138戦慄の理由2

「演習は順調ですか?」


 ミストフィア大森林、森長たちと交渉の翌日。

 マルタ国の実戦演習を任されている幕僚長に、そう言ってシエルが微笑んでいた。

 彼女を護衛するために、我も後ろをついて回ることになっている。

 これもシエルが我を連れ歩くことで、『エルフと勇者は友好関係を築いている』と暗に主張するのだそうだ。

 まったく、人族の疑い深さは果てしないものである。


 しかし各国に我ら存在を明かしたのは、昨日の話だと聞いている。

 あの我に向ける奇異の目は、エルフが同行する驚きと……物珍しさか?

 視線を慌てて戻す幕僚長を俯瞰しながら交渉の進行を見守る。


「ほどほど、といった程度か。

 いや、まさか勇者が暗殺者アサシン称号べつめいだったとは驚きだがね」


 嫌味の一つも言いたくなる、と言ったところか?

 聞くところによると、たった一日で十名ほどの脱落者を生んでるらしい。

 しかもいずれの襲撃場所でも、ルシルの痕跡は全く残ってない状況だ。

 相変わらず馬鹿げたヤツである。本当に人族かどうか疑わしいものだ。


 しかしそうなると面白くないのが目の前の敵役だ。

 一方的に数を減らされるだけでなく、帰って来た『死人』に話を聞いても要領を得ない。

 そんなことがありうるのか……いや、現実に起きている以上、呑み込むしかない。

 指揮官たちが頭を抱えて打開策を捻り出すも、その頃のルシルは既に他国に移っている。

 そうした『手応えのなさ』は、より深みにハマる時間になる……とは、きっと本人は考えてないだろうな。

 仮想敵とはいえ、同情してしまう。


「あら。マルタ国軍はたった一人の暗殺者アサシンに混乱してしまうのですか?」


「……そんなわけなかろう」


「あぁ、よかった。ルシル様と暗殺者アサシンを同列に語られるので驚きましたよ。

 たしかに『戦いにもならない』のは歯痒いところでしょう。

 しかし、敵役のルシル様も、怪我人を出さないよう配慮してくれていることをご理解ください」


 たおやかに笑むシエルに、思わず怖気を抱く。

 間違いなく『勇者を軽んじるな』と釘を刺している。

 そして『自らの無能さを勇者のせいにするな』とも。

 だから――


「ともあれ、多少の小競り合いくらいは欲しいところですよね?」


 息を呑む幕僚長に、一呼吸おいたシエルが変わらぬ調子トーンで問いを投げ掛けた。

 目に見える成果……つまりは勇者との交戦記録は喉から手が出るほど欲しい。

 だが、それを彼女が口にすれば、むしろ『滅多打ちにしてやろうか?』と聞こえるから不思議だ。

 イエスともノーとも言えない幕僚長に、やはり柔らかく聞こえるだけ・・・・・・の口調でシエルは続けた。


「参加時にお伝えしたように、この演習では主にサバイバル能力が試されます。

 未開拓地への侵入、潜伏、調査は元より、原生林から飛び出してくる魔物や勇者が応戦力を鍛えます」


「う、うむ、承知している」


「実際のところ、魔物からの襲撃はしっかりと防ぎきれていますでしょう?」


「もちろんだ。そこらの魔物にやられるほど我らは脆弱ではあるまいよ」


「やはりマルタ国の最精鋭!

