――


 ゾブン、キン、キン、カン、ボッ、シュガッ、カン、バスッ、ガン、ガンッ


 矢継ぎ早に奏でられる金属の激突音。

 堅く均した地面に踏み込みの足跡が刻まれ、衝撃の旋風が跳ね回っている。

 常人の目には穂先どころか剣身すら霞んでいる。

 もはや無手でダンスを踊っていると言われても通じるほどだ。


「視えて解説する余裕がある。何なら遅いと言ってるのでしょうね」


「アレが、ですか」


 いかにタフネスが振りきれているリゼットと言えど、あの暴風のような剣戟の中に踏み込みたいとは思わない。

 というか、彼女の能力スペック頼みの攻撃では間違いなく当たらないだろう。

 本能を掲げる魔物と技術を積む人は、根本から違うのだ。


「何じゃ、二人して。もしや動きが見えぬのか?」


「……ミルム様はわかるのですか?」


「ルシルに比べれば遅いじゃろ」


「「……」」


 ミルムの飄々とした物言いに二人が顔を見合わせて押し黙る。

 相変わらずこの小娘はところどころで現実離れてしていると。

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