 エルフの森で育った精強な魔物をものともしないとは。

 ちなみに討伐した魔物リストなどは存在しますでしょうか?」


「当然だ。新種も確認している。

 もう少しサンプルが欲しいところだが、狙っての遭遇は難しい」


「そうですよね。こちらから布陣をお願いしましたから。

 なので耳寄りな情報を二つお伝えしますね。

 あっ、そうでした。ルシル様には参加国と、各国のざっくりとした編成比率を知っていますよ」


「……それは情報提供が過ぎるのでは?」


 幕僚長の片眉がピクリと上がるのが分かる。

 部隊編成がバレてしまえば、配置や割ける戦力の上限が見えてくる。

 それを教えるのはルール違反ではないかと言いたいらしい。

 だが、「二週間」とポツリと呟くシエルの方が一枚上手だった。


「何?」


「それがルシル様が各国の編成を知るのに要した時間です」


「……なるほど。さしたる準備をしていなかったのはむしろこちら側、と?」


 平然と大嘘を吐き、簡単に信じ込ませる姿を、我は鉄面皮で流す。

 たしかに実際にルシルが調査を始めれば、各国一日もあれば十分だ。

 それが十数カ国……結果的には帳尻が合ってしまう。


「はい。それでもルシル様は首脳陣てんまくの位置を知りません。

 本人は片っ端から襲撃して炙り出すつもりのようですので、お気を付けください」


 しかも本拠までは知られていないとも。

 これではこの短い時間でルシルの能力を見積もらねばならない幕僚長は、素直に信じ込んでしまうだろう。

 そして逆に言えば『時間を掛けてまで調査した』という事実は、あの勇者が『最大限警戒している』ことに他ならない。

 なるほど、自尊心をくすぐるには最適な嘘だ。


「助言、痛み入る。ところでその御仁は……?」


 ようやく、我に水を向けて来た。

 やはり人族からすると我らエルフは扱いづらいらしい。

 一般的な反応はどうやらリゼット側のようだな。

 数秒後には肩を組んでいそうなルシルや、たった数分で森長を説き伏せる輩ばかりではないらしい。


「ルシル様がこの地で仲良くなった――」


「ミストフィア大森林のカランディール=ミスリスだ。

 今は彼女の護衛を任されている。我らの森は人族には危険だからな」


「……なるほど、それで先ほどは『エルフの庭』と。

 現地人が居たのを知っていたのなら、事前に教えてもらいたかったものだ」


「実はこの話、私が聞かされたのも一昨日のことだったんですよ」


 ははは、とシエルは誤魔化すような乾いた笑いを浮かべる。

 間違っていないはずだが、何故だか違和感を伴う。

 対して遠征の条件を伏せられて『担がれた』と警戒感を抱く幕僚長は、思わず「なんだと?」と前のめりになっていた。

 こちらは腹芸はできない性質らしいな。


「私どもバベルは、各国への通達からこれまで。

 ここに入ってからは各国から護衛を出してもらって行軍に同行しています。

 その間にルシル様の姿を見た方はいらっしゃいませんよね? 当然、打ち合わせもありません」


「……そんなことが?

 いつ勇者が動くのか。いいや、接触のタイミングさえ分からなかったと?」


「はい。お恥ずかしながら。

 細かな取り決めは私が。しかし演習の中身はルシル様にお任せしていましたので。

 知っていたのならさっさと接触してくれればいいものの……。

 なので何事もなく時間が経過していくことに一番焦れていたのは私かもしれませんね」


 てへ、と年相応に舌を出すシエルだが、あらゆる所作が交渉であることを知る我は反応に困る。

 事実と虚偽を混ぜて『結果を揃える手腕』に、エルフの今後に不安を抱くほどには。


「待ちに待った連絡が一昨日です。

 それもリゼット様が護衛にエルフの方々を連れての『呼び出し』でした」


「リゼット? ……まさか聖女リゼット=ガリバルディが、ここに?」


「はい。彼女にもご協力いただいております。

 ですが今回の演習はあくまで『打倒勇者』ですので、リゼット様の参戦はありませんので悪しからず」


「それは構わないが……いや、何故そんな重鎮が?」


「重鎮と申されましても、ルシル様とリゼット様は戦友ですからね。

 何かあればお互いに協力し合う関係です。

 というのも、未熟ながら私どもも調査の人員を確保してまして。

 その護衛にルシル様、補佐役にリゼット様が同行していた次第です」


「……我らの相手は片手間、だと?」


「いえいえ。それはそれ、これはこれ。

 お伝えしたように『我々の調査能力では足りなかった』のです。

 とはいえ、せっかくの編成隊を遊ばせておくのも勿体ないので調査はそのまま続行していました。

 そして護衛を続けるルシル様たちと別れた私が、各国に助けを求めて現在に至る、というわけですね」


 シエルは、ふぅ、と胸のつかえを吐き出したかのような仕草を入れて「ご連絡が遅くなり申し訳ありません」と謝罪した。

 あくまで『言いそびれていたのだ』と。

 それがたとえ演技にしか見えない所作であったとしても、まともな説明がついていれば、たしかに嘘には見えない。


「いや、構わない。大変だったようだな。それで……」


 現に労う姿を見せる幕僚長の視線が我へと向く。

 前提を呑み込んだ上でエルフとの関係性を問うているらしい。

 まぁ、たしかに彼女や我らとの今後の付き合い方を考えるのは聞いてからでも遅くはないな。


「あぁ、実はバベルの調査隊が軒並み現地の風土病に掛かりまして」


「何だと!? 感染は――」


「問題ありません。彼らエルフが手を差し伸べてくださったので。

 封じ込めに成功していますし、処置の方法も確立しているので危険はありません。

 実はリゼット様でも進行を抑えることしかできず、結構ギリギリだったみたいですけど」


 幕僚長にならうように、ちろっと視線を我に向けて来た。

 たしかに本当のことを言っているのだが――話の順番が違うだけで、こうまで別の話にすり替わるのか。

 謎の罪悪感を抱きつつ、幕僚長の感謝の眼差しを黙って受け止めるしかなかった。


「後はそうですね。お礼というか、成り行きというか。

 このミストフィア大森林の端に強力な魔物が居座っていたのを、ルシル様とリゼット様が彼と共に討伐しています」


「それで戦友になった、と?」


「おそらくは」


「おそらく?」


「だって、ルシル様の話って飛び飛びなんですよ?

 リゼット様も看病で忙しいし、カランディール様も見ての通り寡黙です。

 だからって部外者の私がエルフの村で聞いて回るわけにもいきません。なので推測が少し・・入っています。ご容赦ください」


「う、うむ……シエル殿も苦労なされているようだな」


 嘘ではない。むしろほとんどが事実ではある。

 だが、組み合わせる言葉と順番が変わるだけで、これほどまでに事実が改変されてしまうとは。

 しかも厄介なのは、最重要な箇所の確認が絶対にできないこと。

 そして彼女があえて・・・『推測が混じっている』と公言している点だ。


 これでは何か不都合が生じたとて、誰も正面から指摘が入れられない。

 というより、天幕に入る前に「自己紹介以外は黙っていてくださいね」と指示された理由が『寡黙』だとはな。

 まさに悪魔的な交渉力……全貌を知る者でさえ違和感を抱くかどうか。

 我が当事者でなければ、きっと疑いすらしなかっただろう。


「おっと、随分と脱線してしまいました。耳寄りな情報を忘れてしまうところです」


「それは勇者の動向ではなかったのか?」


「そちらは余談。ルシル様の話が出ましたので。

 それに彼らの助力で混乱させてしまった各国への説明も必要でしたし。

 なので本題はこれから……ミストフィア大森林のエルフが持つ技術力、知りたくはありませんか?」


「――ッ!」


 我らは森の奥にひっそりと潜む小集落。

 ゆえに存在自体が希少であり、技術となれば誰もが欲しがる――とはシエルの言だったか。

 無意識に前のめりになる幕僚長に追加で投げ掛けるのは、彼らの当初の目的の――


「それと正面からぶつかる軍事演習、とかご興味ありません?」


「……詳しく、聞かせてもらおう」


「はい、よろこんで♪」


 本題に入るまでに念入りに作った疑いのポイントに、誠実に見える・・・答えを提供し。

 疑心のベールを丁寧に剥がして信用を勝ち取る手腕ときたら……。

 ルシルも大概だったが、シエルも別の意味で人を手玉に取っている。

 今の幕僚長には、これからの話はまさしく『耳寄りな情報』にしか聞こえないだろうな。


 こんなことを残り十二国でも行うのか、と聞いているだけで気が滅入る。

 まったく、世界というものは本当に広いのだな。

 我は心中で嘆くことしかできなかった。


 ・

 ・

 ・


「あぁ、あいつ? まぁ、そこらの精鋭との一対一タイマンなら負けない程度にはな」


 お披露目が終了したらしく、適当に周囲に手を振りながら、場外へと全員がはけていく。

 その中でルシルが楽しそうに返す。

 『勝てる』とは言わないところに妙な現実感が滲む。


 闘技場を作る切っ掛け。イベント開催の打診に実現。

 シエル本人は建築技術など知らない。だが完成した・・・・・・

 彼女にイベントの円滑な運営能力などない。それでも開催した・・・・・・・・

 自身が至らぬことでさえ、実現させる対応力と、話し合いくちさきだけで他者を使う術。

 まさしく舌を巻くような交渉術を、案内兼護衛役に任命されたカランディールは目の当たりにし続けていた。

 彼は密かにシエルを『絶対に敵対してはいけない相手』に分類していたのだった。

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